第三話 物語にかわいい幼馴染は必須ではない
新学期を迎え晴れて共学となったこの学校は、新たな出会いに伴ってやはりというかみな揃って浮足立っていた。かくいうこの俺、椿木晴彦も見慣れているはずの校舎全体が今までとは全く違うものかのように思えた。ほら、この昇降口だってまるで映画試写会のレッドカーペットみたいに見え・・・いやまてまて、本当に敷かれちゃってない?いつからここはハリウッドになったの・・・。どうやら眼がおかしくなっちゃってるのは俺だけではないようで、異様さを感じている生徒たちはレッドカーペットを横切らないように気を使っているようだ。
「あら、みんなは何でこの上を歩かないのかしら?もしかしてアタシと同じ道を歩く光栄が身に余るってこと?」
背後から聞こえる全く聞き覚えのない声は勇ましく昇降口に響き渡る。共学になるといろんな人がいるんだなー。まったくもって知り合いでも何でもないので気にせず自分のクラスへ向かおう。えーと、さてさて二年生用の下駄箱はっと・・・。
「その背中は榛彦?榛彦じゃないの!?久しぶりね、あたしに会えない間でも元気してた?」
ハルヒコ・・・?あんなおかしな人でも知り合いがいるものなんだな。響きからして男かな?まあいいや、明斗たちとはクラス表を見るタイミングではぐれちゃったけど、いったいどこに・・・。
「ちょっともう榛彦ったら、水くさいわね!はっ、まさか感動の再会に言葉も出ないとか?なんだそうならそうと言ってくれればいいのに。あ、でも言えないならそれも意味ないわね、アハハ。」
よし、振り返らず一直線に踊り場を抜けよう。そうすればこの、つい先日まで外国留学に行っていた世間知らずのおかしな女の知り合いだと思われることはないだろう。新たな高校生活を出鼻からくじかれてたまるか。
「え、なんで返事してくれないの・・・?まさか、たった一年間会わなかっただけで私のこと忘れちゃったの?私の、私の初めてを奪ったくせに!」
「こんなところで紛らわしい言い方はやめろ!それにその初めてってのも、子供のころのしかも単に知り合いってだけだろうが!」
「やっぱり榛彦じゃない。別人に話しかけちゃったたかと思って冷汗と焦りが青天井だったわよ。」
「今までのくだり全部が焦りから生み出されたものだったのかよ。ていうかなんだあの典型的な成金キャラは。」
眼前で青ざめた顔をしている女の名前は並榎・リェータ・那月。まことに残念ながら俺の幼いころからの知り合い、腐れ縁第二号である。物心ついたあたりから親同士の仕事の場で知り合ってからというもの、歳が同じなこともあって俺の人生に彼女の影を見なかったことはなかった。決して悪いやつではないのだが先ほどのように少々、いや多々に度が過ぎるところがある。ほら、謎の黒服たちがせっせとレッドカーペットを片付けているではないか。ちゃんとお給料出してあげてね。
「那月じゃないか。転学は結局こっちにしたんだね。」
「あら明斗、あなたも久しぶりね。まあパピー的には都内の女子高に通わせたかったみたいだけど、友達がいないと転学での学校生活が心配って伝えたらあっさり折れたわよ。私が一度決めたら曲げないってそれパピーが一番よく知ってるから。」
「並榎さんのうなだれている姿が目に浮かぶな・・・。」
父方に東ヨーロッパの血が入っているリェータ家では女側の勢力が強く、並榎父がいつも振り回されていた記憶がある。今回も父親の意見を意に介さず、那月が話を決めたのだろう。
「そういえばアイツは一緒じゃないの?てっきり三人とも一緒にいるものだと思っていたんだけど。」
「いや、それは・・・。」
「あ、那月さんじゃないですか!いつの間にこっちに戻ってきてたんですか?」
「藤じゃない、元気してた? ・・・この話はまた今度聞かせてもらうことにするわ。」
割って入るような藤との邂逅で、那月は俺たちを外目にこの場を後にした。明斗は時計をみやり時間があまりないことを確認すると、自分たちも行こうと教室のほうへ歩き出した。
「それにしても、三人とも同じクラスだったとはな。つくづく縁ってものは有るんだなって感じさせられるぜ。」
「そうね、物語上の都合をひしひしと感じるわ。」
昇降口で別れた後、三人でまたも合流するのはたった数分後のことであった。奇しくも同じクラスであった俺たち三人は、新しいクラスにいるほかの友人との挨拶もほどほどに教室の隅で固まっていた。
「ちょっと那月が何を言っているのかはわからないけど。それにしたって留学から帰って来るの早かったね。あっちの転入学時期って秋ごろだったんじゃなかったっけ?」
「そうなのよ、だから春までに帰ってくるまでにも色々大変だったんだから。裏金だとか外務省だとかに手を回してもらったりだとか。」
「大変だったのはお前じゃなくてお前の父さんのほうだろうが。あんなにいい人の胃をこれ以上痛めつけるのはよしてやれよ。」
「あら、愛する娘のために父親が奮闘するなんてハートフルストーリーもいいとこじゃない。かわいい子には楽をさせろって諺も日本にはあるし。」
「それをいうなら旅をさせろね?本来の意味とは真逆になっちゃってるから。」
「そうだったっけ?まあいいわよ、そんな些細な違いは近所の犬にでも食わせておきなさい。それよりも、あなた達今朝の反応を見る限りだとまだ忍冬と仲直りしてないわけ?」
少し怒りの感情をみせた彼女は俺たちにそう問い詰めてきた。外国の血が入った目鼻立ちの整っている顔に睨みつけられると昔からどうもひるんでしまう。その表情を読み取ったのか、明斗は視線だけで「俺から離すよ」と伝えてきた。
「一年間見ている限りでは榛彦と忍冬は高校に入ってから口をきいてないよ。お互い意地張っちゃっててさ。」
「そんな言い方すんなよ、そもそも最後に我儘言ったのはアイツのほうだって那月も分かってるだろ。」
彼女は額に手をつけ首を横に振り、一度ため息をつく。その仕草に含まれている意味合いに心当たりを感じないような歳ではもうない。それでも奴が起こしたあの日の行動はどうしても看過することが出来なかった。でもそれは俺自身の若さゆえの理解の至らなさだったのだろうか。ほんの一年間では結論の出るはずもない。
「君たち、もうホームルームのチャイムはなっているはずだぞ。早く席に着きなさい。」
喧しい様子だった教室は真帆先生の一声で静まり、先ほどまで複数のクラスタとなっていた各人はそれぞれ席に着いていった。振る舞いからみてとるに今年の担任も真帆ちゃんのようだ。担任としての挨拶もほどほどに、併合に際して共学になることの心構えや大学受験までの時間はもう少ないなど、どこかで一度は聞いているであろう伝達事項を右から左へと次々と流していく。
ちらと那月のほうを一瞥すると目が合った。不思議気に彼女は首をかしげる。まるでガラス玉のように吸い込まれそうな碧色の瞳だった。