Part.5 訪い、問われ
ゴールドがドローンになってから3日ほど経った。ロック解除作業は順調に進んでいるようで、他の作業に人員を割けるようになったようだ。そんなわけで手の空いた者に、回収したタンクの中身について話してみたところ、大いに喜んでいる様子だった。その後は何やら専門的な話になってよくわからなかったが、わかる部分だけ聞いてみると、そのエネルギーを量産する話になっているようだった。その話はすぐに頭目の元まで行き、私は結構な額の褒賞と、2日間の休暇を与えられた。頭目曰く、たまにはリラックスも必要だろ?とのことだった。折角与えられた休暇だ。ゴールドにもアガルタの景色を見せてやりたいから何処かに出かけるとしよう。
「というわけで出かけるぞゴールド。」
『急だな。まあ確かにこのアガルタの景色は見てみたいな。よし、行こう。』
「そうと決まればすぐ行くぞ!吹き溜まりでもアガルタには良いところがあるんだぜ!案内してやるよ!」
随分とあっさり決まったが、そんなわけで私はゴールドと出かけることになった。彼が何に興味を示すか分からないが、取り敢えず色々触れさせてみれば何か興味を持つだろう。本当はここだけではなく上の階層にも連れて行ってやりたかったが、鍵師のいない今では無理な話だ。ハカセの偽装認証レベルを借りても良いのだが、作業に集中しているハカセに話しかけるのは、はっきり言って危険なのである。以前作業中のハカセに話しかけたことがあった。彼の気に障ることを言ったつもりは無いし、変なことを聞いたわけでもない。だが彼は話しかけられた瞬間に、無言で私に向かってドライバーを投げてきた。私の眉間を正確に捉えた真っ直ぐな投擲だった。あの時咄嗟に弾いていなかったら、私は重傷、悪ければ死んでいたかもしれない。あの投擲を使って戦闘に参加してほしいのだが…。
私とゴールドはアガルタの街を歩いていた。吹き溜まりのアガルタにもある程度の秩序はあるのだ。因みにここは、私達通り屋の支配領域であるアガルタの北部である。
「やあステラさん。珍しいね、今日は休みなのかい?」
「ステラ、今日は暇なのか?だったらウチに寄ってけよ。」
「あ、ステラねーちゃんだ!オレたちとあそんでよ!!」
資材屋のにーちゃん、酒場のおっちゃん、元気のいい子供たち…、久しぶりに街に出た私を様々な人が出迎えた。
「ようみんな!元気そうだな!いやあ久しぶりの休みを貰ってな、マスターのところに顔を出そうと思ってるんだ。明日相手してやるから今日は勘弁してくれ。」
「まあそういうことなら仕方ないな…。そういえば横で浮いてるそれは何だ?」
おっちゃんがゴールドを指さした。
『俺はゴールド。しがないAIだ。つい最近コイツに拾われた。』
ゴールドは機械的に淡々と答える。人間じみたところがあると思ったが、こういう機械っぽい部分もあるのがこのゴールドなのだ。
「AIねぇ…。小難しいことはよくわからんがこれからよろしくな。俺はルイ。ガルーダって酒場の店主をやってるんだ。」
「珍しいタイプのドローンだな…。ああ、僕はアントニー。資材を取り扱ってるんだ。ところで君の体、明日でいいからよく見せてくれないかい?」
「スゲー飛んでる!カッケー!オレはジョージ!アガルタでガキやってる!なあなあ、俺も飛ばせてくれ!」
みんなゴールドに興味を持ったようだ。明日は私もゴールドも忙しい日になりそうだ。特に機械好きのアントニーは一度火が付くと非常に長く拘束されるし、ルイに捕まると彼の様々な話に付き合わされるのだ。まあそれは明日の話である。今日は行くところがあるのだ。
「じゃあそろそろ行くわ。じゃあ明日な!」
そう言って私はゴールドと一緒にその場を去った。
『随分と元気のいい奴らだったな。とても吹き溜まりの住人とは思えん。』
「まあそう思うのも当然だよな。私達の支配領域はアガルタでも結構安全な場所なんだ。通り屋もみんなを縛ろうなんて思ってない。だからある程度自由にさせてる。」
『通り屋の支配領域、ということは通り屋以外にもアガルタの支配者がいるということか?』
「そういうこと。まあ詳しい話はここでするとしようか。」
そんな話をしているうちに私とゴールドは一軒の建物の前に辿り着いた。『スモーキーゴッド』という看板が掲げられた建物に入ると、無愛想なオッサンが出迎えた。
「…珍しい顔だな。久しぶりじゃねえか、激甘コーヒーの嬢ちゃん。今日は何の用だ?」
「久しぶりだな。今日はマスターのコーヒーを飲みに来たんだ。いつもみたいに砂糖とミルクいっぱいのやつをな。」
私はそう言ってカウンター席の真ん中に腰かけた。私とゴールドとマスター以外にこの店にいるのは、うつむきながらファイルを眺めている白髪の男と、コーヒーをチビチビ飲んでいる爺さんだけだ。
「へいよ。ちょっと待ってな。まったくよ…、薄いコーヒーの嬢ちゃんといい白湯のチビといいお前のとこにはマトモなコーヒーを飲む奴はいねえのかよ…。」
「今度ヴァーミリオンの奴を連れてこようか?あいつなら気に入ると思うけど、拘りの強いあいつを連れてくるのは難しいだろうなぁ…。」
「そいつ連れてきたら一杯サービスしてやるよ。勿論濃いやつをな。ところで…、その横で浮いてるのは何だ?」
『唯のAI、ゴールドだ。最近コイツに拾われた。』
「へえ…。コーヒーは出せないが、油ぐらいなら差してやろうか?」
『気持ちだけ受け取っておこう。』
「そうかい…。ほらできたぞ。いつもみたいに砂糖とミルクたっぷりの激甘だ。」
マスターはそう言って私の前に薄茶色の液体が入ったカップを置いた。その香りは明らかにコーヒーのそれだが、どう見てもそれはコーヒーの色ではない。これが私のお気に入りなのだ。飲もうとした瞬間にゴールドがカップに水色の光を照射した。
『これは…、砂糖とミルクは合成甘味料だが、コーヒーは本物だと…?マスター、このコーヒーを一体どこで手に入れた?』
「ほう?お前、ゴールドって言ったか?機械の癖にわかってるじゃねえか。コイツは俺が育ててる樹から採れたものだ。本物のコーヒーを扱ってるのはアガルタを探してもここだけだ。」
『なんと…。これほど上質なコーヒーは珍しいな…!マスター、俺にもコーヒーをくれ!勿論ブラックで!』
「おいバカ!勝手に注文するな!私はブラック飲めないんだぞ!てかお前なんで乗り換えたとき並みに興奮してるんだよ!?」
『…ハッ!?すまない、少し興奮してしまった。何故だろうな。コーヒーとなると何故か気持ちがざわつくんだ…。すまないマスター、やっぱりコーヒーはいい。』
「ああ…。でもこんなにコーヒーに関心を持ってくれた奴は初めてだ。お前は飲めないだろうがこれを持って行ってくれ。」
そう言うとマスターはコーヒー豆が入った瓶をどこかから取り出してゴールドの籠に入れた。こんなに嬉しそうなマスターは見たことがない。
「そういえばマスター、一つ聞きたいことがあるんだ。」
コーヒーの香りがする甘い飲み物を少し飲んだ後、私はマスターに尋ねた。
「俺に聞きたいこと?まあいいや、言ってみな。」
読みかけの本に栞を挟んで、マスターは私の方を向いた。
「…最近ここにラプサの奴が来なかったか?」
「…どういうことだ?その言い方だと、最近会ってないのか?」
「…ああ。拠点にも、最近顔を出してない。」
私はマスターに行方不明になっている鍵師、ラプサのことについて尋ねた。この店によく顔を出していた彼女について、マスターなら知っていると思って尋ねたのだ。
「…生憎だが、俺も薄いコーヒーの嬢ちゃんを最近見てない。間を空けても2日ぐらいだったあの嬢ちゃんが6日も来ないから、俺もお前に聞こうと思ってたんだ。」
どうやらマスターもラプサについては知らないようだ。そうなるとより一層彼女のことが心配になる。彼女は一体どこで、何をしているのだろうか。
それからしばらくコーヒーを飲んでいると、不意にゴールドが話しかけてきた。
『こんな時に聞くのはどうかと思うが、先ほどの話の続きをお願いしたい。』
「先ほどの話…?ああ、通り屋以外の支配者のことか。悪い、すっかり忘れてた。」
ラプサの話があったせいで、後で話すと言ってあったゴールドへの説明をすっかり忘れてしまっていた。
「まあ説明って言っても話すことは全然ないんだけどな…。」
『構わん。簡潔なのは良いことだ。』
「わかった。じゃあまず私達通り屋以外の支配者、二人いるんだけど、そのうち一人について詳しいことは誰も知らない。でも、そいつが支配してるっていう東の方にある廃墟都市には近づくなって言われてる。」
『東の廃墟都市、か。聞く限りでは相当物凄いのがいるんだろうな。』
「行こうとか思うなよ。そこに入ったやつはみんな帰ってこなくなったからな。」
『まあそれについてはこの際どうでもいい。本題に入れ。』
「そうだな。そのもう一人は通り屋よりも大きい組織を束ねているんだ。私たちの街、東部の廃墟都市、それ以外の領域全部を支配している奴らは『王国』、そしてその頂点に立つのは『グリーク=オルト』っていうやつだ。」
王国の支配者グリーク=オルト。アガルタの誰もがその名前を知り、そして恐れている。彼は11年前に突如としてアガルタに現れ、それまで争っていた強者たちをすぐに従えて王国を形成した。そして瞬く間にアガルタの全域に勢力を広げた。その時王国の支配に抗った者達を頭目が纏め上げ、出来たのが通り屋である。それから今に至るまで、通り屋と王国の争いは続いているのだ。
『なあ、どうして当時の強者たちはグリークに屈服したんだ?強者と謳われる者達が新参者に従うとは思えないんだ。』
「まあそう思うのも無理はないよな。奴がどうしようもなく強いっていうのもあるけど、奴は厄介なデザイアに目覚めていてな。…奴が叩きのめした仲間がアイツに従う操り人形みたいになってたんだ。それを使って従えたんだろうな。」
『なるほどな…。それが君たちの敵、王国にグリーク=オルトか。』
「そう。どうしようもない敵だけど、私達も奴らに負けないくらい強いんだ。だからずっと抵抗出来てるんだ。」
話し終えた後、私は残っている、すっかりぬるくなってしまったコーヒーを一気に飲み干した。
「マスター、私そろそろ帰るわ。ごちそうさん。相変わらず甘くて美味かったよ。」
口の中に甘さがまだ残っているうちに、私は代金である300アルムをカウンターに置いて席を立った。
「おう…。またいつでも来な。次はブラックでも飲んでみるか?」
「遠慮しとくわ。私苦いの得意じゃないし。」
『マスター、コーヒーをどうもありがとう。帰ったらありがたく頂こう。』
「おいおい…。気持ちはありがたいが、お前は飲めないだろ。」
『ふむ、それもそうだな。ならヴァーミリオンにでも飲ませておこう。』
「話し終わったかー?じゃあ行くぞゴールド。じゃあなマスター。」
私とゴールドは店の外に出て行った。
私たちが去った後の店内で、うつむいていた白髪の男がマスターと話していた。
「…今の女と、ドローンは?」
「ああ、うちの常連の嬢ちゃんだよ。甘口しか飲めないお子ちゃまだけどな。あのドローンは今日始めて来るが、悪い奴ではないだろうな。」
「…ほう、どうしてそう思う?」
「コーヒー好きに悪い奴はいねえよ。それ以上の根拠はいらんだろ?」
「…まあいい。それよりもマスター、私もそろそろ行く。美味かったぞ。」
男はそう言って代金をテーブルに置き、無言で店を出て行った。店を出た私たちをじっと見つめていた男は、しかしすぐに振り返り、私たちとは反対側に歩いて行った。その後、店に二人連れの客が入っていった。
次の日、再び街に繰り出した私とゴールドは早速ジョージを始めとした子供たちに囲まれた。彼らにもみくちゃにされ、疲れ切った私はルイに、少し高く浮遊して子供たちを回避していたゴールドはアントニーの華麗なジャンプによって捕らえられた。その後10時間ほどルイの愚痴や世間話に付き合い、解放されてゴールドと合流した時、彼は妙に怯えた声で呟いていた。
『不用意な分解は…、事故を招く可能性があるって…、言ったのにアイツ…、元に戻すときに…、ネジ余らすって…、ふざけんなよ本当に…。』
何をされたのかは考えたくないが、よっぽど酷い目にあったようだ。
「…もう帰ろう。そんで今日はもう寝よう。明日からまた仕事だし…。」
『そうだな…。まさか機械の俺がここまで疲労を感じるとは思わなかった…。』
疲れ切った私たちは拠点へと帰っていった。今日はすぐに眠れそうだ。
一仕事終えて帰ってきたヴァーミリオンの前に、ゴールドが湯気を立てたカップを運んできた。
「…何のつもりだ?」
『今日の収穫だ。余計なお世話かもしれないが今日マスターに貰ったものをステラに淹れさせた。お前が特定のインスタントしか飲まないのは知っている。だがたまにはドリップも悪くないと思うぞ。せっかくだから飲んでみたらどうだ?』
「だから俺はアレ以外コーヒーとは認めん。だが飲まずに捨ててしまうのはマスターとやらに申し訳ない。飲むだけ飲んでやる。満足はしないだろうがな。」
ヴァーミリオンはカップを手に取り、コーヒーを少し飲んだ。途端に彼は目を見開いた。
「これは…!いや、しかし俺は…、俺は、アレ以外をコーヒーと認めるわけには…、しかしッ…、これは、明らかに…。」
『おいどうした?大丈夫か?』
ヴァーミリオンは無言でコーヒーを飲み干し、カップをゴールドの籠に入れた。
「俺はアレ以外コーヒーとは認めない。その考えは今でも変わらない。今飲んだそれはコーヒーを超えた何かだ。つまりこれはコーヒーではない!よって俺の中のコーヒーはアレだけだ!アレだけなんだ!!」
そう言ってヴァーミリオンは部屋に向かっていった。
『…何をムキになっているのかは知らないが、彼とは楽しく語り合えそうだ。』
一人残されたゴールドは少し嬉しそうに呟いた。
皆さまこんにちは。縁迎寺 結でございます。この度は第5話をご覧いただきありがとうございます。今回より作品を毎日18時に投稿させていただきます。今後とも私の作品をよろしくお願いいたします。さて今回は、このマグナ・バベルにおける通貨である『アルム』について解説していきます。アルムの価値は日本円とほぼ同等であり、1アルム=1円と考えていただいても差し支えありません。アルムが流通しているのはマグナ・バベルの全階層共通ですが、当然ながら各階層ごとの物価は異なってきます。具体的な例を挙げれば、アガルタでは約2~3万アルムで1か月生活できるのに対し、居住区『マゴニア』に住んでいる一般市民は約10~13万アルムで1か月生活ができ、更に上級居住区である『ザナドゥ』に住んでいる貴族と呼ばれる上流階級の住人は
約16~22万アルムで1か月生活ができます。そう考えると、コーヒー1杯で300アルムもするスモーキーゴッドはアガルタ内ではそれなりに高い店ということになります。まあ完全合成品のインスタントコーヒーが一般的であるマグナ・バベルにおいて、天然物のコーヒー豆を使っているにしては、むしろかなり安い方であると言えるでしょう。そんな貴重なコーヒー豆を『コーヒーに対する熱意を感じた』という理由で譲るマスターも、かなりコーヒーに対する愛がある人物なのでしょう。それでは今回はここで締めさせていただきます。それではまた次回お会いいたしましょう。