よんめごって何だ
老人――ゲイルの言葉に対して、ひどく憤慨しているように歯を軋ませるタリア。
何か、それほど怒らせるようなことを言ったのだろうか。
とりあえずラルフとしては、今後暮らしていく東の獅子一族――その一員であり、ラルフの世話をしてくれるタリアに対して、下手にへそを曲げられてはたまらない。
「タリア……?」
「ラルフ……ラルフ、別の女、妻になってもいい?
海の向こうでは、それは当たり前?」
「ええと……エフィゥが全く分からねぇんだよな……」
「妻? そさ、よんめごのことだべ」
タリアの言葉の、分からない部分――それを、ゲイルが通訳してくれる。
そして同時に、彼の言う『よんめご』とやらも何か分からない。
「よんめご? よんめごって何だ?」
「よんめごさ、おめの世話すてくれるへなべさ。めんごいへなさ」
「へな……?」
「へな……あー、おなごだべ」
「おなご……女性ってことか?」
世話をしてくれる女性。
それは確かに、タリアのことだ。つまり、エフィゥというのは世話係ということだろう。
つまり、その他の単語と結び合わせると、レフトは『他』、エモゥは『女』、そしてエフィゥは『世話係』。テグは『なる』でドォグは『良い』――合わせると、『他の女が世話係になってもいいか』とラルフに尋ねているということだ。
それは、少し困るのだが――。
「えーと……俺、妻、タリア、いい」
「ラルフ! 良かった!」
「けんど強ぇおんさ、よんめごさいっぺおんべ。わすの孫、おめのよんめごさしてぇべ」
「えっ……」
「ふだり目でえがら、よんめごさもろでぐで。ユーリさ島ん言葉わがんねげど、ジュリさ島ん言葉わがんべ」
「む……」
ゲイルの提案に、少し悩む。
確かに世話係として孫を派遣してもらえば、ラルフには分からない原住民の言葉――それを、先程ゲイルが『エフィゥ』→『よんめご』→『世話係』と教えてくれたように、ラルフに分かりやすく教えてくれるかもしれない。
そして、ゲイルが厚意でそう言ってくれるのならば、その提案を受け入れてもいいのではなかろうか。
ユーリ、ジュリと呼ばれた二人の孫――そのうち、ジュリの方は島の言葉が分かるとのことだし。
「ジュリ」
「づんづぁ、なした?」
「おめさ、あんおんさ、よんめごさ行ぐべや。あんおんさ、ひがすのずんただべ」
「わす、ひがすの村行ぐべか?」
「んだ。ひがすの村さ行げば、死なね。こないのウリクムみでに、死ぬこだね」
「……」
ラルフは、眉を寄せる。
本音を言うならば、通訳として一緒に連れて行きたい。それに加えて、この白い肌の一族――彼らは常に、死の危険に晒されている。同郷の者として、彼らを守りたいという思いも、ラルフには少なからずある。
ならば、まずラルフは東の獅子一族――彼らのもとに戻り、長老に提案してみるべきではなかろうか。
今後、狩猟だけでなく農耕も行っていく形にして、東の獅子一族の集落を大きくし、ラルフに従ってくれているエソン・グノル――ジャックを護衛にすれば、広い畑も管理することができるのではなかろうか、と。
ラルフだけで長老にそう伝えるのは困難だが、彼女が――ジュリがいてくれれば、その伝達もできるかもしれない。
「ええと……ゲイル」
「よんめごさ、もろでぐれっか?」
「ああ……分かった。ジュリを、一緒に連れていってもいいか?」
「そいは、良がっだべ! ジュリ、おめがらも挨拶なせ!」
ばん、と少女のうち片方――日に焼けてはいるものの、白い肌。そして、赤茶の髪の少女が、ごくりと唾を飲み込んで。
膝をついて、両手をつき、頭を下げてきた。
「わ、わす、ふづづがもんでげんど、よろすくお願ぇしまず」
「ああ、よろしく。ラルフだ」
「わ、わすは、ジュリだす。せいっぺ、きばります」
いくら世話係といえ、これほど年若い少女を、ラルフのような若い男に差し出すゲイル。
つまりそれだけ、白い肌の一族は東の獅子一族と関係が悪いということだろう。
せめて、ラルフがその間に立つことで、彼らの軋轢を減らすことができるようになるかもしれない。
そのために、ラルフができる第一歩として、まずジュリをラルフの世話係として受け入れることだ。
一応、ジャックはラルフに懐いているわけだし、ここ数ヶ月は狩りに出なくてもいいほどの肉を狩ったラルフだから、それなりに発言権はあると思う。
「東の獅子一族。
私の孫ジュリ、族長の妻に差し出す。
族長は、納得してくれた」
「……不満はあるが、ラルフが決めたこと。
それならば、従う。
だが、第一の妻は私だ」
「それで構わない。
まだ若すぎる孫だが、よろしく頼む」
「ラルフが受け入れたのならば、部族の一員だ」
ゲイルとタリアが、そう言葉を交わす。
エフィゥと聞こえたことから、ジュリを世話係として派遣する、という話だろう。
しかし、ラルフなどに二人も世話係がいていいのだろうか――そんな風には考えるけれど、集落での生き方はタリアの方がよく知っているだろうし、身の回りの世話を全部、十歳少々の幼女に任せるというのも申し訳ない。
とりあえず、ラルフに今後できることは、東の獅子一族と白い肌の一族の融和だ。
できれば、同じ集落に住むことができるくらいに、仲良くなれればいいのだが。
「ジュリ。私はタリア。
ラルフの第一の妻だ。
お前は二人目になる」
「分かっています。
しかし、誰を愛するかはラルフ様のお考え次第。
私も愛されるよう、努力いたします」
「むっ……」
ばちばちっ、とまるで火花が飛び交うかのように、睨み合うタリアとジュリ。
やはり、東の獅子と白い肌では少なからず諍いがあるのだろう。
今後ラルフが間に立って、二人が仲良くなるよう務める必要があるか。
「ふん。そんな貧相な体で何を言う。
板のような体では、ラルフを満足させることなどできるわけがない」
「あら。男性はむしろ、若ければ若いほど良いと聞きます。
私はまだ十四歳です。ラルフ様の子を何人も産めます」
「わ、私だって十八だ!
何人でも産む覚悟はある!
強い男の子を育むのが、女の仕事だ!」
「なるほど、ありがとうございます。
つまり、まだラルフ様の寵愛はいただいていないということですね。
私の方が先に、愛していただけるかもしれません」
「なんだと!?」
しかし、問題は。
間に立つにも、彼女らが何をどう諍いを起こしているのか、さっぱり分からないということだ。




