第七話(1) センチメンタルな戦地
4月11日(曇り)8℃
陽の光もたいしてうだつが上がらない今日この頃。
退屈な数学の授業が終わり、放課後に行われる部活動予算会議に向けて身の回りの支度を進める。
私事部の規模であれば活動に大きな支障のある話がなされるわけではないので出席する理由も特にないのだが、別に無断欠席する理由もない。
荷支度をすませ那月のほうを見るとクラス委員長の八柄さんと楽しそうに話をしている。いつの間に仲良くなったのだろうか。まだ俺は連絡先さえ交換してもらってないってのに!
「どうせなら私も参加するわよ、暇だし。」と昼休みに那月が菓子パンを片手に提案してくれため彼女を待たなければいけないのだが、どうやら話に夢中で準備はまだ済ませていないようだ。
「那月、そろそろ行くよ。」
席に近づき彼女にそう告げると、考え込むラグを含み、ああそういえばという表情の変遷をたどる。
「ごめんなさい、みくみく。このあと予算会議に出席しなければならなくて。このものぐさの擬人化みたいな男がどうしてもついてきて欲しいっていうから。」
「どうせ暇だからって話しかけてきたのはそっちだけどね?記憶が改竄されてるんだけど。」
だいぶ脚色された話の作りで八柄さんに用事を説明した那月は、学校指定の鞄に手早く荷物を詰めていく。
「あーそういえば真帆ちゃんがホームルームでそんなこと言ってたね。二人はちちぶ?だっけかに入ってるんだよね。」
「私事部よ。上級生がいないから私たちがこういう場に出席しなきゃいけないわけなの。」
「うわー大変だね。私の入ってる黒魔術研究会は二校で統合して大所帯になったから仕事量もそんな多くなくてさ。」
「え、黒魔術研究会ってやっぱり実在するの?しかも統合したってことは只女のほうにもあったわけ?」
「みくみくに鼻の下伸ばしてないでさっさと行くわよ。私を待たせるつもり?」
いつの間にか身支度を整えた那月は足早に教室を出ようとする。さっきまで待たせられていたのはこっちだと思うんだけど。っていうか本当に黒魔術研究会って何?
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「それにしても結構いるわね。座る場所残っているかしら。」
会場とされていた会議室には軽く見積もって百人程が集まっており、これら全てが部活動の長やそれに準ずる者であると考えると、この只野木学園の規模感が感じ取れる。それもその筈、合併前の両校は共に五百人程の在校生が存在していたため、合併後は雄に千人を超えた生徒数となっている。
「あ、ここ空いてるわよ。」
那月が指さす部屋の隅には二人分の席がちょうど空いていた。隣には年上と思わしき女性が一人で座っている。
「すみません、隣いいですか?」
「ええどうぞ。」
髪を後ろで一つに結んだ彼女はそういうと少し席を引き、空いている椅子に座りやすいよう配慮してくれる。ありがとう、と軽く会釈をしたとほぼ同時に会議室の前方が分かりやすいくらいにどよめいた。
大衆の注目を集めるそのカリスマに目線が集まる。御来屋先輩だ。
――チッ。
どこか近くで舌打ちが聞こえたような気がしたが、あたりを見渡してもそれらしき人物は見当たらない。何か別の音を聞き間違えたのだろう。
御来屋先輩に続き、二校の生徒会に所属していたのであろう人物も会議室に入ってくる。その中からいやに見覚えのある人物の姿が目に入った。
真柊忍冬だ。
「忍冬、雰囲気変わったわね。」
「まあ那月があいつを見るのは一年ぶりだからな。そりゃいろいろ変わるさ。」
しかし間近で見ていた俺からも、忍冬は中学のころよりかなり大人びたように感じる。高校一年に遅めの成長期を迎えたらしい忍冬は、入学時から比べて10cm近く身長が伸びている。それにより与える印象は一年の歳月をかけて大きく変化しているのだろう。
そんな忍冬の後ろには、どこかで見たことがあるようなないような教師らしき人物が立っている。只女の方の教師だろうが、なんにせよこういった生徒会の活動には教師が介入しないのが本学園の方針のはずだが何用なのだろう。
執行部の腕章をつけた忍冬はその後背の教師といくつかの進行事項を確認したのか、壇上に上がる。
「皆さん、今日はお集まり頂きありがとうございます。早速今期の予算会議案を進めていきたいのですが、その前に村川教頭からお話があるとのことなので。」
そういうと忍冬は壇上から降り、村川と呼ばれた教師にマイクを渡す。
「紹介に預かった教頭の村川だ。只女の方で教鞭をとっていたため男子は俺に見覚えがない者がほとんどだと思う。」
村川教頭。そういわれれば入学式での挨拶も行っていたような気がする。少し見覚えのあるのはそのせいだったのだろう。
「本校の方針で教師がこういった活動に口をはさむことは殆どないのだが、合併に伴って学校側からの重要な変更事項が一点ある。この度、部活動数の大幅調整を考えている。」
村川教頭がそう告げた途端、地震でも来たかのように会場が大きく騒めいた。
それもその筈、この学園は生徒部活動の活性化を促しているため、そこに学校側からメスが入るとは誰も思わなかったのである。
「静粛に。――ゴホン、今年の合併にあたって二校の生徒全員がこの校舎に集まったことは周知の事実だな?その二校における全ての部活動に部室を用意し、活動資金を分配していくことはあまりにも現実的ではない。」
「すみません、ちょっといいですか?」
騒然とした空気の中、最初に手を挙げたのは男子新聞部の副部長である梶だった。
「許可しよう。学年と名前を述べなさい。」
「二年三組の梶寛太郎です。削減ではなく調整という言葉を選んだということは、何でもかんでも減らしていく訳ではないということでしょうか。」
「いい質問だ。まずこの学園には二校の元々の部活動を合算すると約80の部活動が存在する。しかし、その中には男女で別れているだけで活動内容が同一であるものもいくつか存在するだろう。それらの数が減るとなれば調整という言葉がまずは相応しいだろう。」
確かにもともと別の高校であったために異なる部活動となっているものも存在するのか。それを踏まえれば学校側は別に無理難題を提案しているわけではないように聞こえる。ほかの生徒たちからも、なんだそれならと安心しきった声が聞こえてくる。
「私からも質問良いですか?」
次の質問者として手を挙げたのは隣に座っていた那月だった。
「学年と名前は。」
「二年一組、並榎・リェータ・那月です。学校側としては部活動の総数はどのくらいが望ましいと考えているのでしょうか。」
「そうだな、部活動予算に回せる費用や学校のキャパシティを踏まえて、・・・50程度が妥当なところだろうな。」
先ほどまでの安堵の空気が一転、張り付いた緊張感が会議室に広がった。50。先ほどの併合案をもってしても明らかに現在の部活動数を大幅に下回っている。これでは調整という言葉を選んだ必要がないだろうに。
「それではもう一つ、その中で廃部とされる部活動はどのように決定されるのでしょうか。」
「その質問に対しては僕の方から。」
そう言い、村川教頭の背後から壇に登ったのは忍冬だった。
「今回の部活動数の調整にあたって、どのように線引きをするかについては部活動予算案と共に生徒会から二種類の形として提案させて頂きます。僕と御来屋さんによる二通りのものを。」
忍冬が後ろにいる生徒会役員に合図を送ると集まった生徒たちの手元に予算案が記入された紙が二種類配られる。その両方には御来屋先輩と忍冬がそれぞれ前期の活動実績に基づいた各部活に対する費用と、調整の対象となる部活動の一覧が記されていた。
「昨日遅くまで御来屋先輩が生徒会作業を行っていたのはこれが理由だったのか。」
「調整対象に入る部活動の選定に忙しかったってこと?」
「それだけじゃない、これは生徒会選挙の前哨戦ってことなんだと思う。誰がどこを味方につけるのかっていえば正しいのかな。」
壇上に登っている忍冬の背後に御来屋先輩が見える。何かを急いでいるのか?隣にいる生徒会役員は見るからにあわただしそうだが、気のせいだろうか。
――後半に続く。