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地獄  作者: 烏籠
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4.自殺志願者

ある自殺志願者の男がいた。

男は誰よりも目立ちたがり屋で、死ぬときはできるだけ大勢の注目を集めながら自殺すると決めていた。

なにか良い方法はないか……男は長い時間をかけて、それを考えた。



男は高い所が大好きだったので、ビルの屋上から飛び降りることにした。

そこは何年か前に女子中学生が飛び降り自殺をしたことがある廃ビルで、そんなことがあったせいか屋上にはフェンスが厳重に張り巡らされていた。

けれど男にとってその程度の邪魔が入ったところで何の意味も持たなかった。

その気になればよじ登ってフェンスを越えればいいだけの話だし、少しでも注目を集めることができるかも知れないと考えたからだ。


「よし、ここから飛び降りるぞ」


屋上へと続く扉の前で、誰にともなく呟く。

無意識に握り締めた拳は、じっとりと汗ばんでいた。

ドアノブを掴む手は絶えず震えている。


「………行くぞ」


もう一度、男は自分に言い聞かせるように呟く。

そして、勢いよく扉を開いた。

ひゅうっと風が吹き抜け、薄暗い空間に慣れていた目が外の明かりに眩む。


あそこから、飛び降りるんだ。


そこに人影を見つけた。

あれ?と思った瞬間、人影は消えた。


ほんの一瞬の出来事で、何が起きたのか理解する前に、辺りが急に騒がしくなった。

ビルの下から聞こえる悲鳴。

そこでようやく理解した。


ここじゃ無理だ……俺一人だけが注目される場所じゃなければならない。

男はしぶしぶその場を後にした。


まったく同じ発想を持った人物がいて、しかも先を越されたことで、男はやる気をすっかり削がれてしまった。

自殺するために外に出たのに、それが駄目になったとなれば、他にすることもない。

男は真っ直ぐ自宅へと帰った。


その日の夜、男はコンビニ弁当をつつきながら、ぼんやりとテレビを観ていた。

昼間の飛び降りが早速ニュースに取り上げられていた。

自殺したのは男子中学生で、しかも以前そのビルから飛び降りた女子中学生の弟ということが判明したらしい。


「姉弟そろって同じとこで飛び降りって……よっぽど仲良かったんだな」


同じ場所で、それも自殺という形で子供を二人も亡くした彼らの両親は、何と思っているだろう。


「んなことより、あそこはもう駄目だな。どっか別の場所見つけねぇと……」


一人暮らしをするようになってから、独り言の回数が増えた。

外では意識的に抑えているが、家の中に一人だとついポロッと溢れ出てしまう。


「あー………なんか、飛び降りって気分じゃなくなってきたわ。かと言って、他の方法って、何があるんだ?」


首吊り………手首を切る………電車に飛び込んで………服毒………睡眠薬………練炭………。

駄目だ、どれも成功のビジョンが見えない。

もし失敗したら………後遺症や中途半端に死に損なった後始末に苦しめられ、自分の意志で終えることが出来なくなった人生が死ぬまで続くことになる……冗談じゃない。


男は目を閉じ、これまでの人生を振り返った。

特にやりたいことや目標もなく、ただだらだらと毎日を過ごす。

大学には進学せず、実家を出て一人暮らしを始め、適当なバイトをして、そこそこの生活。そこそこの人生。

まあ普通にやっていけるから、不満もないし、特に変えようとは思わない。

特別幸せでも、不幸なわけでもない。

当たり前に生きていて、それだけ。



「……死ぬ前に、一回実家にでも帰っとくかな」


死ぬのはいつだっていい。一秒後に死んだって構わない。

ただ時間があるのなら、ちょっと顔を出すくらいしてみるかという気になった。

両親にはいつまで定職に就かずぶらぶらしているつもりだと、小言を言われるだろう。

もちろん反論の余地もないので、両親の好きに言わせておく。

男には妹がいたが、こちらは両親のようにあれこれ文句を言われる心配はない。

そういえばと、男はしばらく妹の姿を見ていない事を思い出した。

一年ほど前にあった母からの電話によれば、どうも学校で上手くいっていないらしく、部屋に引きこもったまま出てこないという話だった。



男はさっそく次の休みを利用して、久々に実家を訪れた。


「帰って来る前に連絡の一つも出来ないものかしらねぇ、まったく……」


特に歓迎はされなかったが、下手に干渉もされないので気楽なものだった。

久々にコンビニ弁当以外の食事がとれたのも有り難かった。

男が母親と向かい合って黙々と夕食を口に運んでいると、視界の隅でふっと影のようなものが横切った。


「あら、あの子、ご飯終わったのかしら」


しばらくするともう一度影が横切り、ゆっくりと登って行く足音を何となく母親と同じように見届ける。


「ただいま。ん?なんだ帰ってたのか……って二人してどうしたんだ」


いつの間にか帰宅していた父親が不思議そうな顔をして部屋に入ってきた。


「ああ、ちょっとな。あいつ、いつも自分の部屋で飯食ってんの?」


男は自分達が食事をする前に、母親が妹の部屋まで食事をトレーに乗せて運んでいるのも思い出しながら訊いてみた。


「そうよ。トイレとお風呂以外、ほとんど部屋から出てこないから……」


聞いていた通り本当に部屋に引きこもり中のようだ。


「なあ、あいつさ、今俺が話しかけたら機嫌悪くなるとかある?」


「さあ、どうかしら……普段は部屋の外から声をかけてもほとんど返事しないし、たまに顔を合わせても何だか上の空って感じで……。あっ、でも、さっきは返事してくれたのよ?お兄ちゃんが帰って来たって話したら『へー』って」


「あーうん、なるほど。そんな感じね……」


食器下げてくるついでにちょっと話しかけてみなさいよ、と母親にせっつかれて、『言って来い、お前なら出来る!』みたいなアイコンタクトを無言で送り付けてくる父親の横をすり抜け、男は2階の部屋へ向かった。


「どうぞ」


とりあえずドアをノックすると、こちらが何か言う前にあっさり入室の許可が下りた。

妹の様子は、思ったより普通だった。

以前よりかなり痩せて見えたが、最後に妹の姿を見たのが3年程前だったか。

顔つきも少し大人びて、体型も今時の女子らしいスラリとした体つきに成長し、今ちょっとダイエット中だから、なんて言われたら『ああ、そうなのか』と納得する程度。

少なくとも、男の目にはそう写った。


「あんまりまどろっこしいの嫌だからさ、率直に訊かせてもらうけど。学校、行ってないんだって?何かあったか?」


「……友達が、私の代わりにいじめられてる。だから、学校、居づらくて……行ってない」


母親の話では、学校で何があったか、詳しいことは教えてもらえなかったと男は聞いていた。

けれど妹は、男の問いかけに素直に応じると、ぽつりぽつりと話し始めた。

両親には余計な心配をかけたくないこと。

これは自分一人の問題だから、あまり関わってほしくないこと。


「そっか、わかった。じゃあこの話は終わりだ。邪魔して悪いな、俺、戻るわ」


「うん。お兄ちゃんなら、余計なこと言わないし、しないだろう思って。だから話した。話せてよかった……じゃあね、ばいばい」


男は振り返らずにひらひらと手を振って、部屋を出た。

今後妹に会うことは、二度とない。


「あら、泊まってくのかと思ってたのに」


「悪い、仕事で呼び出し」


「そうか、またゆっくり時間ある時にでも帰ってこいよ」


おそらくそう日を空けずに帰ってくる予感がしたので、男は適当に返事をして実家を後にした。

自宅までの帰途の間、男は数日前に見た中学生の飛び降りのニュースを思い出した。

自殺した男子中学生と、その姉である女子中学生。

二人の両親は、自分達の子供が、自らの命を絶つという選択をしたことを、どう思っただろう。

自分を責めたり、あるいは互いを責めあったりしただろうか。

そう考えると、男の胸にも僅かな迷いが生じた。


「……とりあえず、もう何年か待つか」


時間をかけてようやく癒えた傷口を、抉り出すようなものだとわかってはいたが、男には仕方のないことのように思えた。


「何年先になることやら……」


妹のように、切羽詰まった理由など男にはなかった。

だからといって、このまま何の目的もなく、ずるずると生きるだけの人生には飽き飽きしていた。


「せめてもの親孝行に……だな」


生きる理由としては申し分無いのではないか。

もちろん自分にそこまで立派なことが成せる力があればの話だか。

一先ずは、これから起こるであろう慌ただしい事態に備えて。


「帰って寝よ……」





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