表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
物理準備室に茜はささず  作者: 三斤 樽彦
物理準備室に茜は差さず
8/30

第六話 さながら銀竜草のように

四月十日(晴)10℃


 

 六限が終わり、その足で部室に向かった俺は、先に来ていた那月が淹れてくれた紅茶を片手に本を開く。今日読んでいる本は、植物の中でも少しニッチな腐生植物という分類について書かれたものである。

 突然だが皆さんはこの腐生植物という名を聞いたことはあるだろうか。腐生、つまり腐りと共に生きると名付けられた植物たちは、体に葉緑体を十分に持たず光合成により栄養素を生成出来ない。

ではどうやって必要な養分を体内に取り込むかというと、腐った生き物、つまり生物の遺体から栄養素を入手するのである。しかも自らの手ではなく、それを吸収する能力を持った菌類と共生することで分け与えてもらうのだ。

 この腐生植物は葉緑素を持たないことによって通常の植物とは大きく異なる点が存在する。色だ。彼らは体内に緑の色素を持たないため、全株が同一色で染まり、葉は鱗のように茎にまとめ上げられる。

夜の森、暗闇の中で魔性のように怪しく銀色に輝くその鱗片模様から、竜と名付けられた腐生植物も存在する。

 自分で生きる術を失った代わりに、見るものすべてが心を奪われる姿を手に入れたのだ。

 いや、あるいはその逆か。

 

 閑話休題。

 

 本を読み終え一息をつくと、授業終わりに真帆ちゃんから呼び出されていた明斗がいつの間にか部室に来ていた。

 いつの間にか三人とも指定席のような場所が決まっており、明斗が自宅の大掃除に際して持ってきた一番上質な客人用のソファは那月が陣取っている。今はどうやら学校の課題に頭を悩ませているようだ。


「榛彦、結局まとめさんの依頼は受けることにしたの?」


 明斗は真帆ちゃんから依頼されたと思われる雑務書類を処理していた手を止め、話しかけてきた。どうやら御来屋先輩から昨日の話は直接聞かされていないようだ。


「まあな、特別断る理由もなかったし。それにか弱い女性が脅迫状なんて物騒なものを出されていることを知ったら誰だって守ってあげたくなるとは思いませんか!」


「そっか。」


 そういうと明斗は書類に目を戻し淡々と作業を続ける。何か気に障るようなことを言っただろか。


「うんうん、美人の先輩に頼られて鼻の下を伸ばしていた男の言葉はやっぱり重みが違うわね。あ、まさかラクダの形態模写でもしてた?」


不機嫌そうな声で那月は悪態をついてくる。


「それに私としては反対だったけど。だって彼女の生徒会長になりたいという依頼を受けるということは、忍冬と敵対するってことでしょ?」


 真柊忍冬。俺たち三人の共通の知り合いであり、今回の生徒会長選では御来屋まとめと雌雄を争う相手でもある。那月としては最近知り合った御来屋先輩よりも、昔からの友人である真柊忍冬の味方に付きたいということなのだろう。


「けっ、俺としては大歓迎だけどな。御来屋先輩のお願いを聞く理由がちょうどいま一つ増えたぜ。」


 忍冬が生徒会長に相応しいかどうかと問われればその答えは客観的に見てYESである。昔馴染みの贔屓目を無しにしても奴の問題遂行能力や知性は人の上に立つ器として十分すぎるものであり、自主自立を重んじ生徒に様々な決定権を持たせているこの只野木学園で一年生から生徒会長を務めるだけのことはある。

 御来屋先輩の圧倒的なカリスマ性を持ってしても優劣をつけがたい男であることには間違いない。梶も下馬評は未だイーブンって言ってたなそういえば。


「あ、話は変わるんだけどさ、明日の部活動予算会議には榛彦が出てくれないかな?ちょっと裏方で頼まれ事されちゃって。」


 部活動予算会議というのは名前通り半年に一度、各部活の予算額を決定する会議である。あらかじめ用意された金額から、半期の活動実績を基にそれぞれの部活に予算を割り振る。パブリッシュスクールと銘を打たれているこの只野木グループでは、このような予算の管理まで生徒に任せているのだ。

 生徒会の決定に異論を持たないのであればぶっちゃけ出席しなくても構わないのだが、別に出ない理由もないので私事部は毎回出席している。明斗が。


「特にやることもないし別にいいけど。そっちは何するんだ?」


「ちょっと御来屋先輩から頼まれちゃってね、荷物運びとか、ほんと他愛もない雑用だよ。」


「明斗、あなたの頼まれたら昔からなんでも引き受けちゃう癖は美徳だと思うわ。でもここにいる昼行燈みたいに断るときはちゃんと断ったほうがいいわよ。」


「俺いま馬鹿にされた?」


「いや別にたいしたものじゃないよ、ただ困ってる人がいたら助けたくなるだけだって。」


「ねえいま俺馬鹿にされたよね?」


 うるさい、と拳骨が一つ。



*******************************************************************************



「おや、みんなでお帰りかな?」


 帰宅するために昇降口に向かうと、たまたま御来屋先輩と鉢合わせた。手にはいまだ大量のファイルを抱えている。


「御来屋先輩は明日の会議のためにまだ残って仕事ですか?大変ですね。」


「いやいや、これも生徒会の仕事だもの。それに仕事自体はそんなに苦じゃないよ、今回に関していえば今まで聞いたことないような部活も知れて面白いんだよ。ほら、黒魔術研究会なんてさ・・・・。」


「まとめさん、明日は4時に生徒会室でいいんでしたよね?」


 楽しそうに黒魔術研究会の資料を開こうとする御来屋先輩に明斗が割り込む。え、ほんとに黒魔術研究会って存在したの?え、気になるんだけど。

 二人が明日の段取りについて少しばかり話を始めると、隣にいた那月が肘でこちらを小突いてきた。


「ねぇ。」


「なんだ?」


「あの二人って付き合ってるのかしら?」


 確かに傍目で見ると仲睦まじい長年連れ添ってきたお似合いのカップルのように見えなくもない。

近くにいると忘れがちだが、明斗という男は顔立ちも整っており高身長で誰にでも優しいという、いわゆる良物件である。千代田区なら企業がこぞって本社を置くレベル。


「明斗からそんな浮いた話は聞いたことないけど。」


「怪しい、女の勘がそう告げているわ。」


 那月は二人の表情を探偵のようにまじまじと観察している。女性にしか分からない微妙な感情の機微みたいなものがあるのだろうか。


「そういえばお前はそんな話はないのか?留学先とかさ。」


「別になんにもなかったわ。まあ私みたいな魅力のない女、誰も相手にしないわよね。」


「そりゃ違いない。」


「否定しなさい、殺すわよ。」


 外見の美しさは否定のしようがないと思うが、それを補って余りある程に気が強すぎる。火遊び感覚で接すると火傷をしてしまいそうな彼女に対して、易々と手を出すような命知らずは海の向こうにはいなかったのだろう。

 



「それじゃあ明日はよろしく。暗くなってきたからみんな気を付けてね。」

 一通り明日の手順を確認した先輩は、多量のファイルを抱え直し、生徒会室へと踵を返した。

「そういえば、最近は冴さんと一緒じゃないんですね。」

 明斗は聞きなれない名前を口に出す。その瞬間、御来屋先輩の体が一瞬固まったように見えた。

「あはは、ちょっと今はね。部活には変わらずいるから今度会いに行ってみたらどうかな。きっと喜ぶよ。」

 そう明斗に告げると、彼女は何もない様子でまた生徒会室への歩みを進める。

一人で路を行くその後ろ姿は、相も変わらず目を奪われるものだった。



********************************************************************************



 カチャカチャと銀食器の音が響く。我ながら今回のカレーライスはうまく作れたと思う。御来屋先輩から連れて行ってもらったコーヒーショップから発想を得てコーヒーを隠し味に使ったのがいいアクセントになっている。うむ、なかなかの味だな。


「学校はどうなの、うまくやってんの?」


「何突然、きも。・・・まあ、割とうまくやれてると思うよ。新しく友達もできたし。」


 なぜ罵られたのかは理解できないが、藤の楽しそうな表情は学校生活が上手くいっていることを雄弁に物語っている。


「部活は変わらず陸上部に入るのか?」


「そうだね、まだ仮入部だけど雰囲気も良さそうだし。尊敬できる先輩もいるんだよ、冴さんって言ってさ。」


「冴?なんか聞いたことある名前だな。」


「別の高校だったお兄ちゃんが知ってるわけないでしょ。人間違いよ人間違い。冴さんはね、凛々しくて自分に厳しく、それでいて私たちみたいな一年生には優しい、住んでいる世界が違うのよ。それこそ御来屋先輩みたいにね。」


 ああそうだ、今日の放課後に御来屋先輩と鉢合ったときに明斗が口に出していたんだった。あの時は気にも留めなかったけど、どんな人なんだろう。御来屋先輩の知り合いってことはやっぱり美人なお姉さんなのだろうか。


「ちょっと馬鹿兄貴、私の話ちゃんと聞いてる?」


「ああ、ごめんごめん。それで?御来屋先輩の魅力が最近大気圏を突破したって話だったよな確か。」


「全然違うんだけど・・・、まあいいやご馳走様。先にお風呂入っちゃうから。」


 食事をした後すぐに風呂に入ると体に悪いと誰かが言っていたような気もするが、まあ何とかなるだろ。食べ終わったら明日の弁当の仕込みでもするか。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ