第四話 変異研究会の顧問と別の暴走
そう言うと静樹は立ち上がり、異様に横に大きいロッカーの前に立ち、ノックした。
「あ、痛」
ロッカーの中から声が聞こえた。
そしてロッカーが開かれた。
中から一人の女の人が出てきた。
ジャージ姿で少し小さい体型。
「ん?何か一人多いなぁ」
「何言ってるんですか?前に言ったはずですよ」
「え?誰?もしかしてもう一人いたんですか?」
「何か勘違いしてるかもしれませんが、この人はこの学校の教師でこの変異研究会の顧問ですよ」
目を擦りながら、あくびをする女の人。
見た目は若く、まだ未成年に見える。
櫛は女子高生なのだと勘違いしてしまった。
「静樹くん、説明してあげて」
「分かりました」
その女の人は部屋の上座にあたる席に座る。
「南朱莉先生。僕達と同じ変異者でここを卒業した人。現在この学校にて教師をしていて、変異が原因で担当はこの変異研究会の顧問だけ」
「だけ?その原因である変異って?」
「朱莉先生の変異は《不老》、つまり老いることがない。ある時から成長しなくなり、それと同時に強烈な睡眠欲求で一日に一、二時間しか起きることができない身体となってしまった」
櫛や静樹、羽衣とは違った何かにならないタイプ。
三人はそのモノの特徴をもったリスクがあるけど、朱莉先生はそうならないためのリスク。
それは自分に対しての苦痛となっている。
「でも、『寝る子は育つ』って言葉ありますが?」
「逆に言えば、体を動かすことで老いが進むという考えもある」
老いというのはやはり時間経過で起こる生体機能低下。
静樹の考えもあるが、朱莉先生の《不老》の代償が睡眠欲求でなっているのは分かっていない。
「先生、いつものよろしくお願いします」
「分かったわ」
そう言うと、櫛以外が立ち上がる。
「今から検査を行います。男子は外へ行きましょうか」
「あぁ、そうか」
櫛は慌てて立ち上がり、静樹と一緒に部屋から出る。
「俺達はどうするんですか?」
「トイレですかね。使える部屋はありませんし」
ここは部活棟で他の部屋は他の部活が使っている。
そもそも使える場所が屋上とここだけ。
でも、屋上で裸になるなんてことはできない。
可能としてトイレしかないということ。
まぁ、トイレはトイレでどうなんだと思うところもあるが、仕方ない。
トイレに移動した二人はそれぞれで確認し合う。
と言っても、自分が確認できる場所は自分が確認し、確認できない場所は見て貰うしかない。
確認する点は櫛が目、歯、爪で、静樹が目、歯、爪、体毛と尻尾が生えていないかや手足が変わってないかを見る。
実際はそうそう見つかるものではない。
今回も見つからずにトイレから出る。
「因みに見つかった場合はどうするんですか?」
櫛は気になることを聞く。
「薬かな。以前にも助けて貰ったことがあるからね」
「これにも薬?」
「どうなっているんでしょうね」
「ここが国立ってことは国が作ってるってことになりますよね?」
「そうだね。どうやって変異者の変異を抑制する薬を作れたのか。変異した体を元に戻す薬が作られたのかは全く知らない」
変異者にとっては自分を保てる薬があるのは嬉しいことだが、どうしてそのような薬があるのかは全く知られていなかった。
その薬に何が入ってるかも分からないのに。
戻ってきた二人は部屋の前に立ち、静樹がノックした。
「入っても大丈夫ですか?」
「えぇ」
許可を得て、二人は部屋に入る。
「じゃあ、続きを書いてくださいね」
櫛と静樹、そして羽衣はもう一つの変異に関することを書く。
数分後、先に終えた静樹さんに朱莉先生があることを聞いた。
「静樹くん、あれは言ったの?」
「いえ、まだ。これが終わったら言うつもりです」
「あれ?」
「今はそちらに集中してください。後で話します」
朱莉先生の「あれ」が何なのか、櫛は分からないが、今は書くことに集中する。
さらに数分後、羽衣も櫛も書き終わる。
「先程のことを話しましょうか」
一通り終え、先程の「あれ」を静樹が説明する。
「ここで過ごしていくのに大事なのは自分を大切にすること。自分が保てないと被害が出ます」
いくらこの学校に暴走した変異者を止める力があっても、被害が出ない訳じゃない。
一番は暴走しないこと。
何としてでも、薬は自分で飲む。
そういう心がけが必要。
「変異者の暴走は必ずしも一定ではありません。場合によっては一般生徒でも勝てないかもしれません。その時は風紀委員会や生徒会が対応するとは思います。ただ注意する点は変異の力が全て抑えてくれるとは限らないということだけ気をつけてください」
「はい」
変異になり始めた頃っていうのはまだ扱い始めで軽めだが暴走が起きやすい。
ただ例外として変異と言ってもそれ以降変化しない朱莉先生のような変異は暴走自体が中々なく、睡眠欲求のような自分に枷が付けられる。
「それとこの学校には僕達を気に食わないというか、力の矛先を向けてくる連中がいる」
「何故?ここの生徒は俺達の暴走を止めるためにいるんじゃ?」
「みんなみんながそうとは限らないだろう。それに力を振るう先が僕達しかいないていうのもその対象になりやすい」
いじめというのは嫌いや気に食わないだけでなく、(小さなものだが)力を示すものでもある。
その対象となるのは櫛達、変異者である。
変異者は変異による力があっても、普段は持たなく本来の力しかない。
でも、静樹が言いたいのは…
「だけど、多分返り討ちにしそうなんだよね」
「どういうことですか?」
「僕も経験したけど、変異者は心がある程度堕ちると、変異本来の力を暴走した状態で発動する。つまりは周りの生徒が対抗できないほどの力を発揮する」
静樹が経験したのは去年。
きっかけは静樹が言ったように他の生徒からの刺激…暴力だ。
その時の静樹は体自体は変わらずに動きだけが獣染みていた。
殴っていた相手を体当たりで吹き飛ばし、豹のような跳躍力で高台に上り、その一帯にいた生徒を倒した。
結果としては静樹が生徒を噛みつこうとした時に風紀委員会が到着。
協力して何とか鎮静化させた。
普段起こる暴走とは違い、複数の生徒が協力しないと勝てないくらいの力を持つ。
「まぁ、これは変異によるかな。朱莉先生はそういうのないですから」
そもそも変異に力がない変異者にはそのような暴走はない。
「はい、もう終わりましょうか?」
「え?もう解散ですか?」
三人は描き終わり、朱莉先生が終わらせようとする。
「櫛くんは残ってて。ちょっと確認したいことがあるから」
「確認したいことですか?」
「貴方の変異を知りたいから」
「分かりました」
ここで変異研究会として今日の活動は終わり、静樹と羽衣が退室した。
残った櫛は残った朱莉先生に自分の変異である《吸血鬼》の現状分かっていることを伝えただけで、その日は終えた。