第一話(3) 実際は少子化の影響のほうが強いらしい
一、二分ほど経っただろうか。周囲から得られる情報からある程度の推論を打ち立てる。導き出された結論の中で可能性が低いものから一つずつそぎ落としていく。残ったものが今回の答えだ。
まあ、今回の結論からいくと、とりあえず暖房の電源は今のうちに着けておいたほうが良さそうだ、ということではあるのだけど。
「簡単なところからいこう。その制服、誰がどう見ても只野木女学園のものだ。あなたが自分と全く関係ない高校の制服を着るような特殊な趣味をお持ちでないのであれば、の話だけど」
「はは、そんな趣味は私にはないよ。そうだね、この特徴的なブレザーの色は来年度からこの只野木第一高校と併合となる只野木女学園のそれで間違いないよ」
ここら一帯の高校で、ブレザーを採用している高校は二校程度だったと明斗に聞いたことがある。それでいてすぐ傍の高校の制服ぐらいならば登下校の最中に目にするため覚えるものである。
「次はその書類が入っている段ボール、自分の記憶が正しければこの部屋に入ってきたタイミングではすでに上の口が開いていたはずだけど」
「うん。入りきらずに飛び出しちゃっているものもあるし、ポスターとか。それがどうかしたの?」
ガタガタと窓が鳴る。外の天気は少しずつ悪化しているようで、帰るのも一苦労だろう。
「外は雪だ。両手で持つのも大変そうなこの荷物、傘を片手に持ち運ぶのは結構な重労働だろう。しかしながら雪で段ボールや書類は濡れていない。つまりこの段ボールはこちらの校舎に来てから手にした、ということが言える」
なるほどね、彼女は小気味よく相槌を打つ。
「次に」
俺は彼女の胸先を指さす。もちろんいかがわしい意味があってのことではないよ。ほんとに。
「学校へ来る外部の人間って来校証を下げているはずじゃないか?でも見たところ君はどうやらそれらしきものは付けていないらしい。この学校の構造上、職員室の前を通らずに玄関を通り抜けることは不可能となっているわけだし、いくら合併するといえど、まだ他校の女子生徒が校内をうろつきまわっていては教師も注意せざるを得ないんじゃないかな。」
「つまり私が来校証をもらい忘れてかつ見つからず注意されなかった、という話がしたいの?」
「いいやそれも違う。そもそも来校証って本来なんのための物なのかという話なんだ。きっと、見知らぬ外部の人間が組織に対しての客人か否かを判別するために使うもの、といえると思う。つまり君がこの学校、その中でも職員という組織に対しての客人であることがすぐに分かる程の人物なのであれば、来校証は必要がなくなる。」
さしずめこの女は只野木女学園の生徒会か何かなのだろう。合併関連の会議は二校間で頻繁に行われていたらしいことは真帆先生の談であり、本丸となるこちらの校舎では彼女の顔を見るのは教師陣としては日常の光景となっていただろうことが推測される。さしずめこの大量の未整理書類も教師から受け取ったのだろう。
「さて、ここまでの推測をまとめよう。君は綱木女学園の生徒であり、こちらの学校の教師陣からはある程度の認知度で顔が知られている人物である。書類の内容を見るに信頼も置かれているようだ。そして会議の後、教職員から書類整理のためにこの物理準備室を使用することを許可された、こんなところなんじゃないかな。」
「うんうん、かなり良い線いってるよ。君、探偵の才能があるんじゃない?いやこの場合は捜査官の才能のほうが正しいのかな?」
確かに状況証拠のみから結論を導き出していくのは、探偵というよりは警察の捜査官に近いだろう。
「そんなにたいした推測じゃない。結局、君が明確にどんな人物だとか、名前ですら分からなかったわけだし。」
「まあね。でもそれが普通だよ。超能力者じゃあるまいし、この場にあるものでこれ以上の情報を得ることは不可能なんじゃないかな。」
彼女は笑顔でそういうと、少し間を置き視線と手を経理書類へと移した。彼女の言うとおり、俺は超能力者でも何でもないただの一般人である。でもだからこそ、おおよそ一般人だからこそ気づけることもあるのではないだろうかとも、よく考えたりするのだ。この時間もそろそろ終わりが近い。
言ってしまえばこの推論の結末というのは、彼女の正体が劇的に判明するだとか、そういった類のものではない。でも答えは出すべきだろう。それが少しばかりの矜持というやつなのだ。
「少し考えればすぐにわかる、あるいは視点を入れ替える程度のことでもよかったのかも。」
彼女の手が再度止まる。なんの話かという風に、視線はこちらに向いた。どうやら興味はもう一度こちらに移ってくれたようだ。
「君は何でおれに質問してきたんだ?あるいはその質問の内容ではなく、質問することそのものに意味があったとしたら?」
これが勘違いであるならそれで良かった。自意識過剰な男が多少恥をかくだけで済む。だが彼女の反応はこの問いかけの意味を正しく把握してくれていることを表していた。
「ご都合主義のラブコメじゃないんだ。まったく見知らぬ男が見知らぬ教室にいて、それでいてそちらから話しかけ、さらには質問まで投げかけることが自然な行動であるとは到底思えない。だからこの『話しかけ質問し時間をかける』こと自体に意味があるんじゃないかとの推測に至るのは何らおかしいものじゃない。」
いま思ってみると彼女は時計をしきりに確認していた。彼女の癖かとも思ったが、もしかしたらリミットが存在していたのだろう。背後からヒールの音が近づいてくる。ああ、鬼の形相が容易に想像できる。そろそろ職員会議も終わったのだろうか。
「最後に出したくない結論を一つ。あなたは資料の整理の依頼と共に真帆先生から追加の依頼を頼まれた。物理準備室にいるある男の足止めだ。きっと真帆先生が直接来るには時間か何かが足りなかったのだろう。もちろんここにその男がいない可能性もあったのだろうけど、その推測はどうやら当たっていた。答えの曖昧な質問をすることでまんま時間稼ぎに成功し、予定の時間になったというわけだ。どうです?」
「ぷっ、あはは!きみ卑屈過ぎない?話しかけられて質問されること自体に疑問を持つなんて普通の人じゃ考えられないよ!」
「いや、笑い事じゃないんだけど・・・。」
「でも正解。凄いね、話に聞いていた通りだ。もう時間はないようだし、最後に私の名前。私は御来屋まとめ、三年生よ。これからよろしくね後輩くん。」
その言葉とほぼ同時に背中のドアがガラガラと勢いよく開く。
「榛彦くぅん?私の呼び出しを無視するとは良い度胸だねぇ。それとも明斗が伝え忘れたとでも言うつもりか?」
「じゃあね椿木君。楽しませてくれたお礼に敬語じゃなかったことは無しにしてあげる。」
がっくりと肩を落とし目を伏せる。俺は石、そう意思を持たない石なのだ。ここまできて言い訳をするつもりはない。貧乏な高校生風情では、これ以上の怒りを買うほどの所持金は
あいにく持ち合わせていなかった。
陽は完全に落ち切り、街灯が灯り始める。靴で作られた轍を辿ると幾ばくか歩きやすい。彼はどこまで把握していたのだろう。どうやら私が明斗の知り合いであることは感づいていたらしい。そうでもなければ携帯で真帆先生に合図を取っていたタイミングに辻褄が合わないだろうし、そのくらいは推測の範囲内に入っているはずだ。
「ふふ。」
自然に頬がほころぶ。でも彼は一つ勘違いをしている。まあ春になったらすぐわかることだろうしね。楽しみだ。