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漂流した先で

「大賢者が三人がかりで睡眠の魔術をかけて、まだ眠らないってどういうことだよ……」


「このまま拘束具外したら、多分こいつ暴れるぞ。誰か、魔術師ありったけかき集めてこい!」


「うぅむ……わしの魔術をこれほどまで拒むとは……」


「さすがは、大戦の英雄か……国の都合で、このように扱われるとはの……」


「魔術師、三名追加で到着しました!」


「よし、では全員で一斉に《強制睡眠ヴィーゲン・リート》をかけよ。さすがに、六人がかりならば、問題はあるまい……」


 暗い部屋の中で、微睡みの中で声が聞こえてくる。

 周りを取り囲む老人たちのそんな会話が、ラルフが帝国で最後に聞いた言葉だった。













「ん……?」


 暗い水底から這い上がってくるかのように、意識が覚醒を迎える。

 熱い日差しに全身が晒され、開いた目から眩しいくらいに陽光が差し込んできた。そして、うつ伏せに自分が寝ているのが砂の上だと分かると共に、口の中に入ってきている砂の異物感に、ラルフは思わずぺっ、と吐き出す。

 ざぱんっ、ざぱんっ、と定期的に聞こえる波音。遥か遠くから聞こえる、海鳥の囀り。

 真っ白な砂浜――そこで、ラルフは眠っていたらしい。


「……これは、一体? 俺は……?」


 まだ微睡みの残る頭が、まともに働いてくれない。

 だけれど、さすがに自分に与えられた重い刑――流刑については、覚えていた。

 騎士団長の命令で出陣したはずの、ワルード王国の敵部隊。そこにいた連中を相手に暴れ、数百の首を挙げた――その事実が、何故か裁判沙汰になっていたことを。

 そして、流刑というのが小舟に乗せられ、僅かな食料と水と共に海に放たれるものだということも、知っている。

 つまり、ラルフが現在こうして、砂浜に打ち上げられているということは。


「……俺は、助かった、のか?」


 砂浜を見ても、見える位置全てに水平線しかない。帝国が存在しているはずの大陸は、どこを探しても見当たらない。ついでに言うと、ラルフが乗っていたはずの小舟もどこにもない。

 つまりラルフは、身ひとつでこの島に打ち上げられたということだ。今に至るまで記憶の一つもなく、流刑に処された記憶すらないというのに。


「……」


 ラルフが着ているのは、簡素な囚人服だ。しかし、割と長く打ち上げられていたのか、既に乾いて塩でぱりぱりに固まっている。当然ながら、自分の体以外に荷物など何一つ転がっていない。

 ただ、綺麗な砂浜だと、そう思った。

 ごみの一つもない砂浜など、帝国では見たことがなかった。船乗りは海をごみ捨て場だと思っているのか、よく瓶などが漂着することも多いのだ。


「……まぁ、助かったのなら、良しとするか」


 流刑に処された者で、生き延びた者はほとんどいない。その事実は、ラルフも知っている。だからこそ絶望したし、怒りに心が黒く染まった。

 だけれどこうして、何の因果か生きている。体を纏っていた拘束衣もなければ、口を塞いでいた鉄のマスクもない。四肢は動くし、頭も働いている。まさしく、奇跡的に生き延びたと言っていいだろう。

 そして、助かったなら助かったで、今度は別の問題が浮上してきた。


「しかし、腹減ったな……せめて、水ねぇかな」


 数日食べていないかのような、酩酊感にも似た空腹感がある。

 大陸の影は見えないし、恐らくラルフは長い時間流されたのだろう。下手をすれば、数日間も全く起きることないほど。それだけ、魔術師たちによって深い睡眠状態にされたのだと思う。その数日間、排泄をどうしていたかはあまり考えたくなかった。

 だが、とりあえず腹が減ったことを自覚してしまっては、食事が第一になる。それに加えて、喉も渇いた。

 どこかに水でも――そう振り返った先にあったのは、森。


「……」


 砂浜から、いきなり土が変わったかのように、鬱蒼とした森が広がっている。海に随分近いというのに、木々が生い茂っていた。塩分の多い水を好む植物は聞いたことがあるけれど、ラルフの記憶にある形状とはまた異なる。

 ひとまず、ラルフは森に入ることにした。

 海辺に長くいたところで、水の手に入る当てはない。海水を好んで飲もうとは思わないし、森があるということは必ず水源があるはずだ。

 転がっている木の枝――その中で、やや太めのものを選んで右手に持ち、森に入る。


「……」


 長く軍に在籍していたことから、森林でのゲリラ戦も、何度かラルフには経験がある。森の中にやってくる敵兵を討て、と言われて、十日間ずっと森の中で待機していたこともあるくらいだ。その間は沢の水と、火を熾さずに食べられる果実だけで過ごした。

 その経験上、森に裸足で入るのは蛭や虫の危険があることは分かっていたけれど、仕方ない――そう思いながら、せめて獣が現れた場合の対処としての、木の枝である。

 暫く歩いていくうちに、小さな沢を発見した。


「……っと、どうかな?」


 試しに、一口飲んでみる。

 恐らく、山の方からの湧き水なのだろう。塩気のない、澄んだ水である。まず、それを唸るほど飲んで、大きくラルフは息を吐いた。

 当面、まず水は確保したわけだが、食料がなければ人間は生きていけない。

 つまり、動物などを狩る必要があるわけだ。幸い、戦争中というわけでもないため、多少火を熾したところで問題ないだろう。


 そうと決まれば――そう思った次に、ラルフは持ってきた木の枝を、まず捨てた。

 そして、近くにある別の木――その生木の太い枝を落とし、先端に植物の蔓を使って沢の鋭く尖った石を締め付けた。落ちている木は水分が飛び、その分だけ燃えやすく折れやすい。その点、生木から取ったものであれば水分が豊富にあるし、簡単に折れないだろう。

 簡易すぎる造りではあるけれど、一応斧を用意して、ラルフは沢を中心として森の中を歩く。とりあえず水場さえ確保しておけば、あとはどうにかなるだろう、と。

 その、次の瞬間。


「……?」


 ばっ、とラルフは、獣の声が聞こえた方向へと目をやった。

 当然、鬱蒼とした木々の生い茂る森であるため、獣の姿は見えない。だけれど、ラルフの鋭い聴覚が、獣の叫び声を耳にしたのだ。

 その声は、恐らく猪だと思われる。鼻にかかったような唸り声には、聞き覚えがあった。

 身を低くして、木々の影に隠れるようにラルフは移動を始める。

 野生の獣を前にして無駄な努力かもしれないが一応、なるべく音を立てないように。

 そして、暫くそう歩いていた先に。


「――っ!」


 猪の背が、見えた。

 しかし、ラルフが思わず叫び声を上げそうになったほど、そのサイズは大きい。一般男性よりも遥かに大きいラルフが、その尻尾の位置を見上げるほどだ。

 あれほどの巨大な猪――それは、伝承に残る『巨猪ビッグボア』くらいしか、ラルフには聞き覚えがない。少なくとも、ラルフが森林でのゲリラ戦を行っているときに見た猪の、ゆうに五倍はあるだろう。


 あれが、魔物か。

 そう、無意識のうちにラルフは理解し。

 自分の右手にある、あまりにも貧相な武器――それでどう、あの猪を殺せるか。

 ラルフの口元に、我知らず笑みが浮かんだ。

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