白い肌の一族へ
早速、翌日にラルフは白い肌の一族とやらのいる場所へ行くことにした。
ちなみにタリアとは同じ家で眠ったけれど、特に何もなかった。ラルフも多少疲れていたのもあったし、今まで森の中で雑魚寝をしていたために、久しぶりに屋根のある場所で休めることが嬉しく、ぐっすり眠ってしまった。
そして、今タリアはラルフの前で、白い肌の一族のところへの道案内をしてくれている。
もっとも、言い出したときから不満そうだったし、現在も乗り気ではないのだが。
「ラルフ、どうして白い肌の一族、会いたい?」
「ん……テェム・ツナゥ……会う、欲しい、だから、会いたいってことか? えーと……何て説明すれば通じるんだろ」
「白い肌の一族、弱い戦士。
ラルフは強い戦士。
会わなくてもいい」
「いや、戦士だから会うとかじゃなくてだな……」
ある程度、彼らの言語は習得した。
だけれど、その言語において『同じ国から来た人かもしれないから会ってみたい』とタリアに伝えるのは、現在のラルフの技量では無理なのだ。そもそも、タリアたちに国という概念があるのか分からないし。
「白い肌の一族、こっち」
「ああ、ありがとう」
「肉、渡す。
今回、葉と実、いらない」
「タェム……ああ、抱えてる肉を渡すってことか。しかし、割と食い込むんだよなこれ……」
ラルフが背負っている籠――木の蔓で作られたそれには、生肉がどっさりと入っている。
重さ自体は大したものではないのだが、木の蔓で作られているため肉に食い込んでくるのだ。
こういうのは、手懐けたエソン・グノルに運んでもらうのが良かったのだが――。
「さすがに、象は山には入れないもんなぁ」
「……? ラルフ、何?」
「いや、こっちの話……ええと、何でも、ない」
「……?」
不思議そうに、こちらを見てくるタリア。
ちなみにエソン・グノル――『ジャック』と名付けた彼は、現在東の獅子一族の集落に飼われることとなった。象は知能が高いという話――眉唾物として聞いたそれは本当だったようで、特に抵抗することもなくラルフの言うことを聞いてくれる。
今朝起きたときも、ちゃんと集落の近くにいた。そして長老曰く――分かりやすく解読してくれたのはタリアだが――エソン・グノルが一頭集落の前を縄張りにすると、他の危険な獣が近付いてこなくなるらしい。本来はエソン・グノルも災害のようなものであるため、住み着いたら集落を移さねばならない事態らしいが、ジャックはラルフに従っている存在であるため、丁度いい番犬のような役割になったのだ。
もっとも、その代わりに集落の男衆が、ジャックの食べ物を大量に取ってこなければならなくなったらしいが。
「ジャック、大丈夫? 部族、殺す、ない?」
「ジャックは大丈夫。
ラルフに忠誠を誓っている。
鼻長は、己の認めた戦士だけ、背中に乗せるという。ラルフは認められた」
「……とりあえず、大丈夫だって認識でいいのか? 根拠が分からん……」
タリアとの会話でさえ、これだけ苦労する。より難解な長老の言葉など、全く分からない。ラルフが願うのは、これから会う白い肌の一族がラルフの同郷で、ラルフの言葉が通じるかつタリアたちの言葉をほぼ理解している存在であることだ。
もっとも、そんなに都合の良いことはないだろうけれど――。
「ラルフ、そこ。白い肌の一族」
「お……ああ、あそこ?」
「そう。
白い肌の一族は、木を切って森を拓き、別の物を植える。
葉と実を世話し、採取し、東の獅子一族に来る。
だから、交換している」
「……」
思わず、ラルフは言葉を失った。
巨大な獣たちが闊歩し、人間が居場所を追われる、この原始的な島。武器といって出されたものが石器や骨器、挙げ句には石の棍棒くらいしかない、この島で。
そこに――畑が、あった。
「畑……」
「……? ラルフ?」
「やっぱり、白い肌の一族は、農耕をしている……」
そして、そんな畑で作業をしている老人が一人と、少女が二人。
どちらも日に焼けてはいるものの、褐色肌のタリアと比べれば、その肌は白い。
どう考えても彼らが――白い肌の一族。
「おい! 白い肌の一族!」
そんなラルフの衝撃など、全く気にしないとばかりにタリアがそう声を上げ。
びくっ、と老人が肩を震わせてから、こちらを見てきた。
特にタリアは気にすることなく、ずいずいと歩いて老人たちのところへと歩き。
「……東の獅子一族? 何故、ここに?」
「集落に、鼻長の肉が大量にある。
長老が、少し分けてやれと。
今回、葉と実はいらない。
肉だけ受け取れ」
「……あちらの男性は?」
「我々の新しい族長だ。
彼は、鼻長を七匹も倒した偉大な戦士だ。
失礼なことを言わないように」
「分かりました」
流暢に喋っているが、当然ラルフには何を言っているのか分からない。
ただ、「肉」という言葉だけは分かったから、とりあえず肉を運んできたことは伝えたのだろう。
背中の籠を持ち直し、ラルフもまた老人たちのところに近付く。
そうすると、その向こう――随分と広く、畑があった。そして、それぞれ作業をしている人間たちが見える。
こほん、とラルフは軽く咳払いをして――。
「……えーと。俺の言葉、分かるか?」
「――っ!!」
「分かる、のか……?」
「おめさ……帝国の……?」
そう答えた老人の言葉は、間違いなくラルフと同郷のもの。
激しい訛りはあるけれど、なんとか聞き取ることはできる。その事実に、ラルフは心中だけで喝采を上げた。
初めて、この島に来て、言葉が通じる相手に出会えた。
それだけで、心から感激してしまう。
「えーと……俺は、数日前にここに来たばかりなんだ」
「そ、そうなんけ……? な、何故……」
「少し、話をさせてほしい」
戸惑っている老人。
そして、不思議そうな目でそんな老人とラルフを見るタリア。
怯えている、二人の白い肌の一族の少女。
「とりあえず、焼き肉でも食わないか?」
そう、背中の肉を示し。
そんなラルフの言葉に対して、老人が微笑を浮かべた。