持ちかけられた勝負
まぁ、失礼なことを言ったわけじゃなくて良かった。
つまりエフィゥという言葉は世話係であって、身の回りの世話をしてくる相手のことを指すということだ。
そして、ジェイルはタリアを自分の世話係にしたいと言った。
それはつまり、ジェイルがタリアに対して、自分の身の回りのことを押しつけようとしているだけだ。それはつまり、奴隷と同じ扱いだ。
そんな提案に対して、タリアが頷くはずもあるまい。
「おい! そこで何をこそこそ話している! 俺と勝負しろ!」
「ああ」
タリアがラルフの世話係をしてくれているのは、今ラルフが集落に不慣れだからだ。集落の常識もまだしっかり分かっていないし、そのあたりをフォローしてくれている。
だから今後、ラルフが東の獅子一族の一員――族長として問題ないと判断してくれれば、タリアも世話係としての任が終わることになるだろう。それまで、世話係を続けてもらわなければならない。
それに何より。
タリアを奴隷扱いしようとするような奴に、負けるわけにはいかない。
「いいだろう、ジェイル。勝負の方法は何だ?」
「むっ……どちらが、より立派な獲物を狩ることができるかだ!」
「獲物の大きさということか?」
「そうだ! 今日の夕刻、日が沈むまでの間に、より大きな獲物を狩った方が勝ちだ!」
現状、東の獅子一族の集落には、肉が十分ある。
それは全て、ラルフが狩った鼻長――象の肉だ。だから今、集落を挙げて狩りには行っていない。
だが、肉はいつか尽きるものだ。そして東の獅子一族自体は狩猟民族であり、肉がなくなれば狩るという生活をしているらしい。だから、ここで追加の備蓄を稼ぐついでに、勝負という形なのだろう。
「いいだろう。お前が驚くような、大きい肉を狩ってきてやる」
「それはこっちの言葉だ! お前では用意できない獲物を、俺が狩ってやる! 俺が勝ったら、タリアは俺の世話係だ! そして、俺が族長になる!」
「出来るものなら、やってみろ」
「ふん! 今夜から俺が族長だ! タリア、待っていろ!」
ふんっ、とジェイルが釣り竿を持って、集落の方へ去っていく。
一旦、集落の方に武器を取りに戻るのだろう。幸い、ラルフはいつ襲われてもいいようにと、普段から石の棍棒は持ち運んでいる。このまま狩りに向かったのでいいだろう。
だが、出来るだけ大きな獲物を夕刻まで――その縛りは、なかなか厳しい。
既に、日は中天だ。今から日が沈むまでに、より大きな獣を探さなければならない。
「……ジェイル、愚かだな。ラルフに勝てるはずがないのに」
「ラルフ様との戦いだと絶対に勝てませんから、獲物の大きさという勝負にしたのでしょうね。それでも、ラルフ様が負けるとは思いませんが」
「同感だな。そもそもあいつは、一人だと兎を狩るのがせいぜいだ。多少大きいくらいの獣でも、十分勝てるぞ、ラルフ」
タリアとジュリが、それぞれそう言ってくる。
ジェイルがどういう理由で、こんな勝負を挑んできたのかは分からない。だけれど、ラルフはラルフで出来ることをするだけだ。
何せ、この勝負に負けたら、ラルフは族長ですらなくなるらしい。ジェイルが勝手に言っているだけであり、長老が認めたわけではないから、どうなるかは分からないけれど。
「まぁ、森に行ってくる。大きい肉を狩ってくるから、待っていてくれ」
「ああ、ラルフ。期待しているぞ」
「任せろ」
そんなタリアの笑顔に見送られて。
ラルフは石の棍棒を肩に乗せて、海岸から少し離れた森の中へと入った。
「おい、今日の草番は誰だ!?」
「はぁ? 今日の草番は、茶の目のユージンだ。もう行ったぞ」
「ありがとよ!」
集落に戻り、自分の武器――十本にも及ぶ槍を手に持って、ジェイルは集落を飛び出した。
最初に会ったときから、ラルフのことは気に入らなかった。タリアが妙に懐いているし、神の化身だの何だの言っているし、存在が気にくわなかったと言っていいだろう。
事実、エソン・グノルの大群に対して彼が見せた武勇は、まさしく神の化身とさえ呼べるものだとは思う。
だがそれでも、ジェイルはラルフのことを認めたくなかった。
そもそも、ジェイルとタリアが結ばれるのは、産まれたときから決まっていたことだ。
東の獅子一族では近親婚を防ぐため、なるべく遠縁の者が結婚相手として選ばれる。あまりにも近親しかいない場合は他の集落から妻を呼ぶこともあるけれど、幸いジェイルとタリアは三代前まで近親がいない。そのため、産まれたときからジェイルとタリアの婚姻は約束されていたのだ。
自分と結ばれる者は、集落が決める――その掟を嘆いた者もいるけれど、ジェイルとしては幸いなことに、タリアは美人だった。多少気の強いところはあるけれど、情欲を引き起こす良い体をしているし、顔立ちもいい。だから、そんなタリアと結ばれるジェイルに対して、別の男衆からは嫉妬の視線もあったほどだ。
だが、そんな中で現れたのがラルフだ。
神の化身にして新しい族長とされるラルフは、当然ながら東の獅子一族の近親というわけではない。ゆえにラルフとタリアの仲を、長老でさえ推奨した。ジェイルと結ばれることが決まっていたはずのタリアは、一晩にして他の男のものとなってしまった。
だから今、取り返す。
より大きな獲物を狩ってきた方が勝ちであり、勝った方がタリアを妻にすることができ、ジェイルが勝った場合は族長の座も約束した。
そして――そのためなら、手段も選ばない。
「おい! ユージン!」
「うん? なんだ、腰抜けジェイルか。どうしたんだよ」
「長老から命令だ! 今日の草番は、俺に交代だ!」
「あ、そうなのか? 何かあったのか?」
川辺。
そこで寝転がっていた男――ユージンに対して、ジェイルは伝える。
その心の奥で、笑みを浮かべながら。
「ああ、とりあえず集落に戻ってこいって言ってたぞ。ジャックは俺が見ておくから、ユージンは集落の方に戻ってくれ」
「分かった。それじゃ、任せるぜ」
草番。
それは、最近集落の前で過ごすようになったエソン・グノル――ジャックに対して、草を食ませる仕事だ。ジャックを連れて草の大量に生えている場所に来て、草を食べているのを見守る。そして十分に草を食べたら、集落の前まで連れ帰る。
手を振って去っていくユージンの背中を見送って。
ジェイルは、にやりと笑みを浮かべた。
ラルフに対して持ちかけた勝負は、どちらがより大きな獲物を狩れるか。
そして大きさだけならば、エソン・グノルに勝てる獣はいない。
「うらぁっ!!」
ジェイルは、その瞳に仄暗い闇を燃やして。
エソン・グノル――ジャックの目に、持ってきた槍を突き刺した。




