神の帰還
「本当に、鼻長の群れを、倒したのかい……」
「ああ。ラルフは本当に強い戦士。たった一人で、鼻長の群れを殲滅した」
「ああ……あの姿を見れば、嫌でも分かるさ……」
象――エソン・グノルの群れを壊滅させて、ラルフとタリアは揃って集落の方に戻った。ジェイルは腰が抜けたままで動けないらしく、連れていくべきかと言ったのだが、タリアの方が「恐怖に腰を抜かすのは、弱い男だ。戦士ではない」という冷たい一言によって置き去りにされた。
まぁ、周りに野生動物とかも特にいなかったから、多分大丈夫だろう。
そして、現在ラルフは、そんなエソン・グノルの一頭の背中の上に乗っている。
「ラルフ……いや、アウリアリア神の化身よ。鼻長を己の奴隷としたのかい?」
「……エヴァルス? あー……ええと、タリア?」
「そうだ。アウリアリアは良き獣を従わせ、悪しき獣を殺す。あの鼻長は良き獣、死んだ鼻長は悪い獣。やはりラルフ、アウリアリア神の化身」
「……とりあえず、頷いておけばいいのか?」
集落に来てからというもの、話の通じる相手ばかりのためか、タリアの言葉が早すぎて聞き取れない。
ちなみにラルフが乗っているエソン・グノル――それはラルフが最後の一匹を倒そうとしたときに、そういえば敵軍が象の背中に乗っていたなぁ、と思い出して、対話を試してみたのだ。
無理やりに鼻を引き、毛皮を掴み、平伏させた。それと共に大人しくなり、怯えたように声を出してきたため、試しに背中に乗ってみたのだ。
象は賢く、調教すれば主人と共に駆けることもできる――誰かが教えてくれたその言葉は間違いでなかったらしく、その後は集落に到着するまでラルフの足になってくれた。
「それで、長老。ラルフを部族の一員として、認める?」
「認めるも何もないよ。鼻長を六匹も一人で狩り、一匹を従え背中に乗る……これだけの所業だ。部族の一員じゃない。神として崇め奉るべきだろうね」
「だが、ラルフは部族の一員になろうとしている。我々と共にあろうとしている」
タリアの言葉に、老婆は首を振る。
エビルト・ネオという言葉が聞こえたから、部族の一人になりたい、というラルフの望みを言ってくれたのだと思う。だけれど、老婆は認めたくないようだ。
ラルフは、そこで首を傾げる。
てっきりラルフは、エソン・グノルの群れを倒すことで、部族の一員として認められるものだと思っていたのだが。もしかすると、生け捕りにしなければいけなかったのだろうか。そのあたり、部族の言葉が早すぎて全く分からなかったのだ。
後からタリアに聞いた内容によれば、エソン・グノルを倒すように言われたと言っていたが、実際にはラルフが聞き取れなかっただけで、殺してはいけないとか言われていたのかもしれない。
「部族の一員じゃない。アウリアリア神の化身だ。我々を導く戦いの神が、東の獅子一族に来てくれた。タリア、神を部族の一員にして、天罰が下らないと思っているのかい」
「しかし……!」
「神が来てくれたんだ。族長になってもらうしかあるまいよ。今後、我らを率いる族長にね。集落の一番奥の、一番大きな家を使ってもらおう」
「――っ! なるほど、そういうことか!」
老婆の言葉に、嬉しそうにタリアが目を見開く。
タリアは恐らく、ラルフの味方でいてくれるはずだ。つまり、いい報告だということだろう。
老婆が、曲がった腰でゆっくり歩き始める。タリアは頷き、笑顔でラルフを見た。
「ラルフ! 家! 案内する! こっちだ!」
「あ、ああ」
エモゥ――つまり、家だ。
こっちだと手招きをしているタリアについていくため、ラルフはひとまずエソン・グノルの背中からひょいっ、と飛び降りた。しかし、このまま放置して、暴れたりしないだろうか。
言葉が通じるかどうかは分からないが、ひとまずラルフはエソン・グノルの目を見て、語りかける。
「あー……ここで、待て」
「……」
「ここ、いる。ここ、待て」
「……」
ブモゥ、とエソン・グノルが鼻息を出す。
通じたかどうかは分からないが、とりあえず暴れる様子はなさそうだ。もしも暴れた場合、そのときにラルフが仕留めればいいだろう。
石の棍棒を担いだまま、タリアの後ろをついていく。
とりあえず家をくれるということだし、部族の一員になることができたと考えていいのだろうか。
そう思いながら、ラルフが歩いていると。
何故か、子供から大人まで、集落の中にいる部族の人間――全てが、ラルフに対して平伏していた。大人は怯えたような眼差しを、子供は憧れるような眼差しを向けながら。
なんだか、そんな扱いが妙にこそばゆい。
「アウリアリア神の化身、ラルフ」
「ん……あ、俺?」
「これからは族長として、この家を使ってもらう。集落では、一番上等な家だ。家具はマドマドに作ってもらいな。家の修理は黒い目のラグゥが得意だよ」
「……マドマド? ラグゥ? ええと……あ、ありがとう?」
「礼を言うのはこっちさ。神の化身が、これから一族を守ってくれるんだ。これ以上の幸運はないだろうね」
「……?」
老婆の言葉は、タリアのそれより尚聞き取りにくい。
どことなく話し方に癖があるというか、なかなか理解ができないのだ。とりあえず今は頷いておいて、後からタリアに詳しい話を聞いた方がいいかもしれない。
だがとりあえず、老婆が示してくれた家――木で作られた、やや高い家は、集落のどの家よりも頑丈そうに見える。
「それから、青い目のタリア」
「うん、長老」
「ラルフの世話は、お前がやりな。そして、子種を授かれ。神の子を授かるのは、これ以上ない栄誉だ」
「……長老。青い目のタリア、ラルフに命を捧げている」
「お前がどう言おうと、他の女も来るよ。誰だって、神の子種は欲しい。神を良人とする栄誉は、集落の女に等しく与えられる。あたしも、もっと若ければ良かったんだがね」
ヒッヒッヒ、と嬉しそうに老婆が笑うが、その内容はさっぱり理解できない。
だけれどタリアが、何故か顔を赤くしていた。
「ラルフ」
「ん……あ、ああ?」
「タリアは処女だ。可愛がってやりなよ」
「長老! 余計なこと言わないで!」
「……」
嬉しそうに、楽しそうにラルフに言ってきた老婆だったが。
その内容は、ラルフにはさっぱり分からなかった。