Part.8 語り、騙られ
王国との争いが終わった次の日、私はエゼキエルに言われた通りにスモーキーゴッドへ向かおうとしていた。一応相手は王国の、それもかなりの地位に付いている者だ。どこかに刺客を忍ばせているかもしれない。私はいざという時に戦えるような体制で向かうことにした。店へと向かおうとする私にゴールドが声をかける。
『行くんだなステラ。…気を付けて行ってくるんだぞ。』
「ああ…。あれ?お前は来ないのか?」
いつもなら何も言わなくても勝手についてくるゴールドだったが、今日はその場で静止したままだ。
『ああ。ついさっきデミア博士に連絡をもらってな。俺のセキュリティロックの解除作業が今日終わるらしい。だから俺にはここで待機していてほしいそうだ。』
「おお!やったな!やっと全部思い出せるんだな!」
『あくまで思い出せるかもしれない、という程度だ。…そういえば何故、誰ともわからないような俺のためにここまでやってくれたんだ?』
「…実はな、私から頼み込んだんだ。お前に会った時、記憶もないのに平然としてるのを見てさ、最初は戸惑ったよ。こいつは不安じゃないのかって。でもさ、私は謎が謎のまま、っていうのは好きじゃないんだ。だからどうしても我慢できなくて、私が勝手に判断して解除を頼んだ。…余計なことしたかな。」
『…いや。余計ではないぞ。最も、あの頃の俺だったら下らないと一蹴していただろうな。…いや、俺は怖かったのかもしれないな。俺の封じられた過去、それを明らかにすることが。それを知って、俺は正気を保っていられるか不安だったんだ。でも君は、過去に対しての恐怖を持っていない。むしろそれを知ろうともしていた。君に感化されたんだろうな。俺は次第に過去を知りたくなった。だから君には感謝している。こうして過去を知る機会を与えてくれたからな。』
「まあそれはオマケで一番の理由は、お前が持ってるかもしれない情報に期待しただけなんだけどな。」
『まったく…。君は良い話のまま終わらせることはできないのか?』
「お前にだけは言われたくないけどな。」
『フフフ…、君ってやつは…。』
「ハハハ!お前もな!」
不意に笑みが溢れ出し、盛大に笑えてしまった。さっきまでの警戒もすっかり解けてしまった。
「ああそうだ。そろそろ行かなきゃ。私も過去を知りに行かなきゃ。」
『わかった。気を付けていくんだぞ。ああそうだ。これを持っていけ。』
ゴールドはそう言うと籠に入っている物を差し出してきた。それはあの腕輪だった。
「この腕輪は…。」
『あの後気になったから調べたんだ。あのアーマーはこの腕輪から展開されていたようだ。』
「この腕輪そんなすごい物だったのか!しかし何でこんなもの落ちてたんだろうな…。」
『今度一緒に調べに行こう。そうだな、今度は例のロボットに入ってやってもいいぞ。』
「ああ!あと、またマスターのところにでも行こうぜ!マスター喜ぶし。」
私はゴールドから受け取った腕輪を装着し、出口へと向かった。
「じゃあ、ちょっくら行ってくるわ。帰ったら私にもお前のこと教えてくれよ。」
『ああ。真実を知ってこい。』
私は拠点を出て、街へと繰り出した。今日は何やら騒がしい。いつも何かと騒がしい街ではあるが、今日は一段と騒がしい。その辺でそわそわしていたアントニーがいたので、捕まえて話を聞くことにした。
「ようアントニー。今日はやけに騒がしいけど、何かあるのか?」
「ステラさんか。あれ?ゴールドは今日一緒じゃないのかい?」
「ああ。別にいつも一緒ってわけじゃねえよ。それよりも何かあるのか?」
「まあそれもそうだよね…。何かあるのか、ね。何やら結構上の階の奴らが来てるらしいんだ。それも大勢で。どこのどんな奴かは僕も知らない。ああでも…。」
「でも?でもってどういうことだ?」
「ルイから聞いたんだけど、どうやらその集団の中にシボラのお偉いさんがいたってさ。評議会のメンバーがこんなところに何の用が…。」
評議会。このマグナ・バベルのトップに立つ9人の支配者たち。同時に、このアガルタ以外の各階層の支配者でもある。そんな奴がこんなところに何の用なのか。
「そうか…。わかった。ありがとうな。」
「ああ。それよりも行くところがあるんだろ?早く行ってあげたらどうだい?」
「そうさせてもらうわ。今度ゴールドと一緒にそっちに行くよ。」
「大歓迎だ。待っているよ。」
評議会のことが少し引っかかるが、今は行くところがある。アントニーと別れ、エゼキエルの待つ店へ向かった。
スモーキーゴッドのドアを開けるとそこには、悠々とコーヒーを堪能しているエゼキエルがいた。彼は私に気が付くと、手招きをしてきた。
「やあ。まさか本当に来るとは思わなかったぞ。まあ座り給え。君の分のコーヒーもオーダーしておいた。危ないものは入ってないから安心したまえ。もちろん砂糖とミルク多めだ。それとマスターには席を外してもらっている。」
「…お気遣いどうも。」
私は彼の示した席に、彼の向かい側の席に座った。目の前には砂糖とミルクがたっぷり入ったコーヒーが置かれていた。試しに一口飲んでみた。特に味にも違和感が無かったので、どうやら彼は嘘を吐いているわけではないようだ。
「しかし君も随分と無警戒だな。まさかたった一人で来るとは。それにそのコーヒーにも手を付けた。私が悪意を持って嘘を吐いていたら君は無事では済まなかったんだぞ?」
「…どうでもいいから教えろ。」
彼の言うことを無視し、私は本題を切り出した。
「そうだったね。ではまずは私のことを少し知ってもらおう。私の名はエゼキエル。王国所属の技術者だ。元は第4階層の工業区で技術長をやっていたんだが、色々あって工業区から追放された後に、グリークさんに拾われた。そんなわけで私は王国の初期メンバーなんだ。」
「そんなことはどうでもいい。早く私のことを教えろ!」
私は思わずテーブルに拳を叩きつけた。テーブルに乗っているカップが揺れる。
「まあ落ち着け。何も関係ない情報というわけではない。さて次は君、ステラ=レアスの情報を教えてやろう。」
コーヒーを一口飲み、エゼキエルは持っていたファイルから束ねられた書類を出し、差し出してきた。
「この資料に君のことが載っている。何かあれば聞いてくれ。」
「…何でお前がそこまでするんだ?」
「まあいいじゃないか。まずは読んでくれ。」
私は差し出された資料を受け取り、目を通した。
私、ステラ=レアスは19年前に第6階層・第二居住区マゴニアにて、第4階層・工業区アストランで作業員として働く父と技術者の母の下で誕生。当時保有していた認証レベルはB。何不自由ない生活を送っていた。ところが11年前に起こった第3階層・監獄区ディーテの大量脱獄事件『破獄事件』で脱獄してきた囚人に、両親を殺害された。身寄りのなくなった私はアガルタに追放、その時に抱いた『復讐心』のままにアームズアーツを習得した。その後一人で生き延びていたところで、ディーテの元囚人の一団を発見。交戦し、殲滅に成功するが、その時に負った傷が原因で昏睡。その時に意識を失ったと思われる。
「あとは君が覚えている通りだ。何か質問はあるかね?」
「…お前自身の情報、何も関係ないじゃないか。」
私は気になっていたことを問いかけた。確かに私の過去はわかった。時系列的にもつじつまが合う。しかし、『関係がある』として聞かされたエゼキエルの情報は関連しているとは思えない。
「まあ当然だ。確かにその情報には私は関係ない。だがこうならどうだろう。」
コーヒーを更に口にして、エゼキエルは続ける。
「もしもその情報が、造られたものだとしたらどうだろうか。」
その一言で、私の頭は真っ白になった。嘘?私の記憶が造られたもの?
「その通り。君の記憶は偽物だ。」
「は…?どういうことだよ…。」
「記憶というのはかなりあやふやな物でね。例えそれが植え付けられたものでも真実として捉えてしまう。確かめようがないからね。」
「…何が本当なんだ…。」
「そういえば君は『オープナー』を知っているかな?」
オープナー、聞いたことがある。自身に眠っているデザイアを目覚めさせることができるデバイス、だそうだ。だがオープナーは非常に高価で、ザナドゥの貴族でも中々手が出せないものだという。最近では、リスクの高い粗悪品が出回っているらしい。
「それが、どうしたってんだ。」
「そのオープナーは、どうやってデザイアを覚醒させていると思う?」
「そんなの知ったことかよ…。」
「まあ無理もない。このオープナーは、本来デザイア覚醒に必要となってくる『鍵』に当たる『欲望』の代替となるんだ。」
それはなんとも都合のいい話だ。人格を歪ませるほどの欲望を抱いてやっと覚醒できるデザイアに、よくわからない機械を使うだけで簡単に覚醒できるのだ。
「だがそれは高価な正規品の話だ。粗悪品のオープナーではそうはいかない。最悪使用者が廃人化してしまう可能性もあるんだ。」
「…その情報こそ何の関係があるんだよ。」
「私は王国でオープナーの開発を主導しているんだ。そして、ここからが君に関係のある話だ。」
私が手に持っていた資料はもう握られてグシャグシャになっていた。それほどまでに、私は彼の話に聞き入っていた。
「私がかつて開発した試作品のオープナーに『覚醒するほどの欲望を抱くまでの記憶』を植え付けるという物があってね。まあ危険だったので封印したんだが…。」
その話を聞いて私は嫌な予感がした。
「まさか…、私の記憶は…!」
「その通り。試作品のオープナーによるものだ。今から話すのは君の嘘の記憶だ。まず君が独学で習得したというアームズアーツ、アレは元々私が編み出した格闘術だ。君に教えたのも私だ。」
私は耳を疑った。デザイアを持たない私が唯一誇れたあの技は、目の前にいるこいつのものだったというのか。私をよそに、エゼキエルは話を続ける。
「君はアガルタにいた孤児の一人にすぎなかった。彷徨っていた君を拾ったのは私だ。最初は単なるモルモット程度にしか思っていなかったがね、だがアームズアーツを仕込んでみれば、どんどん覚えていくから楽しくなったんだ。ある時君が更に力が欲しいと言った。だから私は君をオープナーの実験体にした。だがアクシデントが起こってしまってね。本当はあの筋書き通りの記憶が植え付けられるはずだったのだが、君の記憶は全て消えてしまった。アレには私も焦ったよ。だから記憶の消えた君には通り屋に接触してもらった。そして君は気付いていないだろうが、君はデザイアに覚醒しているんだ。それもかなり強力なデザイアにね。」
「は…?私が、デザイアに…?」
「そうだ。そのデザイアはかつてあった全てのデザイアを行使することができるんだ。ただ君に制御できるデザイアではなくてね。その制御は私が行っている。君も見ただろう?私たちが君の目の前から消えたのを。それも君のデザイアの力の一部だ。そして君の見たものを全てこちらも把握している。それもデザイアの一部だ。」
「私が…、お前たちに使われていたっていうのか!?」
目の前のコーヒーを飲み干し、エゼキエルははっきりと告げる。
「つまり君は、私達王国が放った『密偵』だったんだよ。そして君の役目は今終わった。」
私を慕ってくれた舎弟たちも、あの時の私に手を差し伸べてくれていた班長も、全ては偽物だったのか。私は茫然とした。手に持っていた、紙くずと化した資料が落ちる。
「君に二つ選ばせてあげよう。一つは、私達王国に戻って来る。もう一つは、このまま通り屋の回収班班長として活動を続ける。後者の場合、私たちは全力で君ごと通り屋を潰しにかかる。だが前者の場合、君が戻って来るならば、通り屋は王国の傘下として迎え入れよう。この件はグリークさんにも通達済みだ。あとは君が答えを出すだけで決まる。そうだな…。3日後、君たちの元に出向いて答えを聞こう。それまで考えておくがいい。」
その後のことはよく覚えていない。気付いたら自室のベッドで横になっていた。
『どうしたんだステラ。君らしくない。』
「なあゴールド…。私は、どうしたらいいのかな…。」
ゴールドに話しても解決できるようなことではないことはわかっている。だが、頭目にこのことを話すのは非常に辛い。まさか私が、頭目たちを裏切るような真似をしていたなんて今でも信じられない。私は、どうすればいいのだろうか。
薄暗い部屋で、中年の男がパソコンに向かって作業している。その男、デミア博士はデスクトップに表示された情報を見て、驚愕する。
「これは…!バカな…、そんなはずが…。」
それと同時刻、通り屋の拠点前では大規模な集団が押し寄せてきていた。
こんばんは。縁迎寺 結です。この度は第8話をご覧いただきありがとうございます。今回は解説などは省かせていただきます。あと2話で、ステラが主人公を務めるenigmatic DESIREは終わりを迎えます。それ以降も続いていきますので、またよろしくお願いいたします。それではまた次回お会いいたしましょう。