エピローグ
「族長! 狩りに行ってくる!」
「おう、気をつけてな」
ラルフがこの島へやってきて、どれくらい経っただろうか。
この島では日付というものも、年月というものも存在しない。ただ、雨のよく降る季節と全く降らない季節の両方が、一定間隔でやってくるだけだ。ラルフからすれば、それが一年という単位で来ているのかも分からない。
だから、どのくらい経っているのか――ラルフが今何歳になっているのか、それすら、全く分からない。
だが、ラルフは族長として東の獅子一族をまとめ上げていた。
勘違いから始まった族長という立場、そして神という立場ではあったけれど、ラルフは別段変わったことをしたわけではない。
ただ、以前に集落で飼っていたエソン・グノル――ジャックの代わりに、別のエソン・グノルの集団から二頭を手懐けて、再び集落の前で飼い始めた。以前、一頭だけだと草を食ませに行っている間が留守になるからということで、二頭という形にしたのだ。
草番の役割は増えてしまったけれど、それにより集落は、外敵からの襲撃など全くなくなった。
そして、かつては狼の群れに襲われて、大人の数が激しく損耗した集落――そこには今、活気が溢れていた。
「かあさま! おれも、とうさまみたいに狩りがしたい!」
「父様のようになるのは無理だ。最初から諦めた方がいい。何せ、父様は神の武勇の持ち主だ。お前には、母様から教えてやろう」
「うん!」
タリアと、タリアの息子アラドゥ。
元気いっぱいの、集落の子供たちのリーダー的存在だ。将来的には、彼が族長となるだろうというのがタリアの見通しである。
「リオン! いくぞ! おれの狩りをみせてやる!」
「えぇ……ぼく、はたけいく……」
「はたけのせわは、おんなのしごとだ! おとこは、狩りをするんだ!」
「そんなぁ……」
「はいはい。リオン、行ってきなさい。男の子らしく、狩りの仕方を学んでくるのよ」
「ちぇ……」
アラドゥからの誘いに渋い顔をしているのは、ジュリの息子リオン。
産まれたときがほとんど変わらない、幼馴染のような存在だ。活発なアラドゥと異なり、やや内向的で大人しい男の子である。だけれど、その分知恵が回るところもあり、将来的にはアラドゥの補佐をしてくれるだろう。
「よっしゃ! おれたちもいくぞー!」
「えそん・ぐのるたおすぞー!」
「鼻長には挑まないようにね。まぁ、族長が一緒だから大丈夫だとは思うけど」
「族長が一緒じゃなきゃ、こんな小さい子を狩りには出さないわよ」
うふふ、あはは、と笑い合っているのは、集落の女性たち。
そして槍を構えて騒いでいるのは、ほとんど同じ頃に産まれた元気な男の子たちだ。
「さて、ラルフ。行こうか」
「ああ。タリア、ジェフは大丈夫か?」
「ジェフの面倒は、ひとまずジュリに見てもらうことになった。あそこのカイル君とは、年も同じ頃だ。一緒に遊んでくれるだろう」
「そうか。だったら、また何か玩具でも作ってやろうか」
「ラルフの作った積み骨は、子供たちが楽しんで遊ぶからな。喜んでくれるぞ」
はっはっは、と笑うタリア。
そして、そんなタリアの後ろでは、まだ幼い男の子を二人抱えているジュリ。
「早く戻ってきてくださいよ、タリア」
「私も久しぶりの狩りなんだ。楽しませてくれ、ジュリ」
「はぁ……まったく。あなたがそうだから、アラドゥがあんなにもやんちゃになるのですよ」
「集落の男は、元気な方がいい。狩りに行かず、畑の世話をするのは女の仕事だ」
くくくっ、と笑みを浮かべるタリアに対して、眉を寄せるジュリ。
この二人も、もう付き合いは長いのだから、そろそろ仲良くしてくれないだろうか。
まぁ多分、こうして言い合っているのが、仲の良い証拠でもあるのだろうけれど。
ラルフは、そんな集落を改めて睥睨する。
女たちはそれぞれに乳飲み子を抱き、小さな子供の相手をしている。そして入り口では、それぞれの手に槍を持った男の子たちが、今か今かと狩りの出発を待っている。
その子供たちは――全て、ラルフの子だ。
「それにしても、あんたは本当に神様なのかもしれないねぇ」
「……ああ、どうした長老。今日は体の調子は大丈夫か?」
「体が万全だった日なんて、遥か遠くさ。毎日、体のどこかしらが痛むよ。そろそろ死ぬ頃かねぇ」
「まぁ、いつもよりましってことでいいんだな?」
「そんなところさ」
いつの間に近くに来ていたのか、腰の曲がった老婆――長老が、ラルフに笑みを向けてくる。
長老は相変わらず長老だ。まだアラドゥが産まれたくらいの頃から、「いつ死ぬか分からんねぇ」「そろそろ死ぬ頃かねぇ」が口癖だが、今のところ死ぬ気配はない。
「しかし見事に、男の子しか産まれなかったもんだね」
「……俺にも、理由が分からん」
「このままじゃあの子たちが成長したとき、嫁に貰う相手がいないよ」
「どちらにしろ俺の子なら、血が濃くなりすぎる。嫁は、別の集落から求めた方がいいかもしれないな」
「ああ……なら、いい方法があるよ」
「?」
にやり、と長老は笑みを浮かべ。
その持っている杖で、集落から遥か西を指した。
「西の蛇一族から、使者が来た」
「そうなのか?」
「ああ。悪いが、来たのはあんたの留守中だったよ。だが、あまりにも無礼なことを言ってくるもんだから、突っ返したがね」
「おいおい……関係が悪くなるんじゃないか?」
「悪くなる云々の話じゃないよ。向こうさんは、この集落を明け渡せと言ってきたんだ。大人しく明け渡さなければ、力ずくで奪い取る、ってね」
「ほう……」
それは、集落と集落の戦争。
そして戦争となれば、ラルフの右に出る者はいない。
「いいだろう。西の蛇一族の全員、東の獅子一族になってもらおうか」
「ああ」
流刑に処された『帝国の黒い悪魔』は、再び戦場へ向かう。
されど、それは意志なき道具として使われた、かつてのその姿ではなく。
東の獅子一族を統べる族長として。
そして――戦いの神アウリアリアの化身として。
これにて完結。
お付き合いいただき、ありがとうございました。




