Part.9 嗤い、哂われ
ふと気が付くと部屋が暗くなっていた。どうやらあのまま眠ってしまったらしい。ゴールドは、部屋にいない。どこかに行っているのだろうか。とにかく全部頭目に話そう。これは私だけで抱えて良い問題ではないのだから。私は頭目の元へ向かうことにした。
「ゴールド、ごめん…。あれだけ欲しがってた過去、私には抱えきれないよ…。」
自分が思っているよりも私は弱かった。ささやかな平穏を期待していた私は愚かだった。それだけではなく、私が覚えているなかで最も大事な記憶、通り屋との出会いの記憶すら偽物だった。私は通り屋などではなく、王国の放った密偵を無自覚にやらされていただけだったのだ。頭目は私をどうするのだろうか。あの人は優しい人だ。それ故に、私を殺さず別の手段で罰するだろう。だが私はこの真実を、私の正体を直視したくない。それを受け入れるぐらいなら、命を絶ってしまいたい。このことを聞いて、頭目は、ヴァーミリオンは、ヴィシャルは、…ゴールドは、どう思うのだろうか。私を憐れむだろうか。裏切者と罵るだろうか。…私を、赦すのだろうか。赦される資格はないというのに。憐れむくらいなら、赦すくらいなら…、彼ら自身の手で殺された方がよっぽどマシだ。そんな考えに耽っていた私は、悲鳴によって現実へと引き戻された。
悲鳴の聞こえた方に行ってみると、そこでは何人もの人が倒れていた。その中には見慣れない服装の者も紛れ込んでいたが、一人、馴染み深い顔があった。
「…!ヴィシャル!!大丈夫か!?何があったんだ!?」
「う…。その声は、ステラさん…!よかった。無事だったん、ですね…。」
倒れているヴィシャルに駆け寄った。ギリースーツが裂かれ、血がにじんでいるものの、大した怪我ではないようだ。それよりも倒れている見慣れない服の者、私はどこかで見たことがある。
「…!!秩序使か!?何で奴らがここにいるんだ!?」
「さあ…。でも奴ら、何かを探してる様子でした…。」
「探してる?だからって、ここまでする必要は…。」
「奴らは必死でした。それに、奴らを指揮していたのは評議会の研究師、キスタ=ドラードです…。」
評議会のキスタ=ドラード。私たちが回収に向かった第3階層・研究区シボラの支配者だ。そんな奴が秩序使を動員してまで探し出したい物とは何なのだろうか。
「奴らがどこに向かったかわかるか!?」
「確か…、デミア博士の部屋に向かってました…。」
ハカセの部屋、と聞いて私は嫌な予感がした。あの部屋にはゴールドがいる。まさか奴らの狙いはゴールドだというのか。とにかく行ってみないことにはわからない。私はハカセの部屋に急いだ。
「キサマら何者じゃ!?一体ここに何をしに来た!?」
「黙れ!いいから貴様らが奪ったものを出せ!!」
私がハカセの部屋のドアを開けた時、彼に銃を突きつける秩序使がいた。
「ハカセから離れろ!」
「貴様何者だ!?」
秩序使が銃を撃つよりも早く、私は彼らに全力で拳を叩き込み、沈黙させた。
「おおステラか!助けが遅いぞ!…いや、今はそんなこと言っている場合ではないな。」
「ハカセ!奴らの狙いはゴールドだ!あいつは今どこにいる!?」
「ああ、奴なら解除して出てきたデータのインストール中だ。膨大な量だったがあと5分程で終わる。もう少しだが、それまで持ちこたえなければならん!」
そう言って彼が指さした先では、コードを繋がれたゴールドが鎮座していた。ドローンの前面にある小さな画面には、『95%』と表示されていた。
「わかった!それまでここでコイツを守ることにする!ハカセ!いいよな!?」
「頼んだぞ!ワシもどうにかインストールを早められるか試す!」
そう言い終わると、早速部屋のドアが乱暴に開き、銃を持った秩序使が入り込んできた。部屋に入った秩序使が何かをする前に、私は拳を、蹴りを叩き込み鎮圧していく。そんなことをしていると、ハカセが叫んだ。
「やったぞ!詰め込めるだけ詰め込んだらインストール時間があと1分に短縮できたぞ!あと少しだ!それまで頑張ってくれ!」
「短縮ってできるのか!?まあいいや!頑張るぜハカセ!」
表示された画面の数字は97、98…と順調に進んでいる。これならあと少しで終わるだろう。幸い秩序使はもう来ていない。これなら安全に終わるだろう。
「あと少しじゃ!このまま安全に終わってくれい!!」
数字が98、99と上がっていき、そして100となった瞬間、画面から光が消えた。
「どうなった!?」
「…終わったようじゃ。コードを外せば起動するじゃろう。」
ハカセがコードを外し、しばらくするとドローンが浮上した。
『…。』
「おい、ゴールド?」
『ああ、そうだった。俺はゴールドだったな。すまない、思い出した記憶に呑まれそうになっていた。大丈夫だ。異常はない。』
ゴールドは再び地面に降り、話し始める。
『さて…。まずは俺の本当の名前から話すとしよう。俺の、俺の名前は…。』
今思えば私たちは完全に油断していたのだろう。ゴールドのことしか目に見えていなかった私たちは後ろで銃を構えているスーツ姿の男に全く気が付かなかった。
『!!君たち!伏せろ!!』
ゴールドが叫んだ時にはもう遅かった。乾いた銃声と共に放たれた弾丸は私とハカセの間をすり抜けて…、ゴールドに命中した。
「!!ゴールド!!!」
被弾個所から火花を放つゴールドは動かない。
「動力部を破壊されておる!修理は、不可能じゃろう…。」
「お前…!なにしてくれてんだ!!」
叫ぶ私を無視して、スーツの男は無線機で指示を飛ばしている。
「私だ。ああ、ターゲットの排除は完了だ。即座に撤収しろ。わざわざお前たちを呼んだ意味もなかったな。役立たず共め。あとで『監獄長』に報告しておく。」
無線機を切り、スーツ男は私の方へ向き直った。
「悪いな。だが恨まないでくれ。彼が他所に渡るわけにはいかないからな。」
「殺してやる…!殺してやる!!」
私は怒りに任せてスーツ男に飛び掛かった。だが彼はやすやすと回避し、興味も無さげに離れていった。
「サヨナラだ。本当なら君たちを捕縛してもいいんだが今回はそういった用ではないからな。これで終わりにしてやるよ。…あまり私を舐めない方が良い。今回そちらに出た被害は、研究師の庭を荒らした報いだと思いたまえ。」
そう言い残すと、彼は去っていった。彼らが消えた後には、傷ついた者達と、かつてゴールドだった破片が残っているだけだった。
ごきげんよう。縁迎寺 結です。まずは第9話をご覧いただきありがとうございます。それと投稿が数分遅れたことをお詫び申し上げます。さて今回は評議会について解説していきます。彼らはアガルタ以外の階層を支配している9人です。メンバーはそれぞれ行政区の天塔王、第一居住区の上都官、研究区の研究師、繁華区の大宴主、第二居住区の空都官、自然区の観測者、工業区の匠工帝、監獄区の監獄長、廃棄区の技巧帝の9人です。彼らが年に1度、行政区で開くのが評議会です。そこでマグナ・バベルの全てが決まります。一応今回はこれだけで締めさせていただきます。次回、enigmatic DESIRE最終回です。それではまた次回お会いいたしましょう。