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物理準備室に茜はささず  作者: 三斤 樽彦
物理準備室に茜は差さず
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第四話 美人生徒会長も意外と大変らしい

 早朝のホームルームが終わり、入学式が始まろうとしている。式が行われる会館に向かう道中では、新入生と思わしき男女が一目でわかった。彼ら彼女らは少し丈の合わない制服を身にまとい、物珍しそうに校舎を散策している。そうは言っても、女子高出身の上級生たちにとっても完全に別校舎ではあるし、男子校出の俺たちにとっても会館のある新棟は決して馴染みのあるものではない。つまり何が言いたいかって言うと皆揃って浮足立っているということだよね。

 いつもは冷静な相方も例外ではないようで、不相応にそわそわしている。


「はるしってるか。せいとかいちょうは一人しかいらない。」


「なんでカタコトなんだよ。それで一人ってなんのことだ?」


「わからないの?そっちと只女で生徒会長が二人存在してしてるってことをAは言いたいのよ。」


「そんなLみたいに。」


 この併合の話が進むにつれて二高間では様々な衝突が生じたとは明斗の談である。とかく前例のないことなので、校舎はどちらを基にするのかだとか、教育カリキュラムは、教師陣の体制は、等は無関係者の人間でも容易に想像がつく。その中の一つに生徒自治、つまり生徒会執行部の人員問題も含まれているのは当然の道理である。


「そうそう、やっぱりどっちの高校にも面子ってものがあるみたいでさ、本来ならどちらか一方の生徒がやるはずだろう新入生歓迎の言葉を二人でやるらしいんだよ。」


「うへえ、しち面倒くさい挨拶を二人分も聞くのか。勘弁して欲しいぜ。」


「そう文句を言うものじゃないわよ。会長さんたちだって式典に毎回駆り出されるなんて良い気じゃないでしょうに。」


 そうこう話しているうちに式典用の会館にたどり着く。新しく建てられたこの施設は二校分の学生を収容するためにかなり荘厳な造りとなっている。小さなコンサートホールぐらいはあるんじゃないだろうか。

学園併合にあたって新施設の建造にかかる費用は、只野木グループ全体の収益から賄われているらしい。元は小さな製薬会社だった只野木グループは、社長のその優れた経営手腕から一代で日本有数の巨大企業へと成長し、食品業界や製造産業などでも成功を果たしている。いまや只野木グループの名を冠したものを見ない日はなく、ひと昔前の財閥の体を持ちつつあるらしい。この急激で異常ともいえる成長の裏には人体実験だとかアンダーマネーがかかわっている等の怪しげな噂が存在しているが、まあ人間は陰謀論とか好きだから当然といえば当然であるともいえる。そんな巨大企業の次にブルーオーシャンだと目を付けた進出先がこの教育界というわけだ。

 学校長や来賓の式辞が淡々と進み、簡単な祝電で新入生の門出が祝われる。背筋をピンと縦に伸ばした新入生たちにはどんな壮語も素直に耳に入っては来ないだろう。


「そういえば、明斗はあっちの生徒会長様がどんな人なのか知ってるのか?」


「あれ、榛彦はとっくに知ってるものだと思ってたよ。」


「?そんなに情報収集に勤しんでいる素振りを見せたつもりはないはずだけど。」


「すぐにわかるよ。」


 瞬間、弛緩していた空気が引き締まっていくのを感じる。壇上に登るは、秀麗な美貌と共に異様な威圧感が流れ出るかの女生徒、御来屋まとめである。あの日感じた、フレンドリーな口調では抑えきれない謎の圧迫感は、こと式典の場においても椅子に張り付けられたと錯覚するほどである。いやそれにしても存在感やばいな、あれがカリスマというやつなのだろうか?

「みなさん、初めまして。生徒会長の御来屋まとめです。本日はご入学おめでとうございます。素晴らしい挨拶は私の後に真柊(ましゅう)さんが述べてくださるとおもいますので私からは簡単に二つだけ述べようかと思います。今日、この新しい門出の日に期待を抱いている人は手をあげていただけますか?」

恐る恐るといった形でひとり、またひとりと手が上がっていく。男女共学となったこの節目に期待の念を抱かない人などほとんどいないだろうし、かくいう俺もその一人であることに疑問はない。

「ありがとうございます。皆さん大きな希望の気持ちを秘めて今この場にいるんじゃないでしょうか。それでも約束します、あなた達の予想をはるかに超えた、素晴らしい学園生活を!」

 生徒の中からいくらかの拍手が聞こえてくる。そちらを見やるになかなかに蕩けた表情の者もちらほら見えており、生まれ持っての求心力がうかがい知れる。


「なかなかパンチの効いた挨拶をするんだな。昔からこうなのか?」


「まとめさんはなかなかに気の強い女性だからね。今日登校したときも一発かましてやるって言ってたよ。」


 まだ御来屋さんとは一言二言ぐらいしか交わしたことはないが、鼻の下を伸ばして喋ってしまったことなど本当に気にしないタイプなのかもしれないな、がははは。


「あはは、こういう式典で拍手ってのは良いものなのかわかりかねるけど・・・。最後にもう一つ、こちらは皆さんの学園生活にもかかわる話なのですが、この学園の生徒会執行部は改めて編成されることとなりました。昨年の冬に選挙を行ったばかりの二・三年生や、まだ入学して日の浅い一年生には申し訳ありませんが、よりよい学校づくりのために皆さんにお力をお貸し頂きたく思います。最後になりますが、今後の皆さんの活躍と成長を心より祈念し、歓迎の言葉とさせていただきます。本日はご入学おめでとうございます。在校生代表 生徒会長 御来屋まとめ」


 彼女の降壇を装飾するかのような拍手が鳴り響いた。確かになかなか気の強い女性の様だ。彼女の文言通りであるならば生徒会は選挙を持って改めて組みなおされるはずで、まだ役職などは決まっていない。

しかし彼女は断固としてその生徒会長という肩書をはずさなかった。



**********************************************************



 入学式が終わり、ホームルームは自己紹介をした程度の時間にまとめられ、すぐに放課の時間を迎えた。しかしながら教室や廊下は活気に満ち溢れており、まだ想像しえない青い春へと足を踏み出そうとしている者がたくさんいた。そしてそれはこのクラスとて例外ではないようでして。


「はいはい!みんなでカラオケ行かない?一年間一緒のクラスで過ごすんだしさ!」


「それマジ賛成!みんなで行くべよ!」


 声をあげたのは先ほどの自己紹介でもひときわ目立っていた男女の様である。これは真帆ちゃんから聞いた話なのだが、クラス替えの際には、ある程度、クラスのパワーバランスをそろえておく必要があるのだそうだ。中心人物になりえる人、ピアノが弾ける人やテストの成績いかんで調整を行うらしい。この様子だと彼らはその中心人物としての役割を期待されているのだろう。


「ねえねえ、君もどうかな?クラスの親睦を深めるためにもみんなに来てほしいんだ。」


 話しかけてきたのは確か、八柄ちなみと名乗っていただろうか。先ほどの自己紹介で「クラスのみんなとお友達になりたいです!」なんて目立っていたから名前を覚えてしまった。べ、別にかわいい女の子だったから記憶していたわけじゃないんだからねっ!


「えーと、八柄さんだっけ?せっかく誘ってもらって悪いんだけど、今日は早く帰ろうと思うんだ。」


 感の良い諸君はとっくにお気づきだろうが、もちろんこれはブラフである。女子の誘いだからといってそんなに簡単に乗る男ではないんだ、俺は忙しい男なんだ、という体で接すると良いと「モテる男の百の秘訣」に書いてあった。女の子にモテるためには百個も意識しないといけないのか、大変だな。


「うーんそっか、急に誘っちゃってごめんね。連絡先とか交換したかったんだけど、また機会があったらだね!」


「あ、いや俺はその」


「残念だけどまた今度!気をつけて帰ってね!」


 ご゛めーーーん‼意地張ってご゛めーーん‼今の‼取り消すわけにはいかねーがな‼

 だが一度発した言葉を即座に取り消せるほどの余裕はなく、もう彼ら彼女らのグループはクラスから出て行ってしまっていた。母さん、降ろされるまでもなく船は出航していったようです。 




「あれ、明斗はカラオケ行かなかったのか?てっきりついていってるもんかと。」


 準備室のドアを開けるとそこにはもう見慣れてしまった顔ぶれがあった。もう新しいクラスにもなったというのに、とも思ったが自分も結局ここへ帰って来てしまっていることに気づき言葉を引っ込める。


「榛彦こそ、まあその様子だとどうせ「俺は簡単に女子にはなびかない」とか言ってたらそのまま置いて行かれたんだろう?」


 ぐっ、鋭い。でも仕方ないじゃん、カッコつけたい年頃だもん!コーヒーはブラックで飲みたい年頃だもん!ちなみに最近は洋楽ばっかり聴いてる、やっぱりビートルズは邦楽とは違って深みがあるよね、うん。


「高二病ってやつね。病気はその自覚症状を持たなければ病気とはならない、けだし名言だわ。」


「馬鹿、これはそういうんじゃねえ。世の中を俯瞰出来ると行き着く無我の境地なんだよ。

天衣無縫の極みなんだよ。この世の中が楽しくて仕方ないんだよ。」


 茶々を入れてきたのはいつの間にか奥のソファを占有している並榎・リェータ・那月であった。その碧色の瞳は見る者の心を揺らすほど神秘的であるが、それを補って余りあるほどの悪辣さと突飛な発想が彼女の大きな特徴であると俺は考える。


「それにしても驚いたわ、まさか忍冬が生徒会長だなんて。」


 彼女は物理準備室に常備されているコーヒーを淹れようと席を立ちあがる。なぜその場所を知っているかは甚だ疑問だが、咎める理由は全くないのでとかく言わないでおく。


「去年の生徒会選挙は忍冬が立候補した段階でもう他に出馬しようって人はいなかったよ。入学成績の時点から圧倒的だったからね。」


 去年の入学試験を満点で通過した真柊忍冬(ましゅうしのぶ)の才覚は瞬く間に校内に知れ渡った。その後も県内で有数の進学校として名を馳せている只野木第一高校の試験で首位を逃したことはなく、教師からの信頼も厚いらしい。強きを挫き弱きを助けるその気概は生徒からの人望も備えている。


「そんな忍冬と敵対しているだなんて、榛彦あなたとんだヒールだったんじゃないの?」

「別にいいだろ、その話は。」


 那月はかわいそうな男に慰めの涙を送る演技をすると、慣れた手つきで三人分のコーヒーを淹れてくれた。


「榛彦、那月、この後時間ある?」


 明斗はスマホを片手でいじりながら話しかけてくる。こらっ、人と話すときはちゃんと目と目を合わせなさい!


「時間なんか有りまくりですよ、なんですかもしかしたらクラスで親睦会とかあるのかなーと思って午後の予定を全く入れていなかった俺への嫌味ですか良い性格してますね。」


「なんでここまで卑屈になれるんだこの男は。」


「人間として終わってるわね。」


「そこまで言う!?・・・で、聞くからには何かあるんだろ?」


 そう尋ねると明斗はおもむろに立ち上がり、スマホの画面を開いて俺たちに見せてきた。


「これ御来屋先輩とのメッセージじゃないか、なにほんとに嫌味だったわけ?」


「ちゃんと読んで、ほら一番下までスクロールして。」


「なになに、『もし今日時間があったら準備室に寄ってもいい?相談したいことがあるの』だって?」


 御来屋先輩と頻繁に連絡を取りあっていることにまずは怒りを隠せなかったが、それよりも気になることがそこには書いてあった。


「相談事ってなんだ?しかもわざわざ会いに来るって?」


「げ、このメッセージ十分前じゃない。私帰るわよ、あの人ちょっと苦手なのよね。なにか腹に一物抱えてそうでしょ。」


「あら、そこまで言われるようなこと貴方にしたかな?身に覚えがないんだけども。」


 振り返ると奴がいた。もとい彼女は入り口の扉の前に悠然と立ち尽くしていた。大勢の面前で物言っていた彼女を改めて見ると、その見目の良さだけでは発することのできない威圧感―荘厳さとでもいうのだろうかーを改めて感じる。


「お邪魔させてもらってもいいかな?できれば明斗だけじゃなくてみんなに聞いてほしい話なの、もちろん那月さんにもね。」


「あれ、なんで私の名前を?」


 そういうと彼女は、去年明斗の家から持ってきた来客用のソファに腰を掛ける。いつか見た仕草だ。良家が扱っているものは同じく良い品のようで、客人を座らせるための上座に配置している。後ろでは秋二がいつもは使わない少し高級な葉で茶を淹れているのが見えた。


「そりゃあもう有名だもの。あの並榎財閥の愛娘でロンドンのパブリックスクールから転学してきたクォーターの美少女転校生って、話題にならない方がどうかしてるでしょ。」


「あ、あら?そんな噂になってるの?悪い気はしないわね。」


「あと今日の朝の一件もね、聞かせてもらったわよ~?なかなか派手な登場するのね。」


 その話に触れた瞬間、那月の顔が少しひきつる。さすがにやり過ぎたと思ったのだろう、行動を起こしてから後悔するのは彼女の悪い癖である。


「まあまあ、それで今日は何の用なんです?」


 明斗は話を遮るように御来屋先輩へ紅茶を差し出すと、斜向かいの椅子に腰かけた。


「あはは、失敬失敬。仲良くなれそうだと思って舞い上がっちゃった。」

 彼女が姿勢をただし本題に入ろうと目を据えると、なごやかな雰囲気から一転してその場の空気がひりつく。誰が言うでもない、自然と背筋が伸びる。


「それじゃあ説明するわね。一か月後に生徒会選挙が行われるのは知っている?」


「はい、御来屋先輩が今日の挨拶で仰っていたことですよね。多少急な話だとは思いますが。」


「そう、こちらとしても性急な話で少し戸惑っているのだけどね。でも私は生徒会長としてそちらの生徒会長の真柊忍冬くんと相対しなければいけない。ちなみに今回は再投票ということだから新たな立候補者は受け付けないことになっているそうよ。」


 確かにそうだ。普通の役員選挙ではない以上、新たな立候補者を立て再度行うことは工程的、儀礼的にみてもそぐわない。一度は皆の承認を受けた訳なのだから異論を唱える人はいないだろう。だが・・・。


「それと僕たちへの相談に何の関係があるんですか?僕たちは生徒会に関係ない、ましてや内情に疎いただの一般市民ですよ。生徒会選挙に介入できることがあるとは思えないんですが。」


「いえ、お願いといってもそんなにたいしたことではないの。ほら、まだ学校が併合して日が浅いじゃない?もともと男子校の部分も含めて、あなた達生徒が生徒会に求めているものが何か知りたい場面があると思うの。そんなとき、気軽にお話しできる相手がいると嬉しいなと思って。どうかな?」


 彼女の願いはそんな塩一つまみ程度の、簡単なものだった。それでも礼節をもって、ましてや物語の中から出てきたような女性にお願いをされたら、断る道理など存在しまい。


「御来屋先輩に頼まれたらなんでもやっちゃいますよ。何かあったら相談してください。まあ助言できることなんて少ないとは思いますけど。」


 「ありがとう。」と御来屋先輩は微笑みながらそう言い少しの談笑の後に足早に準備室を出ていった。送っていく、と明斗は彼女のあとを追っていったのだが、御来屋先輩が喋っている間中、険しい表情をしていたのが気になった。きっと便秘なのだなぁ。季節の変わり目は体調が崩れやすいから気を付けてっておばあちゃんが昔言ってたし。

 彼らが帰ると同時に、用があるからと那月も帰宅していった。部屋は一気に閑散となる。戸締りの後準備室を出ることにした。

 渡り廊下の窓からは金属バットと白球のはじける音が聞こえる。春の大会が近い。


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