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物理準備室に茜はささず  作者: 三斤 樽彦
物理準備室に茜は差さず
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第一話 実際は少子化の影響のほうが強いらしい

 厳冬が過ぎ,春一番が町中を吹き抜けるはずであった三月の終盤。遅めの寒波は朝の雪かきを店じまいとさせず、外に出るのは億劫だと人々に感じさせる気候が続いていた。人の歩みを止めるのは金銭や身分ではない、ただ面倒くさいと感じる心である。とは誰の言葉であったか。

 何かの区切りを告げるチャイムが朦朧とした意識を覚醒させるきっかけとなり、教室の喧騒はスヌーズ機能のようにまどろみから意識を引きあげた。目が完璧に冴えるころには教室の中はがらんとした様子であり、数えるほどしか人がいない。寒い。


「やっと目が覚めた?会議があるから後で職員室に来いってさ。真帆(まほ)先生、かなり怒ってたよ。」

 そうよく通る声が後ろから聞こえてきた。

「え、なんでぞ?」


 処刑宣告にも似た文言の意味を推し量るべく振り向くと、そこにはよく見慣れた優男がいた。この男、楸明斗(ひさぎ あきと)は我らが只野木(ただのき)第一高校に通う同級生であり、中学校からざっと四年間の付き合いでもある。トレードマークの眼鏡を拭きつつも帰り支度を済ませていることから、どうやら先ほどのチャイムは放課を告げるものであったらしい。


「真帆先生の五限からホームルームもぶっ通しで寝ておいて、よく疑問符がついてくるな、榛彦は。」


「いやぁ、照れるな。」


「なんでこの状況で褒められていると思えるんだろ、この男は。」


 明斗はこめかみに手を当て、はあとため息をついた。彼のこの仕草も堂に入ってから久しい。わりと体躯の良いその体から生み出される落胆の感情は誰から見ても明らかなほどであるが、その仕草を気にしないようになった俺の期間も同じように長いのだ。


「というかそもそも、物理なんて眠くなるような授業をする方が悪いと思わないか?やっぱり生徒に興味を持ってもらうような授業をするべきだと思うんだよ。そもそも生きていくうえで本当に大事なことだったら俺だって真剣に聞くからね?税金とか確定申告とか大人になってから知らないと困るし、確定申告とかほんと困る。」


 いやほんとにね?毎年この時期になると両親が「君には税理士の才能がある、その才能をうちで活かしてみないか?」と怪しいマルチ商法のごとく確定申告のための勉強をさせようとしてくる。息子の将来を想ってのことではなく、自分たちの書類作業をやらせようというのだからタチが悪い。結局息子に覚えさせることは諦め、毎年期限ぎりぎりに税務署に駆け込んではいるが。文科省さん、こんな悲しい家庭を生み出し続けることが正しい教育と言えるのでしょうか?


「なんか真に迫った言い方だな。まあそれも一理あるけど、自分の知らなかった知識を吸収できると思えば何でも興味深いよ。」


「けっ、優等生はこれだから困るぜ。でも俺はあきらめない、このゆがんだ教育方針をきっと変えてみせる!」


「はいはい。いいから早く帰り支度済ませなよ。」


 明斗はくだらない話と聞き流しながら立ち上がり、教室の戸締りを済ませていく。筋肉質なためは立ち姿となると威圧感を感じさせるが、生まれ持ったおおらかなオーラが見る者の緊張を和らげている。この金髪も相手を怖がらせないようにするためと言っていたがこれは逆効果な気がします。明斗がひとつ、またひとつと閉めた窓からは今の校舎と同じ敷地に建っているとは思えないほど新しい様相の建物が見える。


「それにしてもほんとに急ピッチで進んだよな、この合併施策は。」


「そうだね、でも想定より早くて驚いたよ。本来の予定では来年度の夏ごろに新棟の工事が終了するはずだったからね。」


 合併施策というのは誇り高き我らが只野木第一高校と近隣に存在する只野木女学園との併合のことである。現代の時勢から、男子校あるいは女子高というのは全国的にも廃止傾向の流れにあり、その煽りをこの学校も受けた形となる。話が持ち上がってからは非常にスムーズに事が進み、一年たたずに併合という形となったわけだ。どちらも同じ只野木グループ系列に属しており、併合自体はスムーズだったという。形式としては只野木第一高校の校舎に新棟が増設され学年あたりのクラス数が増加、残った女学園の校舎は付属中学校として使用されるらしい。怒り心頭の真帆先生が直接ではなく職員室に呼ぶのは、さしずめ合併の件に対して早急に済ませなければならない用事でもあったのだろう。両校の担当教師陣と生徒会での会議が多くストレスだとは彼女の口からきいたものだ。

 突如発表され瞬く間に竣工式まで進んだこの合併施策であるが、実はとうの昔に街のお偉いさんたちの間で水面下に進行しており、その情報は中学のときに明斗から聞いていたのだった。


「あの情報が無かったらはるばる隣町の高校に通っていたところだったぜ、思春期の花の三年間を男子だけの高校で過ごすのは嫌だしな。それに、あいつもいるし。」


「まあね・・・。と、今日は家の用事があるから。榛彦はまだ身支度も終わってないようだし先に帰るよ。あと申し訳ないけど部室の戸締りだけは頼むよ。」


 明斗はそう告げると素早く教室から出て行った。周りを見渡すと教室に残っているクラスメイトはもうおらず、いつのまにか自分一人となっていた。ストーブの火はちゃんと消しておかないと。


二か月かけて更新していきたいと思います。ご付き合いの程よろしくお願いします。

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