タリアの集落へ
三日間、ラルフはタリアから言葉を習い続けた。
初日に狩った巨大な猪は、既にその肉が腐り始め、現在は腐肉を求めた鳥たちが啄んでいる。そして、既に腐った肉にラルフは興味もなかったため、好きにさせておいた。
猪の肉、そして転がった狼の死体が腐り始めており、それなりの腐臭のせいでタリアは顔をしかめていたけれど、常に戦場に生きていたラルフにしてみれば、それほど悪い環境というわけではなかった。
だが、意外だったのはこの三日目で、既にタリアが立ち上がれたことだ。
「タリア、部族、どこ?」
「東。私が連れてく。後ろから来て」
「分かった」
さすがに、三日間もしっかり教え込んでもらったこともあり、ラルフはタリアと簡単ながら、意思の疎通ができるようになっていた。まだしっかり考えなければ分からない部分は多くあるけれど、それなりに日常会話はできるようになったと言っていいだろう。
そして、立ち上がり歩くことができるようになったタリアは、自分の部族の集落へラルフを連れて行くと、そう言ったのだ。
ラルフからすれば、そもそも帰る場所もないし、行く場所もない。これからの人生をこの島で暮らすことになるため、人間関係は築いておく方がいいだろう――そう思ってタリアの提案に頷き、一緒に森の中を歩いている。
しかし、たった三日添え木をしていただけで、このように歩くことができるとは。そこに、ラルフは素直に驚いていた。
「俺、部族、入る、大丈夫?」
「大丈夫。ラルフ・私の命を助けた。優れた戦士は誰もが認める」
「エジンゴセル……また知らない言葉が出てきたな」
三日間の集中記憶であるため、多分聞いているのかもしれない。だけれど、そう簡単に全てを覚えることができるほど、ラルフは出来のいい頭をしていなかった。
まぁ、とりあえずラルフは、タリアの所属する部族の一員になるつもりだ。
タリアが槍を持っていたことから、恐らくこの島の住民は原始的な狩猟生活を行っているのだと考える。そして強さしか誇るもののないラルフからすれば、狩猟くらいしか役立てるものはないだろう。帝国のように農業を行えばいいのかもしれないが、残念ながらラルフに農業知識は全くない。
つまり一人きりで森の中に住むよりも、仲間を作った方がいい、という合理的な判断だ。
「ラルフ。戦士は試練が必要。森の試練を合格し戦士となる」
「レイドロス……戦士か。俺、戦士、何、必要」
「森の試練。長老から説明する。でも、大丈夫。ラルフ、巨大な猪、知恵ある狼、殺す戦士。アウリアリア神の化身」
「あー……全然分からん。とりあえず、ついて行きゃいいのか……?」
ラルフにどうにか聞き取れたのは、ラルフは狼や猪を殺す戦士、ということだけだ。狼や猪くらいなら、誰にでも狩れそうなものだが。
あと、この前から何度も何度も聞いているが、要領を得ないのが『アウリアリア』である。時折ラルフのことをアウリアリア、と言っているから、最初は戦士のことかと思った。だが戦士はレイドロスという単語であり、アウリアリアではない。そしてラルフが何度も聞いて、分かりやすい言葉で説明を求め、タリアから「アウリアリア……強い。すごく強い。すごくすごく強い」と言われた。
多分、めちゃくちゃ凄い戦士なんだろう――とりあえず、そう受け止めている。
つまり、先程の文言も「ラルフはすごくすごく強い戦士だからいけるよ!」と言われているものだと受け取ったラルフだった。
「川を超える。ワニに注意して」
「エリドコルク……グニンラゥが『注意』だから、川の生き物? タリア、エリドコルク……ガー?」
ラルフはタリアに対して、手の二本でワニの口をイメージして示した。それに対して、タリアが頷く。
なるほど、ワニが出るのか――そう、川の危険度をとりあえず上げた。いつだったか、戦場近くの川でワニが出現し、兵士が何人か殺された事件もあったのだ。
タリアが、三日前には折れていたとは思えない軽やかな動きで、川の飛び石を伝って渡っていく。ラルフもそれに倣い、タリアの踏んだ飛び石をそのまま使う。しかし、途中で足が滑って落ちることが何度もあった。そのせいで、足元が水浸しになってしまった。
いつまで森が続くのだろう――そう、変わらぬ景色を見ながら小さく嘆息。
「……はー。俺が思ってたより、でかい島だったんだな」
「ラルフ、こっちに来て」
「ああ」
ここに来るまでにも、周囲に何匹かの大きな野生動物を見た。
こちらに見えているように、向こうにもこちらが見えているはずだ。だというのに、悠然と立ったままで草を食んでいる。恐らく、ある程度自身の安全圏があるのだろう。これ以上近づけば逃げる、みたいな。
逆に言えば、そこまで近づかなければ刺激しないということだ。
そう、ラルフはタリアの後ろについて、暫く歩いていると。
その先――崖を背にするように、木の柵で覆われた場所があった。草の蔓で木を縛り、簡易の柵を作っているのだろう。その先端が尖っていることもあり、明らかに人為的に作られたものだ。
恐らく見張りをしていたのだろう男が、タリアを見て目を見開くのが分かった。
「タリア!? 皆! タリア! 帰ってきたぞ!」
「ジェイル!」
「タリア、怪我はないか!? ム!? 隣の男は誰だ!?」
「私の恩人だ!」
恐らくジェイルというのだろう、見張りの男に対して。
タリアは胸を張るように、笑顔で告げた。
「そして、アウリアリア! アウリアリア神の化身だ!」
「だから結局アウリアリアって何なんだよ……」
どう自分のことを説明しているのか、よく分からず。
とりあえずラルフは、「アウリアリアです」と名乗った方がいいのだろうか、と思った。