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P.02:軍曹・みくる

「本日もご苦労様です!!」

 第1VR訓練ルームに到着すると、煕陋たちは堅苦しいあいさつで迎えられた。背筋をピンと伸ばし、ビシッと敬礼をしているその人は、神瀞に向かって視線を投げている。どうやらあいさつをしたのは、神瀞個人に対してのようだった。

「よう、みくるちゃん。今日も相変わらずかわいいね〜!」

 みくると呼ばれた敬礼し続ける少女は、いきなりの褒め言葉に体をびくつかせ、顔を赤らめて煕陋に返した。

「いやですよ煕陋さん。またそうやって私をからかってぇ……」

「いやいや、みくるちゃんは、本当にいつ見てもかわいいよッ」

 みくるは更に上気した頬を両手で押さえ、まんざらでもないように微笑んで見せた。その姿は、まるで平和に生活を送っている17歳の少女のようだった。


 ――片桐かたぎり みくる……煕陋たちと同い年の17歳ながらも、いち早く戦闘や戦争の知識を学び、“日本自衛軍学校”を最年少にして最高得点をたたき出して卒業。現在では戦闘技術を教える教官として学園に就いている。

 ピンクの髪をし、同色の瞳を携えており、幼さの残る可憐な顔立ちで周囲からの人気も高い。煕陋曰く“美少女四天王の1人”だそうだ。


 煕陋と、ファンシーな軍服を着たみくるとのやりとりに、イライラして見守る人間が1人……。

「ちょっとあんたたち!」

 横から飛んできた大声に肩をびくつかせ、煕陋とみくるはゆっくりと声のでた方角へと顔を向けた。

 そこには不機嫌そうに腕を組んでいる神瀞の姿があった。

「これから実戦訓練だっていうのに、随分と余裕がおありですこと」

 嫌味たっぷりの口調で言い放つ神瀞の言葉に恐怖したのか、みくるは口をわなわなと震わせて再度敬礼をした。

「ししし失礼しましたッ、擱岾中尉!!」

 ビシッとしたみくるだが、相変わらずその体は震えており、瞳には神瀞を全面に映していた。薄く輝く膜があるのも、彼女の存在が大きいという証だ。

「なんだよ神瀞。まだ始まりの時間じゃないんだから、雑談くらいで怒るなよなぁ」

 仁王立ちを決め込む神瀞に、煕陋は頭の後ろで腕を組みながら応えた。

 あっけらかんとした煕陋の態度に、神瀞もカチンと来たのか、怒りの矛先は煕陋へと華麗に方向転換した。

「あんたもあんたよ煕陋! 何がそんなに嬉しいんだか知らないけど、みくるなんかに鼻の下伸ばしちゃって!! だらしないったらないじゃない」

「いいじゃねえかよ。みくるちゃんがかわいいのは事実だし、お前みたいにギャーギャー騒ぐようでもない、おとなしくてかわいらしい子なんだからな!!」

「な、なんですってぇ!? あんたこそさっきから「みくるちゃんみくるちゃん」って気持ち悪いのよ!」

「それは関係ないだろーがッ!」

 どんどんヒートアップしていく口げんかに、周囲の視線も集まっていく。これから実戦訓練なのに、本当ににぎやかなものだ。

 みくるも止めにはいるが、2人のこれはちょっとやそっとじゃ治まらない。

「2人とも困ったもんだねぇ」

「本当に……」

 相も変わらずににこやかな零臥。いつまでも子供の喧嘩をしている2人に呆れる式埜。煕陋と神瀞がこんな状態に陥ってしまうと、2人ともただの傍観者になるほか無かった。


「こらぁ!! 紅鞍ぁ! 擱岾ぁ! いつまでもけんかしてるんじゃない。お前らは何度言ったら分かるんだ」

 言い争う2人のもとに来たのは、訓練の講師を担当する長松ながまつだった。屈強なその体はいかにも鬼教官の印象を与える。

 煕陋も神瀞も、いくら感情が昂ぶっているとはいえ、講師に逆らってしまうと後が面倒なのは知っている。ここは黙って説教を聞いてあげることにしているようだ。

「片桐も片桐だ。学区内ではお前が教授する立場なのだから、今は階級を忘れろと言ってあっただろう?」

 説教はみくるにまで被害を与える結果となっている。急に話を振られたみくるは、動揺しながらも精一杯のいいわけを放った。

「し、しかし長松中尉……対テロ自衛軍の二番隊隊長の上、中尉に任命されている擱岾さんを叱るなど、私にはできません……」

 階級から来る責任意識は、軍隊の中では厳しいものだ。軍曹であるみくるからすると、神瀞は雲の上の存在といっても過言ではない。

「お前そんなに権力振りかざしてんのかよ?」

「そんなわけ無いでしょッ」

 煕陋の質問に神瀞が答える。くだらないひそひそ話でも、なかなか鬼教官の前でできる芸当ではない。周囲の人間にはそんな行為さえ尊敬に値するものがあった。

「あのねぇみくる。人が人に物事を教えることに、立場なんていうのは関係ないのよ。年齢も階級も関係なく、正しいことを教え合える。そうしなければ、人は良い方向へは向かない。ね?」

 神瀞の言葉に、しなだれていたみくるの頭が上がった。そして、みるみるうちに笑顔が全体に広がっていく。

「分かりました、擱岾中尉ッ」

「……じゃなくて、“神瀞”って呼んでくれない?」

「は、はいッ。神瀞!!」

 みくるの笑顔は、輝かしいほどの明るさを持っていた。周囲にも広がる明るさは、その場の空気まで変えてしまうものになっていた。


「えー、諸君。これより実戦訓練を行う」

 長松の一言によって、辺りは静まりかえった。

 ずらりといくつもの列を成した生徒たちの前に、長松とみくるが並んでいる。

「今日は、あらかじめ俺が組んできたチーム票にのっとり、各員、チーム戦をしてもらう。4人組だ。これを見てさっさと各チームで並び直すように」


「……で、結局このメンバーなわけな」

 名簿通りに4人組を組んでみると、そこには煕陋、神瀞、零臥、式埜といったメンバーが揃っていた。あまりの出来事に、煕陋も呆れるほどだ。

「腐れ縁は切れないわね」

 神瀞も同意見。式埜も零臥も同じ目をしているのも事実だった……。


 それぞれのチームがずらっと並んだ後、早速長松の言葉が響く。

「それじゃあ、すぐにでも訓練に取り組んでもらいたいところなのだが……初めに、お前らに紹介したい人がいる。美影さん、どうぞ」

 何故かやや緊張を含んだ長松の声に反応し、出入り口から1人の女性が煕陋たちの方向へと歩いてくる。

 遠くから一見したその容姿は、トップモデルと見紛いまごうようなスタイルで、ネイビーカラーのレディーススーツを着こなしていた。

 女性が長松の隣まで来ると、みくるが彼女の説明に入る。

「この方は美影みかげ 沙羅さら。本日より臨時特別講師として、この実戦訓練の場に来てくださることとなりました」

「皆さん、初めまして。臨時特別講師の美影です。以後、よろしくお願いいたします」

 見た目と比例する色っぽい声に、男子生徒全員が至福の溜息を漏らす。Yシャツをはだけ、強調された胸に魅入るのは、煕陋も例外ではない。

 そんな煕陋の様子に、同じメンバーの3人は落胆の溜息をついていた。


「では、早急に訓練を始める!! 訓練の内容は……30分耐久組み手だ」

 言うなり、生徒たちの“えぇ〜!!”という反応が返ってきた。長松も、これは予想済みだったようで、無視を決め込んでさっさと説明に入った。

「えー。皆も分かると思うが、ここで改めて説明をしておく。30分耐久組み手とは、VR空間内に入り、各個人の武器を手にすると開始される。目の前からは無数の敵が出現し、お前らはその敵を片っ端からぶっ倒していきゃいい。ちなみに、VR空間をいっぺんに埋め尽くす敵の数は2000人。倒した分だけ敵も補充されるから心配するな。まさに四面楚歌状態だから、なるべく生き残れるように頑張れ。以上!!」

 たった4人で2000人といっぺんに戦う。

 爽快なほどの無茶振りに、生徒たちからはブーイングの嵐が巻き起こる。

「ありえねえよそんな数ー!!」

「1人頭500人と戦う計算じゃねーかよ!!」

「死んじゃったらどーすんですかー!」

「鬼ー!」

「ハゲー!」

 止むことの知らない生徒たちの暴言の数々に、遂に鬼教官がキレた。

「誰がハゲだ!! これくらいせんと、お前らみたいなひよっこじゃあ戦場に出ても2分でこの世からおさらばじゃ!! 死にたくなかったらなぁ、文句言わんでさっさと戦って生き残って見せろやぁ!!」

 びりびりと空間が震え、長松の声が第1VR訓練ルームに反響した。

 盛大な怒声が響いたと思うと、波が引き返すかのように音が凪ぎ、辺りはシンと無音の色で染まった。


「おほんッ。じゃあー、擱岾のチーム、入れ」

「えー、俺たちからですかぁ……?」

 長松のご指名に、煕陋の反発の声があがる。

 いかにも面倒な様子の煕陋は、肩をだらんと下げて背中を丸くしていた。煕陋のだらけきった体に、長松の声が刺さる。

「文句言ってるのはお前だけだぞ。VRで死ぬようなことはないから、さっさと行ってこい」

「間違っても、俺は死んだりなんかしませんけどね」

「そんな台詞は生き残ってからすることだな」

「暴れすぎて、精密なVRマシンをぶっ壊したら、先生が弁償してくださいね」

「口の減らないやつだな。手元が狂わないように注意して、敵の殲滅に当たるよう努力しろ」

「は〜い」

 おなじみのやりとりを交わし、4人はVR空間へと向かう。


「ちょっと紅鞍クン」

 VR空間の入口で、煕陋は振り返った。彼を呼んだ方向を見てみると、そこにいたのは美影沙羅だった。

「な、なんでしょうかッ」

 絶世の美女が自分の目の前に現れたことで、興奮のボルテージが一気に跳ね上がった煕陋。声にも表れていた感情の昂ぶりに、神瀞が反応していた。

「これからいくのは実戦でしょう? 大変じゃなぁい?」

 艶めかしい声に更なる大人の魅力を感じながら、煕陋は精一杯のアピールを試みる。

「俺はその辺のVRに負けるほど落ちぶれちゃいないッスよ!! 戦車でもなんでもかかってこい」

「あぁら心強い。頼もしい人って素敵よねぇ……」

「いやぁ、それほどでも〜」

 異常にデレデレする煕陋の背後には鬼の形相をした神瀞が立っている。背中越しに怒気を察知したのか、煕陋は「じゃあ、そういうことで……」とだけ残してVR空間へと足を踏み入れていった。

「あの子は……対象外かもね……」

 美影の呟きに、零臥は眉をピクリと動かしたが、周囲が察知できないほどの平然たる態度で、彼もまた、VR空間へと入室した。


 VR空間に入る扉にはセンサーがついており、生徒の証明証ともなるIDカードをかざすことで、VR空間に入る者の情報を読み込む仕組みとなっている。

 IDカードには、所有者の個人情報とNo.《ナンバー》、Lv.《レベル》などが組み込まれている。


「これより、VR訓練を始めます」

 アナウンスがVR訓練ルームに響く。

 煕陋たちの目の前には、人型の光が無数に姿を見せた。そして、迷彩柄の軍服がそれぞれに着色されていき、遂に擬似的な軍人が完成した。

 その数……総勢2000!


「お出ましだぜ」

 右拳を左手に打ちつけ、気合いを入れる煕陋。

「あんまり無茶して、足引っ張んないでよね」

 ミニスカート裏に忍ばせたホルスターから、2挺の回転式拳銃リボルバーを両手に構える神瀞。こんなときでも煕陋に悪態をつくことを忘れない彼女……そこには、2000人以上もの相手に立ち向かう際にも消えない余裕さを見せていた。

「お手柔らかに」

 左腰に携えた鞘に左手をかけ、太刀の柄を軽く握る零臥。

「あんまり動きたくないんだけどなぁ……」

 腰に手を回して、短刀を逆手に抜く式埜。

 4人の戦士が集いしその瞬間、巨大な密閉空間で、戦争の火蓋が切って落とされた。



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