覚悟
ラルフは、とんでもない勘違いをしていたらしい。
ずっと、なんとなくしか理解していなかった単語――『エフィゥ』と『よんめご』。この二つは、どちらも自分の世話をしてくれる女性のことだと、ラルフは認識していた。
その認識が正しかったと教えてくれたのは、先日のジュリだ。
ジュリから「『エフィゥ』は、世話係だべ」と言われて、ラルフはそのまま受け取っていた。
だが、よく考えれば、そこでラルフは疑問に思うべきだったのだ。
ジュリたち白い肌の一族にとって、『エフィゥ』とは『よんめご』であり、世話係ではない。つまり、ここで本来ジュリは、「『エフィゥ』はよんめごだべ」と答えたはずなのだ。
しかし、敢えてそう言わず、ジュリは世話係だと言った。
それは、つまり――。
「なぁ、ジュリ」
「……」
顔面を蒼白にして、震えているジュリ。
それは、まさしく自白しているようなものだ。ただラルフは『よんめご』という言葉の意味を聞いただけであり、何も責めていない。
だというのに、まるで断頭台に案内された囚人のような、そんな顔色をしている。
「これは、俺の勝手な想像だ。だから、別に答えなくてもいい」
「……」
「エフィゥってのは、世話係じゃなくて妻……そして、よんめごって言葉も、また妻って意味だ。つまり最初から、タリアは俺の妻として振る舞っていた。ゲイルは、タリアに続く二人目の妻としてジュリを差し出した……あのときは気付いていなかったけれど、族長だった俺に。そうだな?」
「……」
ラルフは、答えなくていいと言った。
そして、ジュリはその言葉の通り答えない。
その沈黙が同時に、ラルフの言葉を真実であると教えてくれる。
「だけど本来、東の獅子一族では、ジェイルがタリアと結婚する予定だった。それを、余所者の俺がタリアを妻に迎えたことで、ジェイルの結婚が白紙になった」
「……」
「つまり俺はジェイルに、お前に妻は必要ないだろう、って言っちゃったわけだ……俺、めちゃくちゃ嫌な奴だな」
「……」
お前に妻は必要ないだろう。
そう、ラルフはジェイルに対して告げた。エフィゥという言葉の意味を、世話係だと思い込んでいたために。
ろくに知らない余所者から、そんな失礼なことを告げられたのだ。ジェイルはそれこそ、怒り心頭だったことだろう。
「もしもあのとき知っていたら……どうなっていたんだろうな」
「……」
ジュリが、顔を伏せたままで動かない。
ラルフと目を合わせようとせず、ただ沈黙しているだけだ。
「だけど……まぁ、俺は言ってしまってたんだな。タリアも、ジュリも、俺の妻だって。はぁ……知らなかったとはいえ、なんてこった」
「ラルフ、さ……」
「いや……俺が族長である以上、知らなかったなんて言い訳にもならないか」
ラルフは、元軍人だ。
そして部隊において、あらゆる責任を負うのは上官である。こちらに命令する代わりに、その命令に対しての責任を負う――それこそが、上官としてのあるべき姿なのだ。
ラルフは最後まで下っ端の兵士だったけれど、その程度の常識は知っている。
つまり今責任を取るべきは、無知だったラルフだ。
「ラルフ、さ……わ、わす……」
「ああ」
「わす、嘘、吐いだ、べ……ラルフさ、エフィゥ、世話係だん思っでんの、都合えぇ思で、ほんどんごど、教えんがっだ……」
「ああ」
「エフィゥ、よんめご、さ……嫁、だべ……」
「ああ」
大体、ラルフの想像は正しかったらしい。
ジュリが震えながら、まるで断罪を待つかのように、頭を垂れる。
ラルフがそのつもりなら、一撃で首を落とせる――そんなことは、ジュリだって分かっているだろう。その上で、差し出している。
そんなジュリの覚悟に、ラルフが返すことができたのは、溜息だけだった。
「ジュリ」
「は、はい……」
「すまなかった」
ラルフは、そう。
ジュリに向けて、まず頭を下げる。
そんなラルフの言葉に、涙を目一杯浮かべたジュリが頭を上げて、ラルフを見る。
「いや……まぁ言葉の意味を知らなかったのは、俺の無知だ。一方的に俺が悪い」
「そ、そさ、わす……」
「今までだって、誰かに聞こうと思えば聞けた。それを怠ったのは、俺の責任だ」
「で、でんも……」
ラルフは、理解を放棄して頷くことが何度かあった。
そのせいで、神様として崇められているのも事実だ。当時は、アウリアリアの意味を何一つ知らないままで、「俺はアウリアリアだ」とか言ってしまったこともあったし。
今回の結婚に関する話も、ラルフがもっと言葉を理解して喋っていれば、起こらなかった勘違いだろう。
「わ、わす、ちゃんど、ラルフさ、伝えんがっだ。エフィゥの、本当の、意味を……」
「まぁ、どちらにしても、死んだ奴は戻ってこない。今更、それを責めるつもりはないから、安心してくれ」
ラルフの無知が、ジェイルの死に起因した。その一因となったのは、確かにジュリが嘘を吐いたからだ。
だが、全ての責任は、ラルフの無知にこそある。だから、ジュリを責めようとは思わない。他人のせいにすることほど、醜いことはないのだから。
そこで、ばんっ、と強く家の扉が開いた。
「ラルフ! ただいま! 大きな双角を狩ってきたぞ! 鼻長の肉も大量に残っているし、双角は三匹狩れた! 今夜は宴だぞ!」
「……」
「ラルフ? ジュリ? 一体どうした? 何かあったのか?」
嬉しそうに、タリアが足を持って掲げている獲物――それは、鹿だった。
大きな鹿だし、よく太っている。あれを食べたら、確かに美味しいだろう。
だけれど、家の中に漂うどこか重苦しい雰囲気――タリアも奇妙な違和感に気付いたらしい。
「タリア……話がある。そこに座ってくれ」
「ラルフ? 何があったんだ?」
「いいから、座ってくれ」
ラルフはただ、エソン・グノルを倒すような力を持っていたから、族長に担ぎ上げられたに過ぎない。その責任など、何も考えずに。
それに何より、戦いしか知らないラルフに、戦うことしかできないラルフに、家庭を築くような幸せは望めないと考えている。
だから、ジュリにタリアのことをどう思っているのかと聞かれ、即答できなかった。
「ジュリも、聞いてくれ」
「はい」
「ええと……タリア、ジュリ」
だけれど、こうなった以上は覚悟を決めよう。
この二人の、これからの人生を背負う覚悟を。
「二人とも、俺の妻になってくれ」
エフィゥという言葉の意味を、しっかり理解した上で。
ラルフは覚悟を決めて、二人に対してそう告げた。




