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魔剣烈風伝  作者: 山本研介
1/1

序章 盗賊討伐編


 魔剣……それは、人の命を吸い上げながら輝く特別なつるぎ

 一度ひとたび魔剣を振るえば、人は疎か樹齢数百年の大木でさえ一刀の元に真っ二つに斬り裂くという。


 しかし、に恐ろしきは、魔剣そのものではない。魔剣に魅入られた人の心こそが真に恐ろしいのだ。


 魔剣を手にし堕ちた者は悪鬼修羅の如く、血と闘争を求め猛り狂う。


 また、その圧倒的戦闘能力を求めて止まない武芸者達が、魔剣を我が物にするが為にこぞって魔剣の主に襲いかかる。魔剣を所有するということは、血で血を洗う闘争に身を投じることに他ならない。


 持つ者の生命力を吸い上げながら、超常の力を発揮する魔剣とその所有者。


 一振りの剣と剣の道の探究者が巡る運命の果てに待つのは、暗黒の冥府魔道か、はたまた極限極地の武のみが切り拓くと云われる、世界の趨勢を決めるたった一粒の希望の未来か。


――その答えを知る者はまだ何処にも存在しない。




1.


亀幸かめゆき~! こっちこっち」


 まだあどけない年頃だが、可憐さと華やかさを併せ持った美しい少女が、亀幸と呼ばれた男にキャピキャピとした調子で声をかけ、早く先へ進めといざなう。


 少女とは対照的に、亀幸という男は快活さの欠片もなく何やら陰鬱な雰囲気を身にまとっている。口元はへの字だし、眼も淀んでいる印象で暗い。


「遠くへ離れるな月食げっしょく。何かと危ないご時世だ、こっちに来い」


 亀幸は細身な身体付きに反して貫禄のある落ち着いた調子で少女……月食をいさめた。


 街道……アスファルトやコンクリートではなく、前近代的な、土で舗装された道を2人は歩いている。街道の先には木造と思しき建築物の群れ……やはり前近代的な町が仄かに見えてきている。


 ――現在の暦は、西暦2102年。


 経済的に没落し、科学技術立国、先進国としての国際的立場を失った日本は、自然環境保護と観光立国による外貨獲得を目論み、西暦2040年代から日本列島大改造計画を立ち上げた。端的に言えば、江戸時代の文化、景観に日本全国を戻したのである。


 街中に立ち並んでいたビルは全て解体され、木造の平屋がメインになったし、国会議事堂は日本建築の粋を集めた奇抜な城になり、また、道行く人達の服装もカジュアルな洋服から、江戸時代の町人達のような着物へと変わっていった。


 これは功を奏して、日本は国際的にはある種の珍味・・のような魅力ある国として独自の立場を築くに至った。


 また数年前から、世界大戦が勃発し世界は戦火に包まれていたが、日本はその隔絶された独自性から戦火から完全にまぬがれることに成功していた。


「ねぇ、はやくぅ~。今日は咖喱飯カレーライス食べるって決めてるんだからっ。お腹空いたぁ~」


 月食は色めきたって、亀幸の着ている着物の裾を摘んで強く引っ張っている。


「やめろ。安物の生地だが、破れれば代えを用意できるアテはない」


「うひひ。貧乏人亀幸め~。無職童貞というヤツだ。恥ずかしいなぁ~。うひゃひゃ」


 からかって、月食が囃し立てるが、亀幸は動じる様子はない。


 元々、亀幸……川上亀幸かわかみかめゆきという男は軍人であったが、世界大戦に至っても国際的に機能しない軍部に対して、国民世論の逆風が浴びせられて、炎上した国の方針で軍縮の運びとなり、その煽りを受けリストラの煮え湯を飲まされた次第である。


 現在は、とある物を追い求め、少ない貯金を切り崩しながら、金策のアテを探しつつ各地を転々と旅している身分だった。


「やはり金がない。……咖喱飯カレーライスは折半しよう」


 懐から取り出した携帯電話スマートフォンに表示された電子マネーの残金を確認しながら、亀幸は言った。


「うひ~。一杯のかけ蕎麦ならぬ、一杯の咖喱飯カレーライスとわ~。昭和の香り残る平成時代初期の名作人情噺を彷彿とさせる涙誘うエピソードになっちゃうんだぜぇ~」


「お前、歳はいくつだ?」


 思わず、亀幸はツッコミを入れてしまう。


「うひひひひ、さあ、行こう(レッツゴー)!」


 質問には答えず、キラキラとした金髪の髪をなびかせて月食は再び亀幸を促した。

 ――季節は初夏。丁度梅雨が明けた青空の下、男と少女は町へ向かう道を真っすぐに歩いていった。


2.


 遠くの方に巨大な富士山が見える。


 ここは、静岡県静岡市。江戸時代を連想させる城下町が広がっている。


 江戸時代の景観と異なっているのは、城下町の端にある超巨大駐車場。


 駐車場と言っても現在のそれとは異なり、車は基本的に空を飛んでいる。車輪は降着装置として機能しているし、ホバリングして、垂直駆動が可能なので離着陸のスペースはとても小さく済むようになっている。


 この時代において乗り物全般にはAI制御が普及しており、基本的に運転手を必要としない。また、乗り物を所有している人も極一部になっていて、車と言えば殆どそれは頓車タクシーを意味している。


 日本は観光立国として沢山の観光客で賑わっていたが、生憎と現在は世界大戦の真っ只中なので、海外からの観光客も疎らで、この城下町の巨大駐車場も稼働していない頓車タクシーで溢れていた。


 と、その中の数少なく稼働している頓車タクシーから一人の老紳士と少年が降りてこようとしていた。


「坊ちゃま、大丈夫ですか? 外は大層暑うございます」


 老紳士は、少年を気遣う。老紳士はこの時代の人間には珍しく燕尾服を着ていた。


古賀こが、その坊ちゃまという呼び方止めてくれないか? もう僕には両親が居ないのだし、当主は僕だ」


少年が少しフラ付いた足取りで頓車タクシーから降りる。


少年は如何にも育ちが良さそうな品の良い見た目で、艶やかな髪と洗練されたデザインの着物姿が印象的だ。


「はっ、つい……。失礼いたしました、海原かいばら様」


そう言いつつ、古賀と呼ばれた老紳士は少年が転ばないように注意深く見守っている。


 海原少年は頓車タクシーから離れると、照り付ける日差しを眩しそうに右手で遮った。


「ふぅ、日差しが強い。……それにしても大変なことになってしまったな」


「はい、まさか新薬を盗まれてしまうとは……私が付いていればと悔やまれます」


 海原少年に同調しつつ、古賀が日傘をした。


 すると、日傘の影に海原少年が入った。


「ありがとう。行こうか」


「はっ」


 2人は、大駐車場から出ると、徒歩で町中に続く街道へと合流していく。


 ふと、2人が前方を見やると、別の2人組が街道から町中へと向かっていく姿が見えた。

 その2人組は、20代後半から40代と思しき黒い着物に白い帯をした陰鬱な雰囲気がする男性で、もう1人は赤と白の派手な着物を着た快活そうな少女だ。


 少女は魅力的な輝く金髪で金色の瞳をしている。それを見て海原少年は、思わずドキリとした。


 古賀は黒い着物を着た男……亀幸と目が合う。

 どちらともなく会釈し合うと、そのまま接近して立ち話でもしようという気配になった。


(月食、あの燕尾服の老人、相当な手練れだ)


(うむ、今は気迫を押し殺しているが、常人の域にないことは確かじゃ)


(こちらの身の上がバレなければいいが……注意しよう)


 亀幸と月食が相手方には聞こえないように小声で打ち合わせる。


「こんにちは。暑いですね」


 4人は街道の真ん中で合流し、海原少年が挨拶をした。


「ええ、空気も蒸しますし、この強い日差し。――失礼ですが、ご老体には堪えるのではないかと」


 亀幸はそう言って老紳士、古賀の方を見た。

 古賀は、海原少年に対して日傘を撐していて、自身は直射日光をモロに浴びているが、なんともないといった様子で涼しい顔をしている。


「ほっほっほっ。この日傘が気になりますか? こちらのお坊ちゃま……海原様には持病がございまして、お身体が弱いため私がお守りしております」


 古賀の言葉に、海原少年がニコリとして頷く。

 4人は立ち止まっているのも何なので、共だって町中の方向へと歩き出した。


「見た感じ超お金持ちっぽいのぅ~。病弱なら今日みたいな日には冷房の効いた家の中に閉じこもって、電子遊戯ゲームでもしながら氷菓アイスを舐めつつ、揚芋菓子ポテトチップスを齧っておけば良いではないか」


「それは単にお前の願望だろう。……連れが失礼いたしました」


 馴れ馴れしい月食の態度を亀幸が詫びる。


「いえ、家で大人しくしていたいのは山々なんですが、そうもいかない事情がありまして」


「ほう、と言うと?」


 亀幸は好奇心からそう尋ねた。と、同時に古賀の眼がキラりと光る。


「実は、海原様はご両親から継いだ製薬会社の代表取締役でして、終末医療患者のための新薬を開発していたのですが、その試薬を賊に盗まれてしまったのです」


「新薬を、賊に?」


 もう少し詳しく話を聞きたいと、亀幸は古賀の話した内容を反芻した。


「はい。新薬は終末医療患者の苦痛を和らげるためのモルヒネ効果と、滋養強壮効果がある薬でして、これを賊……盗賊団を名乗る少年少女達に盗まれてしまったのです」


「興味深い。警察には相談したのですか?」


 亀幸は至極当然の質問をした。


「それが、戦争の煽りで公務員が削減されたことはご存じでしょうけれど、警察官も大幅に削減され、盗賊団の対応には現状当たれないと言うのです」


 渋い顔をして古賀が答えた。


「それは災難ですな」


 亀幸がいつも通りに陰鬱な無表情のまま古賀達を労わる。


「しかしながら、私の見受けられるところ、貴方方は一流の武芸の達人に違いありません。……どうでしょう? ここは1つご助力を願いたい次第です」


(やっぱりバレてるぅ~)


 声ならぬ声で月食が悶絶する。


「条件次第になりますが。――盗賊団の人数は?」


「20人ほどと聞いております」


「報酬は如何にて?」


 亀幸の問いに対して、古賀は手元から携帯電話スマートフォンを取り出し、素早く操作して、画面に表示された金額を海原少年に見せた。


 金額を目にしてコクリと海原少年は頷き許諾する。


「どれどれ」


 月食は、海原少年にくっつく位に顔を近づけて、携帯電話に表示されてる金額を見た。


 途端に、海原少年は顔を赤らめてしまう。


「うひゃ~! おったまげ!」


 驚いて月食は小躍りしだす。それを一瞥して、亀幸が海原少年を見やると、古賀老紳士は、携帯電話の画面を亀幸の方に向けた。――途端に亀幸の表情が豹変、とてつもなくイヤらしくニヤけだした。その顔を見て思わず、古賀と海原少年はギョっとする。


「おっと。これは十分過ぎる金額。感謝いたします」


自分の顔つきが奇妙奇天烈に歪んでいたことに気付いた亀幸は、パッと表情を切り替えて慇懃に礼をした。とりあえず、今の表情は見なかったことにしよう。と、古賀と海原少年は顔を見合わせて同時に頷いた。


「前金として半額送金いたします。御仁の携帯電話の番号をお教えください」


 亀幸は自身の携帯電話を操作して、番号を伝え、ほどなくして前金が振り込まれた。


 亀幸の携帯画面に見たこともない大金が表示される。


「我々はこの町に滞在しております。見事盗賊団を退治して新薬を取り戻したら携帯電話を通じてご連絡ください。その時残りの半金をお渡しいたします」


「僕からもよろしくお願いします。……名前を伝えるのがまだでしたね。僕の名は海原大国かいばらたいこく。そして、この老執事の名は古賀と言います。よかったらお2人の名前も教えてください」


 海原少年が月食の方を見やりながら言った。


「申し遅れました。当方は川上亀幸かわかみかめゆきと申します」


「ワシの名は月食じゃ~。よろしゅうに☆」


 亀幸は陰鬱そうに、月食は快活そうに、それぞれ対照的に簡潔に自己紹介した。


「それでは、川上さん。月食さん。また会いましょう。どうぞご無事で」


 歩みを進め、丁度町中に入ったところで、2組は別れることにした。


 2組はそれぞれ手を振り合いながら離れていく。


「よし、これで今日の咖喱飯カレーライスには腸詰ソーセージを乗せ(トッピング)できるぞい~♪」


 月食はテンションがあがってはしゃいでいる。


「それどころではない。王者盛咖喱飯チャンピオンカレーライスすら可能だ」


 亀幸もいつもよりは気持ちが盛り上がって、表情がやや明るい。


「うはは。最近節約生活が続いたからのぅ~。今日は豪遊するぞ~♪」


「全く現金なヤツだ」


「それはお互い様なのじゃ~」


「うるさい」


「うるさい」


 互いに小突き合いながら、飲食店へと向かっていく亀幸と月食。


 正午過ぎの初夏の日差しに照らされながら、騒がしいままに雑踏へと消えていく。


「……本当に大丈夫でしょうか、あの2人に任せて」


 そんな後ろ姿を見送りながら、海原少年が古賀に尋ねた。


「ご心配なく。必要な手は打っております」


 そう言って、携帯電話スマートフォンから右指を離した古賀。――その時の右眼は、キラリと輝いていた。


3.


 夜。

 暗がりの山中にある小さな階段を亀幸と月食の2人は登っていた。


 階段の横幅は狭く所々が朽ちかけているし、腐って土に還った落ち葉なども溜まっており、長年手入れされていない様子だった。


「しかし、こんなところに本当に盗賊団の隠れアジトがあるのかのぅ~」


 足元を滑らせないように気を付けながら、月食が疑念を口にする。


「昼間の聞き込みの様子からして間違いはない。盗賊団に盗みや恐喝の類を受けて町人達は困っていた。我々に偽情報を掴ませる道理はない筈だ」


「だと、いいのじゃがのぅ~」


 亀幸と月食は草履で土埃を踏みしめながら、上を目指す。

 この階段の先には打ち捨てられた古い神社があって、そこに盗賊団の隠れアジトがあるという話を聞き及んでいたのだ。


「うえっぷ。この階段キツイ。昼間食べた世界王者盛咖喱飯ワールドチャンピオンカレーライスをリバースしそうじゃ……」


「全く、食い意地が張ってるからだ」


 亀幸が呆れつつも、歩を緩めることなく階段を登っていく。

 口元を手で押さえつつ、月食も付いていく。が、程なくして限界がきた。


「もうダメ〜。不肖ながら月食、吐きます! ンゴッ。おえええええええええええ~」


 月食が盛大にリバースした。


「最悪だ」


 亀幸が顔を歪めて呟く。月食はその亀幸の辛辣な顔を見た。


「な、なんじゃ~! ワシはレディじゃぞ! 少しは優しく気遣ってくれてもいいじゃないかぁ!」


「違う。上を見ろ」


 そう言って階段を駆け上がっていく亀幸。月食は亀幸の行き先を目で追う。

 いつの間にか階段は終わっていて、神社の入り口の鳥居が見えた。


 そして、その鳥居の根本に人が居た。それは少年だった。

 だが、様子がおかしい。少年の眼は焦点が定まらず中空を彷徨い、口から泡を吹きながらエヘラエヘラと笑っていたのだ。


 亀幸はその少年の元に駆け寄り、膝を折り、素早く観察を行う。


「間違いない。この少年には薬物中毒症状がでている。恐らくは件の新薬を飲んでいる」


 遅れてきた月食に亀幸は自己の検分を伝えた。


「奥に行こう」


 そう言って、亀幸は神社の中へと進んでいく。


 神社には自家発電であろうか、電気が通っている様子で、明かりが灯っていて、視界は意外と悪くない。が、やはり手入れはされてない様子で、あちこちが朽ちかけていたり、崩れたりしている。


 亀幸と月食が神社の境内に入ると、そこには20名余りの少年少女達が地面に横たわっていた。


「ああああああああっ」


「うひひひっひっひ」


「緑色の妖精さんが見える……」


「ママー! ママー!」


 少年少女達は思い思いに此処ではない何処かを見ているような虚ろな目付きで、やはり口から泡を吐きながら繰り言を発していた。


「むぅ。これは……救急の者に任せた方が良い。月食、オレが救急に電話をかけている間に、他の場所に人が居ないかどうか確認してきてくれ」


合点がってん


 亀幸は懐から携帯電話スマートフォンを取り出し、月食は言われた通りにしようと亀幸の元から離れようとする。が。


「そいつは困るなぁ。せっかく警察に裏金渡して黙らせているのに、厄介なことになっちまう」

 何者かの声が聞こえてきた。10代後半くらいの少年の声だ。


 亀幸と月食は同時に声のした方――神社のやしろの方を見やる。


 ……そこには、ツンツンとした青い髪に青い着物を着た、如何にも粋がってる風な少年の姿があった。


「黒髪の暗そうなお兄ちゃんと、金髪のお嬢ちゃんか……妙な取り合わせだな。親子か? ――まぁいいや。ここは俺達の縄張りだ。出て行ってくれ」


 青髪の少年がこの場からの退場を促す。が、亀幸はその言質には聞く耳を持たなかった。


「どうやらこの盗賊団の頭領と見受けられる。警察に裏金を渡すとは、子供のやることにしては

小癪な悪知恵を働かせてくれたものだ」


 挑発するように亀幸は青髪の少年を煽った。組織の頭領としての器量を測り、話の通じる相手かどうか見極めようとしているのだ。


「ああ、また余計なことを口走っちまった。俺の悪い癖なんだよな。警察に裏金を渡してる話は聞き流して忘れてくれ。――確かに俺がこの盗賊団の頭領さ。よくわかったな」


 青髪の少年は、腰かけていたやしろにある小さな階段から立ち上がると、懐からナイフを取り出し、その刃を亀幸に対して向けた。


「頭領。少年よ……君は新薬クスリを飲んでないようだが……」


 ナイフの刃を向けられても亀幸に動じる様子はない。


「俺は用心深いんでな。みんなは嫌なことから逃げたい一心で挙って薬を飲んだけど、少しばかり気持ちいいからと調子に乗ってガブガブとやったら過剰摂取オーバードーズでご覧の有様さ」


 そう説明してから、青髪の少年はナイフを懐に収めた。


「アンタ、相当な場数踏んでるだろ? 素人じゃないよな。ナイフ突き付けられても微塵も動揺しない。腕に自信があるって訳だ」


 青髪の少年は亀幸のことを見定めた風に言うと、パチンと指を鳴らした。

 その音に反応して、新薬の過剰摂取オーバードーズでぐったりしていた少年少女達が、のっそりと立ち上がる。


「ぐるるるるるるる」


「あっあっあっ」


「ぐぉおおおおおおおおおおおおおっ」


 少年少女達はそれぞれが奇声を発しながら、一様に殺気立っている。


「これはヤバイ展開なんじゃないかぁ~」


 月食がアワアワと慌てふためく。


「フフ、しかし多勢に無勢というヤツだ。たった2人でこの人数相手にどう立ち回ってくれるかお手並み拝見といこうか」


 そう言うと、青髪の少年はまた社の階段に腰を降ろした。


「さあ、みんな! そいつらは敵だ。死なない程度にやっちまえ!」


 青髪の少年が号令を発すると、少年少女達が亀幸と月食に襲いかかってきた。


「ぐるるるるるるっ」


 猛り狂った少年の1人が、先陣を切って亀幸に突進してきた。

 とても子供の脚力とは思えない速度で真っすぐに突っ込んでくる。


「ふっ、んっ!」


 しかし、亀幸は巧みに少年の手を掴むと勢いをいなしつつ、その腕を容赦なく叩き折った。バキッという乾いた音が境内に響き渡る。


「激痛で動けまい。早く治療をした方がいい」


 平静な調子で腕が折れた少年を亀幸は気遣う。しかし。


「ぐるるるるるるっ。あっ。き、キモチイイ! あっ! あっあっー!」

 口から泡をまき散らしながら腕が折れた少年は喜んでいる。


 そして、再び亀幸の方に突進してきたかと思うと、跳躍。

 その高さは常人のそれではなく裕に5mに達していた。


「なっ!?」


 流石の亀幸も慌てふためき、なんとか身をよじって、上空からの襲撃を辛うじて躱した。

 そして、腕が折れた少年は着地すると、折れた腕に構わず四つん這いになって距離を取り、亀幸の様子を伺っている。


「ぐるるるるるるるっ」


「終末医療患者用のモルヒネ剤と滋養強壮剤の混成物ハイブリットとは聞き及んでいたが……」


「痛み和らげ過ぎ、滋養強壮し過ぎなのじゃ~」


 尋常ならざる速度で、次々と襲いかかってくる少年少女達を亀幸と月食は必死で躱す。

 時折、攻撃が掠めては、髪の毛が散ったり、着物の一部が破れたりしている。


「クソッ。想定外だ」


 段々、身体を掠める攻撃の割合が増えていく中、亀幸は吐き捨てる。


「ほらほら、どうしたあ。防戦一方でこちらが疲れるのを待っているのか? しかし、もうそう長い時間攻撃を避けられそうにないな。どうするお2人さん」


 高みの見物を決め込んでいる青髪の少年がガヤを入れる。


「うるさい小童だ。どうする亀幸? アレをやるしかないようじゃぞ」


 月食が亀幸に相談する間にも攻撃が激しさを増し、ついに少女の攻撃が月食の顔面をとらえた。間もなく月食の切れた口内からの血がツーと流れ落ちた。


「クッ。やってくれおるわ」


「――仕方ない。本来なら素人の子供相手に使っていいモノではないのだが……」

 渋々といった調子で、亀幸は右手を前方に出し構えを取る。


「いくぞ、月食」


おう


 呼吸を整えると、亀幸は慣れた調子で口上を述べ始めた。


「――悪即斬あくそくざんいくさに魅入りし乙女のことわりここにあり」


 亀幸がそう唱えると、なんと月食の身体が光り始めた。そして、その光はどんどん強くなっていく。


変成メタモルフォーゼ。魔剣月食! 顕現!」


 亀幸のかけ声と共に、光を放つ月食の身体がみるみると変形し始める。

 光は粒のように小さくなり、それからまた大きくなり、それは剣の形へと。

 そう、月食の正体は魔剣だったのだ。


 魔剣月食を突き出した右手に握りしめた亀幸が屹立している。


「なななななっ、人が剣になった!? だとっ」

 青髪の少年が驚き、慌てふためく。

 魔剣月食は、亀幸の精気を吸い上げながら、妖しく光り輝いている。


「遊ぶつもりは毛頭ない。いくぞ月食」


おう


 あまりの出来事に威圧された盗賊団の少年少女達もハッと我に返り、再び、亀幸に襲いかかろうと態勢を整える。


神之上かみのうえ早乙女一心流さおとめいっしんりゅう合戦礼法(かっせんれいほう。奥義――乙女心・まどい


 言うと、魔剣月食は亀幸の精力を一層吸い上げる。

 魔剣月食は光を増し、亀幸から吸い上げたエネルギーを媒体として、遥か高次元の力にアクセスする。


 それは、実に19次元に記録されているという、有史以前からの全ての時代の人間の感情の渦。その中でも乙女心おとめごころに纏わる感情を魔剣月食は取りだし、戦闘力として様々な形式で流用することができる。


 数ある魔剣の中でも唯一無二の乙女心を原動力とした特別なつるぎ

 それこそが、魔剣月食なのだった。


「いざ、尋常に参る」


 亀幸の身体が、流麗かつ疾風の如き速度で蜃気楼のように揺らめきつつ、境内を踊る。

 盗賊団の少年少女達が、一人、また一人と次々と倒れていく。

 亀幸は超高速で逆刃――みねうちを肩口にして、次々と少年少女達を気絶させているのだった。


「なっ、莫迦バカなっ。明らかに人間の動きじゃない」


 青髪の少年が驚愕する間にも、次々と配下の少年少女達が撃沈していく。

 ものの20秒もかからずに、青髪の少年以外の盗賊団員は全て倒された。


「ママ……」


 最後の配下の少女が倒れ、意識が途切れる間際に言を発した。


「ゆるりと眠るがいい。どうじゃ。これが魔剣月食の力なのじゃ~」


 何処から声を出しているのだろう、月食が勝ち誇りの声をあげ、ご満悦になる。


「――解除リリーブ


 亀幸がそう言うと、魔剣は亀幸の手から離れ、再び小さな光の粒になり、それから大きくなっていって、元の金髪金眼の少女に戻った。少年少女達に襲われて出来た傷や衣服の破れもすっかり元通りになっている。


「信じられない。噂では聞いたことあったが、これが魔剣の力……。圧倒的過ぎる」


 敵であることも忘れて、青髪の少年は思わずその圧倒的で不可思議な強さに惹かれた。


「さて、どうする青髪の頭領よ? 戦いは決着した。オレから敗北の将に提案できるのは、これから言う2つの条件になる。話し合いをする腹積もりはあるか?」


 今までのやり取りから、亀幸は青髪の少年が話し合いをするに足る器量を持つ者だと判断していた。ある程度の人間的な信用を勝ち得ていたのである。


「いちいち持って回った言い方をするヤツだなぁ。いいぜ。言ってみろよ、その条件ってヤツを」


 亀幸の強さに惹かれた青髪の少年も話し合いに応ずることにした。


「よかろう。まず、1つ目の条件……警察に出頭し、今まで犯した罪に関してキッチリと裁きを受けること。2つ目の条件……オレの雇用主に身柄を引き渡し、賠償責任を負うことを受け入れること。好きな方を選ぶがいい」


「どちらもまっぴら御免だね。俺としては、そうだな……。第3の選択肢として、このまま見逃してくれっていうのを要求したい」


 悪びれず青髪の少年は要求を出した。


「それは些か虫が良過ぎるな。自分よりも遥かに強い大人に対して臆せずに自分の意見を述べる、その姿勢自体は賞賛すべきものだが、このケースについては無分別の極みと断じられても仕方がない」


「へっへ。やっぱり持って回った言い方だなアンタ。まぁいいけど」


 青髪の少年は髪の乱れを気にして手櫛で髪を整えた。


「再び尋ねよう。先に述べた条件の内、好きな方を選べ」


「てゆうか、さ。そもそもの話がしたいんだけど。どうして、盗みをしてはいけない? 俺達盗みが悪いと思っちゃいないぜ。道義的に何がいけないのかまずはご教授願いたいね」


「むむっ、それは引き延ばしじゃ~。牛歩戦術じゃ。亀幸、こんな莫迦バカな問いかけに一々答えてやる必要は無いぞ」


 のらりくらりと回答を引き延ばす青髪の少年の態度に業を煮やして、月食が憤る。


「いいだろう。盗みをしてはいけないのは、それが法律で違法とされているからだ」


 亀幸は答えになっていない答えを言った。


「はぁ~。コイツは呆れたね。アンタあんなに強いのに権力の犬って訳だ。ガッカリだね。――いいか、俺達の規約ルールブックでは敵に何をしようが、罪にはならないってことになっている」


「ほう。共に同じ町で暮らす町人達をして、敵と申すのか?」


 亀幸は少し興味を持ち、探りを入れる。


「そうさ。敵さ。数年前……世界大戦が起きてから、この国にやってくる観光客がガクっと減ったのは知ってるだろ? 静岡の町も同じで観光客が居なくなって、職にあぶれた大人達が俺達子供を容赦なく見捨てたのさ。俺達は住むところを失い、ロクに食ってくことも出来ない有様。――盗みをして生き残る以外にどんな道があるってんだ?」


 青髪の少年はまくしたてた。……なかなか上手い言い回しをする。亀幸は内心感心しながら話を聞き入れた。


「そうした貧困の少年少女に対しては、国が施設を用意していると聞き及んでいるが」


「はっ。あんなところ! 刑務所と変わらないさ。ガチガチで規則で縛り上げた上に、隙あらば助平スケベな監視官がエロいことしようと狙ってやがる。あんなところは絶対に願い下げだね」


「そうか、つまり、逃げ出しては落ちていき、盗賊団になり果てたという次第か」


 亀幸は辛辣な言葉を投げかける。


「アンタに何がわかるってんだよっ!」


 図星を突かれたのか、思わず青髪の少年は激昂した。

 しかし、亀幸はいつもの陰鬱な表情のまま落ち着いて言葉を継ぐ。


「先ほどの質問に答えよう。どうして盗みをしてはいけないか? それは互いに培った信用……絆を壊さないためにだ。その歳なら経済で世の中が回っていることは存じているだろうが、そもそも信用関係が成り立ってこそ、それも機能する。青髪のキミが仲間との絆を大事にしているであろうと同じ道理で、町人達は町人達同士での絆を大事にしている。それを壊すことは、秩序を乱す行為であり、やはり罪だと言える」


「だから、その絆を先に壊したのは大人達の方だろう!」


「違う。国家は受け皿を用意していたにも関わらず、それを蹴ったのは明らかにそちらの落ち度だ」


 青髪の少年の頭は悪くない。自分達の方が悪いことを自らの悟性で思い知ってしまう。

 青髪の少年は打ちひしがれて、ガックリと項垂れた。


「まぁ、どうせこんな生活、いつまでもは続かないと思ってたさ。今回、クスリ過剰摂取オーバードーズしたのだって、盗みを働いて糊口ここうをしのぐ生活にみんなストレスを感じていたからさ。……これを機に盗賊団は解散するよ」


「いい判断だ」


 亀幸は満足そうに頷く。


「なにかと顔が利く、警察の方に出頭するよ」


「あい、わかった。――確認しておくが、新薬クスリは残ってないのか?」


「ああ、全部飲んじまった。すまない」


 すっかりしおらしくなって、青髪の少年は頭を下げた。


「う~む、何はともあれ、これにて一件落着じゃ~! 流石は亀幸、よく口も回るわい」


 月食がすっかり上機嫌になって、親指と人差し指を立てつつ、それを顎にあてがうという謎のポーズを決めた。


「とりあえず、腕を折ってしまった少年の手当てをするか……」


「手伝うよ」


 と、亀幸と青髪の少年が、手が折れて気絶している少年の方へ向かおうとした時――。


「うごっ!」


「ぐぎゃ!」


 境内の鳥居のある方向から、奇妙な声が聞こえてきた。


 ――それは、少年少女が絶命を告げる声だった。


 いつの間にやら、境内の中に正体不明の黒装束の忍達しのびたちが侵入してきて、有無を言わさず気絶している盗賊団の少年少女達の命を一撃の元に絶っていっている。


 あまりに迅速な玄人プロの仕事に、亀幸は再び月食を魔剣化して応じようとするが間に合わない。


 忍の数は、10名ほど。5秒も経たずに、境内に居た全ての気絶していた少年少女達が2度と目覚めることなく命を落とした。


「してやられたっ。この忍達――あの燕尾服の翁の差し金だ。予め仕込んであったに違いない。我々は露払いとしてまんまと利用されたという訳だ」


 亀幸があの古賀という老紳士を甘くみていたと悔やむ。


「どうして、あの老人の差し金とわかるんじゃ?」


 引き続いて、青髪の少年を狙っている忍達に相対しながら、月食は素朴な疑問を口にした。


「洗練された身のこなしに共通の癖がある。同じ流派の者と判断した」


 手短に答えつつ、亀幸も青髪の少年を守るため臨戦態勢を取る。


 いつでも、変成メタモルフォーゼできる構えで今度は準備万端だ。


 忍達は攻めあぐんで、ある程度の距離を取ったまま、何やらヒソヒソと話し合いを始めた。


「どうする? 肝心の頭領の命が獲れなければ……」


「あの男、やはり川上亀幸かわかみかめゆきか。にわかには信じられないが、国家最高戦力を単独で有する伝説の武人。――相手が悪過ぎる」


「しかし、現在は大きく魔剣の力が低下しているという情報。いっそ、玉砕覚悟で全員で同時にかかれば……」


「やめておけ。あるじは川上亀幸については手出し無用とおっしゃられている」


「だが、本当だろうか? あの男たった一人で米中の最精鋭の軍と互角以上に渡り合うというのは……」


「余計な詮索はやめておけ。潮時だ。引くぞ」


「うむ」


 そして、話が着いた漆黒の忍達は、あっという間にその場から消え去るように退散した。


「待てっ」


 亀幸が制止命令を出すが、もちろん忍達が聞き入れる筈もなかった。

境内に静寂が訪れ、しばし時間が経過する。


「善吉、浩人……明日香、博美……みんな、死んじまった……」


 青髪の少年が力なくぐったりと項垂れる。


「済まなかった。こちらの見通しが甘かった。詫びさせてくれ」


 項垂れた青髪の少年の肩を亀幸はポンと優しく叩く。


「大丈夫さ。こんなこともあるんじゃないかと、いつも考えていた。俺は平気さ」


「そうか。ならば亡くなった少年少女達を埋葬したら、共にオレの雇用主のところに向か

おう。お互い色々と言いたいことがある筈だ」


「ああ、急ごう」


 淡々とした調子で顔を地面に向けたまま、青髪の少年は亀幸の提案を受け入れた。


「なんじゃなんじゃ、仲間が亡くなったというのに随分と薄情だのぅ~。それともあまりのショック状態に放心しておるのか? ん?」


 つとめて軽い調子で月食が青髪の少年に声をかける。


「そうさ。俺は平気さっ」


 バッと青髪の少年が顔をあげて言った。


 その顔は――涙に濡れてグシャグシャになっていた……。


4.


 ――次の日。


 昨晩の内に携帯電話スマートフォンで古賀老紳士と連絡を取っていた亀幸達は、日中にカフェで落ち合う約束を交わしていた。


 和風のお洒落オシャレな店内に亀幸と月食、そして、青髪の少年の3人が入店すると、既に件の翁とそのあるじである海原大国少年が既にテーブル席に着いて待っていた。


「ご両人、よくぞやってくださいました。会社組織を代表して感謝を申し上げます」


 盗賊団撃退の報を受けていた海原少年が、テーブル席から起立して、恭しく頭を下げた。


「……」


 しかし、亀幸達は沈黙したまま無言でテーブル席に着いた。


「あれ? そちらの青い着物を着た方はどなたですか?」


 無言の亀幸達の様子に首を傾げつつ、海原少年は当然の疑問を口にした。


「恐らくは、盗賊団の頭領だと思われます」


 古賀がそろそろと見解を述べる。


「やはり、あの忍集団は古賀殿の差し金でしたか……」


 ようやく亀幸が口を開いた。


「はて? なんのことでございましょうか」


 とぼける古賀老に対して亀幸は、やはりな、と思った。

 この翁、海原少年の前では徹底的に好々爺を演じる腹積もりだ。


 言葉ではとぼけているが、前回会った時には押し殺していた気迫が、今は駄々洩れになっている。これ以上余計なことを口にするなという無言の圧力を亀幸と月食は感じ取っていた。


「俺の名は、音羽糸江おとはいとえ。その爺さんの言う通り、お前たちの大事な新薬クスリを盗んだ盗賊団の頭領さ」


 青髪の少年……糸江がそう啖呵を切った。


 一晩寝て、気持ちの整理が付いたのか、スッキリとしたいい表情をしている。


「えっ!? 盗賊団の? どういうことですか?」


 1人だけ事情を呑み込めない海原少年が、キョロキョロと皆の顔を見やるが要領を得ない。


「――海原様。実は、昨晩遅くに盗賊団の隠れアジトに手下の者を向かわせていたのです。その者の報告によると、盗賊団は頭領を残して壊滅……みな死んでいたそうです」


 飽く迄も古賀はシラを切るらしい。

 それは許さんぞ、と糸江は意気込むが。その時ウェイトレスが予め注文していた4人分のパフェを運んできた。


「お待たせ致しました。特注の豪華完璧甘味デラックスパフェです」


 釘付けになっている月食の目線の先には、透明なグラスに山盛りフルーツが乗せられたキラキラのパフェがあり、そのパフェは月食の目の前のテーブルに置かれる。


「うひゃ~! こいつはスゲェ! ワシャ大興奮ですばいっ!」


 よくわからない口調になり、興奮しながら夢中になってパフェを食べだした。


「今から音羽様の分も注文いたしましょう。特注のパフェです。きっと皆様お気に召すと思います」


 古賀老はにこやかな表情になり、ウェイトレスに追加のパフェの注文をした。

 それでなんだか、糸江は毒気を抜かれてしまって、ふぅと一息ついてから、椅子に深く座り直した。


 ――30分後。

 5人はパフェを食べ終えていた。


 美味しいパフェに舌鼓を打ち、古賀老を追求したい気持ちも不思議と消え失せてしまい、すっかりと満足してしまっていた。これがパフェの魔力というヤツだろうか。


「それでは、残りの報酬の半金をお振込みいたします」


 そう言うと古賀老は携帯電話スマートフォンを素早く操作して、程なくして亀幸の携帯電話画面に昨日と同額の大金が振り込まれたのが確認できた。


「川上様。貴方方は聞くところによると、失われた魔剣の力を取り戻すために旅をしているとか。……よろしかったら我々の情報網から有益な情報を提供いたしましょうか?」


 情報提供する代わりに、海原少年に昨晩の忍達がやったことを黙っておくように暗に取引したいということだろう。亀幸はしばし思案する。


「いいぜ。どんどん必要な情報が入ったら伝えてくれ」


 意外にも、糸江が古賀老の申し出を許諾した。

 どうして? という亀幸の表情を読み取り、糸江が言葉を続ける。


「俺は盗賊団辞めることにして、この亀幸の旦那達の旅に付いていく。一体、旦那達がどれほど強くなるのか、この目で見てみたいんだ。なっ。いいだろ?」


 亀幸は知っていた。もうこの糸江少年には静岡の町には何処にも居場所がないであろうことを。最悪、袋叩きに遭って殺されるかも知れない。


 配下の少年少女達を救えなかった負い目もあり、亀幸はこの提案を受け入れることにした。


「命の保証はできぬが……それでいいなら共に往こう」


「やった。決まりだ。さっそく行こうぜ」


 言うや否や、席を立ち、名残惜しそうに空になったパフェのグラスを匙で掬っている月食の襟を掴み、糸江はカフェの出口へ向かう。


 そのまま亀幸達3人は店を出て、東京方面へ向かう街道へと歩みを進めた。

 と。


「待ってくださーい!」


 声がした方に目をやると、ゼイゼイと息を切らせた海原少年が綺麗にセットされていた髪の毛を振り乱しながら亀幸達の元へと駆け寄ってきていた。


「執事の古賀が何か隠しているのは僕にもわかりました。今は何も言えませんけど、僕もなんら

かの形で亀幸さん達の力になりたいです。これ僕の連絡先です」


 そう言うと、海原少年は手にしていた紙袋から、電話番号が書かれた紙切れを取り出した。


「ありがとう。お前はいいヤツだな」


 その紙切れを糸江は受け取り、亀幸に手渡した。


「そちらの紙袋に他に入っているのは?」


 いつもの好奇心から亀幸は海原少年に紙袋の中に何が入っているのかを問う。


「えっ!? あっ、いや、たいしたものではないです。……それでは失礼いたします。またいつか!」


そう言って、海原少年は踵を返して、静岡の町中へと戻っていった。


……実は紙袋の中には、先ほどのカフェで月食にプレゼントできなかった薔薇バラの花束が入っていたのだが、追いかけてはみたものの寸前になって勇気が出ず、とうとう渡しそびれてしまったのだった。


「はぁ~。しかし、あの完璧甘味パフェは美味しかったのぅ。もう3杯は食べたかったぞい」


「いやしい」


「なにぉう! 根がいやしいのは亀幸の方じゃろうが」


「うるさい」


「うるさい」


 再び小突き合いながら、街道を闊歩していく2人。

 そんな騒がしい2人の背中を見つめながら、ふと、糸江は静岡の町を振り返る。


(今までありがとう、静岡のみんな。……さよならは言わないさ)


 また、いつか戻ってくるから。

 そう心に誓った糸江は、先を行く2人の背中を追いかけて、駆け出していった。


                     

                    序章 盗賊討伐編 closed.



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