神様扱い
神様。
唐突に言われたそんな言葉に、ラルフは眉を寄せる。
「神様……ってどういうことだ?」
「へ? ラルフさ、神様さばさま言うてべ。アウリアリアの神様さ化身て」
「……ちょ、ちょっと、待ってくれ」
「へぇ」
アウリアリア。
それは、何度かタリアからも老婆からも聞いたことだ。ラルフはその意味を聞いて、タリアが「アウリアリア、強い。すごく強い。すごくすごく強い」と言われたことを覚えている。だから、純粋に強い戦士を指す言葉なのだと、そう思っていた。
思っていた、のだが――。
「神様って……アウリアリアが?」
「せだべ。ラルフさ、知らねだか?」
「あ、ああ……ずっと、アウリアリアって何なんだろうって」
「アウリアリアさ、ひがすの一族さ伝わん神様だべ。戦士さ守護すん神様だ」
「……マジかよ」
タリアからも、老婆からも、聞かれたことがある。
お前はアウリアリアなのか、と。断片的に単語が分かるだけのラルフでも、それを聞き取れたことがあるのだ。
その時点でラルフは、アウリアリアとは強い戦士を指す言葉なのだと考えて、頷いた。そうだと言ったのだ。
まさか、それが神様などとは思わず――。
「白い肌の女、ラルフ、何故落ち込んでいる?」
「東の女、私はジュリ。
ラルフの妻だ。白い肌の女ではない」
「私は青い目のタリア。
お前は二人目ということを忘れるな。
それより、質問に答えろ」
「……ラルフ、アウリアリア神の化身。
それは間違いないのか?」
「何を言っている。
ラルフの武勇は神のそれだ。
鼻長の群れを倒し、背に乗る戦士だ。
人には持てない、石の棍棒で鼻長を一撃で倒す。
まさしくアウリアリア神の所業だろう」
タリアとジュリが、そう会話を交わす。
その会話の中に、何度も「アウリアリア」が出てきたことから、恐らくラルフが本当に神様なのかどうか確認しているのだろう。
神様とかではないのだけれど――。
「タリアさ、ラルフさ神様でん言うてべ」
「……何故」
「エソン・グノルの群れさひといで倒しで、背中さ乗っだん神様さおごないらしべ」
「……いや、別にそんなに強くなかったけど」
「……本気さ言うでだか? エソン・グノルさ一匹で集落壊すべ。戦士さ何人行っでもおっ死ぬだけだべ。人にさ殺せん」
「……」
ラルフは、自分が強い自信はある。
だけれど、それが人間を凌駕したものであるかと問われると、よく分からない。何せずっと戦場にいたものだから、強さの比較対象がいないのだ。大体の奴は、ラルフの目の前に現れたら殺していたし。
「大体、俺が使った棍棒だって、この集落で借りたものだ。あれだって使える奴がいるってことだろ?」
「どさ?」
「ああ、あれだが――」
「……あがいなん、持でるべか? ありえね」
集落の入り口に立てかけておいた、エソン・グノルの群れを倒した棍棒。
それを示すと共に、うげぇ、とジュリが眉を寄せた。
うぅん、とそこでジュリが腕を組み、考えるように顎に手をやる。
「ラルフさ、神様でねぇだんな?」
「ああ、俺は人間だよ。帝国生まれの軍人だ。ずっと戦場で戦ってた」
「でんも、神様さごどすんとええやん知らん」
「……へ?」
後半はよく分からない。
本気で通訳の通訳が欲しい――そう思ってしまう。
「わすらさ、ひがすの一族さ嫌われでんべ」
「そう……なのか? いまいち、それがよく分からないが」
「づんつぁさ、昔ひがすの一族がら、よんめごさ奪っだべ。わすのばんばぁだんべが、そんときとづぎさ決まっでだべ」
「……よんめごを、奪った?」
よんめごとは、つまり世話係だ。
なるほど――そこで、繋がる。ゲイルが「まんだ、レドレさ許しでぐれでねだな」と言っていたのは、ゲイルが来たばかりの頃、世話係を東の一族から奪ったことなのだろう。
だから、東の獅子一族からすれば、白い肌の一族は人攫いの印象があるのだ。
「でんも、ラルフさ神様だでごどすんと、神様さ言うごどだべ。ひがすの一族に、づんつぁさ許しでもらえんしらん」
「……なるほど。今も許してない婆さんに、俺が神様ってことにして、許してもらうってことか?」
「んだ。神様ん言うごど、ひがすの一族さ従うべ」
「……」
確かに、妙な感じではあった。
エソン・グノルを倒したときに、ラルフはまるで神様みたいな扱いを受けた――そういう印象だったのだ。あれが新しい部族の一員を歓迎する儀式のようなものなのだろう、と思ってはいたけれど、実は神様として崇められていたのだろう。
ということはつまり、今の時点でラルフは彼らから、神様だと信じられている。
「……つっても、俺は別に大したことができるわけじゃないぞ?」
「何さでぎんべ?」
「そりゃ、エソン・グノルを倒したりとか」
「十分だべ。ひがすの一族さ、強ぇおんさ偉ぇ。ありえね強ぇおんさ神様だべ」
「……そんな単純でいいのか?」
強ければ偉い。
確かに原始的な集落だし、そういう考えも分からないでもないが――。
「長老! あ、族長!
大変だ!」
唐突に、そう東の獅子一族の若者が、叫ぶ声が聞こえた。
当然ながら、何を言っているのかは分からない。
「ん……何かあったのか?」
「ラルフさ、呼んでんべ」
「俺を?」
「なんぞあっだみでぇだべ。大変さ言どる」
「ん……?」
はぁ、はぁ、と息を切らせながら、若者が老婆のところへ行く。
そして、老婆とラルフを交互に見て。
「川向こうに、牙虎が大勢いる!
群れでこの集落を、襲ってくるつもりだ!」
「牙虎だって?
ジャックは一体どうしたんだい」
「ジャックは今、草を食わせに離れてる!
村の若者が連れてった!
今、ジャックは集落の近くにいない!」
「本当かい……参ったね」
はぁ、と溜息を吐く老婆。
だけれど、ジュリは何か企みでもあるかのように、にんまりと笑みを浮かべていた。
「ラルフさ、エソン・グノルさ倒せんべ?」
「……ん? ああ、倒せるが」
「グナフ・レギトは倒せんべか?」
「それは何だ?」
「でけぇ虎だべ。おっかねぇ牙あんべ」
ふむ、と想像する。
虎ならば、昔ジャングルでゲリラ戦を行ったとき、何度か倒したことがある。もっとも、倒したあとに解体して食べようとしたけれど、肉が臭くて食べれたもんじゃなかった。
「まぁ、倒せるだろうな」
「なんら、話さ早ぇべ」
ばっ、とジュリが右手を掲げる。
背の小さなジュリが手を上げても、それほど目立つわけではないが。
「皆、聞け!
族長でありアウリアリア神の化身、ラルフ!
これより、牙虎を倒す!
神の御業を見るがいい!」
「おぉ!!」
「族長!!」
「アウリアリア!!」
「族長っ!!」
「……」
ジュリの宣言で、何やら盛り上がっていたが。
とりあえず、ラルフが『おっかねぇ牙を持つ虎』を倒すことは、決定したらしい。




