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地獄  作者: 烏籠
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2.幽霊自殺

※少しですが血などの描写あり。

僕には霊感というものがあるらしい。

それも『自殺した人間の霊』だけが見える、変わった力が。


自殺した人間は成仏出来ずにこの世を彷徨うという。

もし僕に見えているものが間違いでなければ、確かにその通りなんじゃないかと僕は思う。

なぜなら自殺者の霊は死んだあとも自殺をするからだ。

自分が自殺した現場で、自殺した方法で、自殺した時間に自殺を再現する。

何度も、何度も。何度でも繰り返す。

絶対に終わることはない。




◽︎◽︎◽︎▪◽︎



人気のない公園にふらりと立ち寄る。

子供達の間で幽霊公園と呼ばれるその場所は、そんな噂のせいか、利用する人間はほとんどおらず閑散としていた。

こんな小さな街でも霊感のある人間はやはりいるらしい。

何故ならこの公園には噂にある通り、一人の少女の霊が住みついているからだ。


彼女の存在を知ったのはちょうど四年前。

僕は少女の“最初の自殺”を目撃した。

今日は珍しく先客がいた。

ブランコに座る二十代くらいの男。 特に何をする訳でもなくただぼーっとしている。

僕はブランコから少し離れた所に設置してあるパンダのオブジェに腰掛けると、ブランコの後ろに聳える大きな桜の木を見上げた。

一時間ほど経った頃に男の話し声が聞こえた。

ちらりと横目で観察する。

どうやら独り言のようだ。

誰もいない空間に話しかける男の方へ僕は視線と身体を向けた。

正確には男が座るブランコに。

そろそろ時間だ。


すうっ………


うっすらと浮き上がる、近所の高校の制服に身を包んだ少女の身体。

ブランコに座る男の身体と重なって、少女もまた同じようにそこに腰掛けている。

きぃ、と音を立てて男がブランコから立ち上がった。

無人となったブランコを一心に見つめる僕に、男は一瞬だけ奇異の目を向けたがすぐに立ち去って行った。

より鮮明になったその姿を僕は食い入るように見つめる。

俯き、さらりと肩下まで流れる髪に覆われたその表情を、ここから窺い知ることはできない。


顔が見たい。


少女がどんな顔をしているのか無性に知りたくなった。

ゆっくりと少女が座るブランコへと向かう。

普通なら顔を俯かせていても気配を感じられるほどの距離まで近付く。

だか少女が僕の存在に気がつくことはない。

自殺幽霊は自殺をするためだけにそこに居る。

自殺に必要なものだけしか見えていない。

だから彼女の自殺に無関係な僕がその目に映されることはない。

ただ決まった手順通りに正しく自殺するだけなのだから。


ぱち。


少女と、目が合った。

いや、違う。

彼女は僕を見てはいない。

深い深い海の底を映したような瞳は、微笑んでいた。

これから自らの命を絶つ人間のものとはとても思えなほど、その表情は幸福に満ちている。


ぎぃ、 ぎぃぎぃ。


そんな音が今にも聞こえてきそうだった。

舞い散る桜の花びらと戯れるように、少女が踊っている。

僕にはそう見えた。

死ぬ間際の少女の顔は、あまりにも幸福に満ちた表情をしていたから。


「さようなら。また来年」


花の中へと溶け込むように消えゆく少女を見つめながら、呟いた。




◽︎◽︎◽︎▪◽︎



――――近々取り壊されることが決まった廃ビル。

この時期になると自殺幽霊が現れる場所。

そのビルの屋上にどこからともなく人影が現れた。

蟻ほど小さくてここからでは男女の区別すら難しいが、僕はあの人影の正体が女子中学生だと知っている。

彼女の自殺を見るのはこれで三回目になる。

今、僕が立っている場所で“始まりの自殺”を。

二回目は飛び降りるところを見ようと屋上まで上がった。

落下の瞬間、彼女は空を見る。

急速に遠ざかる青空を仰ぎ両手を広げ、彼女は飛ぶように落ちる。

僕はただ見ていた。

可愛らしい少女の頭部が、スイカのように破裂し飛び散る瞬間を。

人形のように、白く、すらりと伸びた四肢が、叩きつけられた衝撃で跳ね上がり、ひしゃげる瞬間を。

羽毛のようにふわふわとした、緩やかに波立つ髪に、べったりと、血が纏わり付いた瞬間を。

少女の身体が壊れ、死体へと変わる瞬間を……僕は目撃した。


そして今も。

同じ工程を辿り少女が自殺するのを僕は視る。

地面を舐めるように広がる血の上を誰かが歩いた。

ぐちゃぐちゃになった少女の身体の上を誰かが歩いた。

死体があるとも知らずに誰かが上を歩いた。


僕にしか見えない。

僕だけが知っている。

だから僕は目撃する。





――――――――ぐしゃり。



何かが落下した。

死に塗れた少女の真っ赤な血の海の上に、“新しい死体”が降ってきた。


「きゃああああああっ!!」


「ひぃッ!ひ、人がっ……!」


「飛び降りだ!誰か救急車を――――」


周囲が騒ぎ出す。

ああ、やっぱりこれは生きている人間の自殺だったのか。

ということは、ここで自殺する幽霊がまた増えるのか。

辺りはすっかり人だかりに囲まれていて人々の悲鳴混乱好奇で溢れ返っていた。

生きている人間の多さにぐらりと目眩がして、僕は隙間を縫うようにして人だかりの中を抜けた。


画面越しの映像を見ているかのように、視界に映るもの全てに現実味がない。

まるで他人の足を借りて歩いているような感覚すらした。



意識が浮遊している…………薄い膜にやさしく包まれた脳…………あるいは羊水の中で眠っている…………曇った水槽から見た外の世界…………。


隔離。


閉鎖。


無関係。



それは、とても…………





――――――――戻す。


じりじりとネジを巻くように意識を僕に戻す。

僕に帰す。


「また来年……」


誰にも聞こえないくらい小さな声でひっそりと呟く。

そして、僕は次の自殺幽霊が出る場所へ向かった。





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