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寝取られ令嬢は英雄を愛でることにした【コミカライズ】  作者: 早瀬黒絵
寝取られ令嬢は英雄を愛でることにした
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婚約者はかわいい

* * * * *






「ライリー様……!」




 呼ぶ声に振り向けばプラチナブロンドと淡い菫色が視界に飛び込んでくる。


 思わず抱き留めた細い体や艶のある髪から甘く良い香りが鼻を擽った。


 腕の中を見下ろせば、頬を上気させたエディスが見上げてくる。


 今まで着ていたものとは質の違う淡い菫色のドレスを見て、ああ、新しいドレスが届いたのだと気付く。地味で野暮ったいドレスでも美しかったが、流行りのレースや刺繍が多いドレスの方がエディスの美しい容貌をより華やかに引き立てている。


 日に日に美しさを増していくと思っていたが、今日は一段と美しい。


 それに俺が選んだネックレスもつけてくれている。


 婚約者へ贈る装飾品は相手の色や自分の色を選ぶものだ。


 ショーン殿下や部下にそう教えられて金のネックレスを選んだ。小さなアメジストと大きなアメジストがついた、華やかなネックレスで、エディスが黄金色だと褒めてくれた鬣をイメージした金がプラチナブロンドによく馴染んでいる。


 ネックレスについた宝石と同じ菫色の瞳がキラキラと輝いている。




「ドレスとネックレスをありがとうございます! このネックレスはライリー様が選んでくださったとお聞きしました! 金色がライリー様の鬣と同じでとても気に入りましたわ!!」




 初めて会った日の、ショーン殿下に俺が如何に素晴らしいかを語った時のような勢いだ。


 それほど喜んでもらえたなら贈った甲斐があったというものだ。


 昨夜のこともあって彼女に抱き着かれることに忌避感はない。


 むしろ、何の躊躇いもなく触れてくれるのは嬉しかった。




「そうですか、私もエディスにこれほど喜んでいただけて嬉しいです。……ピアスはどうしましたか?」




 そっと頬に触れれば髪が揺れてエディスの耳が見える。


 揃いで贈ったピアスはつけていないらしい。




「実はつけようと思ったのですが、今まで装飾品を持っていなかったので耳に穴が開いていなくて……。でも今度開けますわ。そうしたらネックレスとピアスを両方つけられますもの」


「なるほど、それは盲点でした。イヤリングにすれば良かったですね」


「いいえ、イヤリングだと落としてしまうかもしれません。だからピアスで正解ですわ!」




 耳に穴を開けるのを怖がるかもしれないと思い、今からでもイヤリングに仕立て直すか考えたが、エディス本人は特に気にしていない様子でにこりと笑う。


 失くしたくないという気持ちが伝わってくる。




「もし失くしてしまったとしても、新しいものを贈るのでそう心配しなくとも大丈夫ですよ」




 エディスの顔が困ったように眉を下げる。




「それはいけませんわ。そんなことをおっしゃると、ライリー様に選んでほしくて、わざと失くしたふりをしてしまうかもしれません」




 それは、つまり、俺が選んだものがほしいということか。


 だがそれを素直に口に出してしまう辺りは恋愛の駆け引きを考えていないようだ。




「それは随分と可愛らしい嘘ですね」




 俺の言葉にエディスは頬を染めて「今のは怒る場面ですわ」と俯いた。


 それでも俺から離れないところが可愛らしい。


 儚げな美人なのに仕草や言動は素直で可愛らしいエディス。


 彼女が俺の婚約者だなんて今でも夢なのではと時々思ってしまう。


 しかし、俺達の婚約届は確かに承認されているし、彼女は屋敷に住んでいて、毎日見送りと出迎えをしてくれる。まるでもう結婚したかのような気分である。


 この体になり、家庭を築くことは諦めていた。


 だがエディスとならば穏やかで幸せな家庭を築けるかもしれない。


 年の差だの外見だのとあれこれと言い募ってみても、俺がエディスに惹かれている事実には変わりはなくて、嬉しいような、でも少し情けないような気持ちになる。


 リードする側の男が女性に押されてってのがなあ。


 けれども、エディスが押しの強い女性でなければこうはならなかっただろう。


 そう考えれば彼女が押しの強い女性で良かったとも思う。






* * * * *






 ライリー様をお出迎えして一緒に夕食を摂った後は居間で過ごす。


 特にそう決めたわけではないけれど、そうするのがわたし達の間で自然と出来上がっていた。


 大きなソファーに二人で隣り合って腰掛け、わたしがライリー様の手を自分の膝の上へ持ってきて両手で包むように手を繋ぐ。硬い肌の感触とサラサラの毛並みの感触が両手に感じられていいのよね。


 最初は緊張した様子だったライリー様もすっかり慣れたようだ。


 ……ライリー様ってちょっと押しに弱い方みたい。


 これからはどんどん自分から押していけば色々解禁されるかもしれない。


 次の目標は毎日お見送りとお出迎えの際に抱き締め合うことかしら。




「今日は嫌なことはありませんでしたか?」




 寛いだ様子のライリー様が穏やかに尋ねてくる。




「ええ、ありませんでした。それどころか嬉しいことばかりで、昨日の嫌な気分なんてとっくに吹き飛んでしまいましたわ」


「それは良かった。……遅くなりましたが、ドレスもネックレスもよく似合っていますよ」


「まあ、ありがとうございます! ライリー様に褒めていただけるのが一番のご褒美ですわ!」


「欲のないご褒美ですね」




 大きな手が少しだけわたしの手を握る。


 ジッと見つめられてドキリと胸が高鳴った。


 まだ顔や鬣に触れてはだめかしらね。


 そっと片手を上げてゆっくりとライリー様の顔に伸ばす。


 逃げられたら諦めようと思っていたのに、獅子のお顔はわたしの手を見たものの動かない。


 驚かせないために伸ばした手を慎重に獅子の頬に触れさせる。ふわふわもふもふの毛並みの感触につい笑み零れてしまう。想像以上に触り心地がいいのね。でも毛の下に硬い肌の感触もあるわ。


 膝にライリー様の手だけを残してもう片手も反対の頬に添えた。


 両手で頬を挟み、むよむよとちょっとだけ動かしてみる。


 肌は硬い感触だが皮ごと動いてる感じがするのはやはりネコ科の部類だからか。


 そのまま毛並みを撫でて鬣へ手を滑らせる。


 チラと見上げるとつぶらな瞳と視線が絡む。


 細い瞳孔を持つ、毛並みと同じ金色の瞳は静かにわたしを見ていた。


 ……こ、これはお許しが出たってことかしら?!


 鼻息が荒くなりそうになるのを何とか押し留め、頬から下の鬣をそうっと指で梳けば、サラサラふわふわなのにちょっともこもこという最高に心地の良い手触りがした。


 毎日きちんと手入れしているのか毛に引っ掛かりもない。


 何度か鬣を梳いているとつぶらな瞳が細められる。


 つい、その流れで顎の下を軽く掻いてみたらグルルと初めて聞く音が太い喉からした。


 やだ、かわいい。甘えるみたいにグルグル唸ってる。やっぱりネコ科の動物が混じっているからそこは気持ちがいい場所なのね? 掻くと気持ちよさそうに目を細めて唸り声が出ちゃうのがかわい過ぎる! こんなに大きいのにわたしの手にちょっと顔を擦り寄せてくるの凄くかわいい! しかも尻尾が! 尻尾が立ってわたしの腰に緩く巻き付くようにくっついてきてる!! 尻尾の先のふさふさした部分がゆったりと小刻みにわたしの脇当たりで揺れているのが分かる!! それはだめよ、かわい過ぎて反則だわ!!!


 声を大にしてライリー様のかわいさを叫びたかったけれどギリギリで呑み込んだ。


 内心でデレデレとしつつも表面上は何とか笑顔を取り繕ってライリー様の鬣を撫でる。


 ああ、やっとお顔に触れられたわ。


 片手で顎の下を撫でながらもう片手で頬に触れていく。


 サラサラふわふわの毛並みに残る傷跡をなぞると丸い耳がピクリと動いた。


 あら、耳も動くの? 傷跡を撫でればもう一度耳が動くのがかわいい。


 頬から鬣に触れて、豊かな毛の海に指がもふりと沈む。


 いい匂いがするからきっと毎日髪と同様に手入れしてるのね。


 自分で洗っているのかしら、それとも使用人がやってくれるのかしら。でもこれだけ毛艶がいいということはかなり丁寧に手間暇をかけて整えているはずだわ。撫でていて虫の気配もないもの。


 それにしても間近で見れば見るほどかわいいわ!


 この口元の毛! むっちりしてそうなのに触るとふわっふわ! そうして鼻の下から口元までのこの丸みを帯びた形がまた素敵!! 普通の猫よりくっきりしたお顔立ちに大きなお鼻が威圧的に見えてしまうけれど、口元のおヒゲが愛嬌があって、その辺りはおヒゲの生え際ということもあってかよりふさふさしてらっしゃるのがかわいい!!


 鼻の下に両手を添えて、むにむに触ると柔らかな感触がした。


 あら、ここは柔らかいのね?


 むにむにもふもふと触れていればライリー様の手がわたしの腕を掴んだ。




「さすがにそこは……」




 嫌ではないが、反応に困るといった様子に小首を傾げた。




「そこはダメですか?」


「……まあ、人で言うならば唇に近い部分ですので」


「あら……」




 それはダメね。やだ、わたしライリー様の唇をふにふにしてたってこと?




「ご、ごめんなさい」




 口元から手を離せばライリー様の手も腕から離れていく。




「いえ、そこと耳さえ気を付けていただければ触ってもいいですよ」


「お耳もダメですの?」


「この体は五感が鋭く、耳は神経が集中しているから、触られるのは少々苦手ですね」




 残念、喉を撫でて気持ちいいなら、お耳こしょこしょも絶対に気持ちいいのに。


 でも本人が嫌がるのであれば仕方ないわね。


 神妙に頷き、ライリー様の顎を撫でる。


 グルグルと聞こえる音に目尻が下がってしまう。


 ああ、大きな猫みたいでかわいい!


 顔を撫でまわしていると大きな手が肩に触れて抱き寄せられる。




「そういえば、ベントリー家から手紙は届きましたか?」




 そう言われて小さく頷き返す。




「ええ、今朝届きましたわ。アーヴの方はすぐにお返事を書けましたが、夫人の方はライリー様にお聞きしてから書こうと思ってまだお返事はしておりませんの。七日後にどうかと聞かれたのですが、晩餐はライリー様もご一緒にと誘われておりまして……」




 夫人からの手紙には仕立て屋を呼んでドレスを誂えましょう、と書かれていた。


 もう既にライリー様にドレスを何着も買っていただいたのだけれど、リタもユナもベントリー家からもドレスや装飾品を買ってもらった方が良いと言っていた。


 ライリー様ばかりが買い与え、養子先の家が何一つ買い与えないでいると、ベントリー家は養子を蔑ろにする家だと周囲から思われてしまうため、ベントリー家からのものも必要なのだそうだ。


 ライリー様のお屋敷で過ごしている間の生活費はベントリー家から出ているはずなので、養子に対して酷い扱いをするなどといった噂は立たないと思うが。


 でも目に見えて分かるものがあった方がいいのは確かだろう。


 貴族って面倒臭いですわよね。


 ライリー様が考える風に僅かに顔を上げた。




「私の方にも晩餐の誘いとエディスを昼間に屋敷へ呼んでいいかの伺いが来ました。その日は特に予定もありませんし、ベントリー家の方々さえ良ければ私は参加させていただきたいと思っています」




 養子先とは言え、家族と婚約者が交流してくれるのはとても嬉しい。


 ベントリー伯爵はライリー様に分け隔てなく接してくださる方と聞いているし、夫人も顔合わせの時にライリー様に怯えていなかった。アーヴもそうであれば尚嬉しいわね。




「家族と婚約者と食卓を囲める日がくるなんて楽しみだわ」




 当日は仕事を終えたらその足でライリー様はベントリー家に来て、先に来ているわたしと合流するそうだ。


 きっと素敵な一日になるわね。七日後まで指折り数えて過ごすことになりそう。待ちきれないわ。


 ライリー様も「私も誰かに晩餐に招かれるのは久しぶりです。それにエディスと初めての外出がベントリー家とは嬉しいですね」と頷く。


 そうね、ライリー様が後から来るとは言え、お屋敷の外だもの。初めての外出になるわよね。


 ベントリー家だから不安はない。


 今度こそ、ベントリー夫妻のことを『お父様』『お母様』とお呼びしたいわね。






 

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― 新着の感想 ―
[一言] 欲望だだ漏れな主人公(笑) きっとお顔が緩みまくっていたことでしょう。 もふもふは癒やされるもんなー。
[一言] 私としては例え好きな人にピアスを贈られても、耳に穴を開ける気になれませんが……。……ぐっ。エディス、これは、私の、好きな人への愛が足りないということですか!?
[気になる点] 実家の馬鹿さ加減。ヘイトたまりすぎると読んでてイライラしてくるので…物語を盛り上げるための程よい味付け程度な展開を期待します。
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