Part.3 説き、解かれ
『そういえばいくつか聞いておきたいのだが。』
「んぁ…。何だよ…まだ何かあるのかよ…。」
作戦後の疲労が溜まっている上に、容赦なく飛んできたAIからの言葉の濁流によって更に疲弊している私にAIが訪ねてきた。
『先の作戦でヴィシャルが使っていたあの黒い霧は何だ?それにここは何処だ?あの研究所よりもかなり下に位置するようだが…。それにここも何か妙だ。広大だが四方が壁に覆われている。つまりここは巨大な建造物なのか?』
「わかったわかった…。落ち着け。順を追って説明してやるから少し落ち着けよ。AIの癖に落ち着きのないやつだなお前は…。」
そこまで言ってから、私はあることを思いつく。
「なんかなぁ…。『AI』とか『お前』って呼ぶのは何か不便な気がするな。これから付き合いも長そうだし。お前名前とか無いのか?」
『俺の名前か…。悪いが思い出せない。さっきも言ったと思うがメモリーが殆どロックされていてな。自分のことも思い出せない状態なんだ。俺にかかっているロックを解除できれば何か思い出せるかもしれん。』
ロックされている、と聞いて私は真っ先に、今はいないあいつを思い浮かべた。だが、いつ帰ってくるかわからない彼女のことを待ち続けるわけにもいかない。だから今、ハカセを筆頭に技術班のみんながロック解除作業に勤しんでいる。だがかなり複雑なロックだそうで、完全解除には10日ほどかかるらしい。自分は詳しくないのでよくわからないが、作業風景を少し見たとき技術班のみんなは死んだ目で作業をしていた。
『だが名前か…。そうだな、名前なら君が決めてくれ。どうせなら洒落たものを頼む。』
AIの名前のことなどすっかり忘れていた私は、彼の言葉によって思い出した。
「え?私が決めるのか?参ったな…、そういうの得意じゃないんだけど…。」
名付けか…。わかりやすいのが良いのだろうが彼は『洒落たもの』という追加注文を付けてきた。そういえば彼は金ぴかのタブレットに入っているな…。
「…成金とかどうだ?」
『却下だ。ふざけているのか?成金と呼ばれ続けたら気分が悪いだろう。』
「だよなぁ…。」
まあ当然だ。私だって成金と呼ばれ続けるのは何か嫌だ。ではこれならどうだ。
「…じゃあゴールドとかどうだ?」
『ふむ…。まあ悪くないだろう。何の捻りもないがシンプルで良い。では記憶が戻るまで私はゴールドだ。』
AI改めゴールドは納得した様だ。これ以上却下されていたら何も思いつかなくなるところだった…。
『さあ、というわけで色々と話してもらうぞ。』
ああそうだったすっかり忘れていた。私は咳払いをしてゴールドの方に向き直る。
「少し話が長くなるぞ。私は説明が得意じゃないからな。」
『いいから話せ。別に長くても構わん。』
「じゃあまずはヴィシャルの黒い霧から…。」
私は説明を始めた。ヴィシャルの出す黒い霧は、彼のデザイアである『ブラック・アウト』の力によるものである。デザイアとは一部の者が覚醒している力であり、覚醒者は人智を超えた異能の力を振るうことができる。彼のブラック・アウトは『光を一切通さない闇を孕んだ霧を発生させる』という力を持っている。デザイアの覚醒についてはあまり詳しいことはわかっていない。前にハカセが講義してくれたことによれば、抱いた『人格に影響が出るほどの強い欲望』という『鍵』が『先天的に備わっているデザイアの素質』という『鍵穴』と合致すれば、その者はデザイアに覚醒するという。その性質上、覚醒者はかなり希少である。
「と、まあこれぐらいかな。難しい質問はやめろよ?答えられないからな。」
『わかった。なら簡単な質問をさせてもらうが、君は覚醒しているのか?』
「覚醒はしてないよ。私は唯の人間さ。」
『ほほう…。では君のあの身体能力は、あの体術は何だ?あれは明らかに唯の人間が為せる業ではないと思うのだが。』
私は少し意外に思うとともに、まあそうだよなと思った。自分は当然のように使っているが、何も知らない者からすれば十分に人智を超えた体術であろう。
「あれは『アームズアーツ』だ。要は格闘技だな。『素手でも武器を使う』っていうのがコンセプトになっている。」
『なるほどな…。まあそれについてはまた別の機会に聞くとしよう。それよりも次だ。ここは一体どこなんだ?』
アームズアーツについて説明しようとしたところで、ゴールドが別の質問を投げかけてきた。
「まったく仕方ないな。ここが何処かだって?それもわからないってなると相当ロックされているんだろうな…。まあいいや。」
私は再び説明を開始した。ここが何処か?と問われればアガルタにある我らが通り屋の拠点である、と答えるしかない。あえてより詳しく説明するのであれば、ここはマグナ・バベルの最下層『失楽区アガルタ』であると答えるしかない。因みに先程の回収作業の舞台となっていたのは、ここより七層ほど上に位置する『研究区シボラ』である。10の階層に分かれたこの塔には、数億もの人々が暮らしているらしい。らしいというのは、私たちのような吹き溜まりの住人には決して知りえる情報ではなく、数億という数も誰かから聞いた話を元にしているだけなのだ。だから実際にはもっと多いかもしれないし、もっと少ないかもしれない。
「まあこんなもんだろ。これ以上話すこともないし。」
『いや、一ついいか?何故このアガルタにいる連中は上の階層に住まないんだ?察するに
居住区などはあるんだろう?』
まあ何も知らなければそう考えるのも当然だ。勿論可能であれば上の階層に住んでいる。聞いた話によれば、まだ居住区の許容人数には余裕があるらしい。でもできない。そればかりは決して出来ない理由があるのだ。
「レベルだよ。私みたいな吹き溜まりの住人も含めた全市民にはそれぞれレベルっていうのがあってな。それぞれの階層ごとに定められたレベルに達していないと『秩序使』にしょっ引かれちまう。」
『秩序使とは何だ?』
「一番上でふんぞり返ってるお偉いさんの犬だよ。奴らは私達みたいなのが大嫌いだそうでね。自分たちの庭にいることが気に入らないのさ。そういうのを見つけては、二つほど上の監獄にぶち込むんだ。因みに私たちの持ってるレベルはC。そんで居住区に入るにはBが必要なんだ。つまり私たちはこうして吹き溜まりで過ごすしかないんだよ。」
自分で説明していても気分が悪くなる。誰が決めたかもわからないようなレベルに縛られて、灰みたいに色のない人生を強いられる。
『そうか…。待て、なら君たちはどうして上の階層に侵入して回収を行えているんだ?居住区に入るレベルすら持っていないのに研究区に入れるわけがないじゃないか。』
更にゴールドが疑問を投げかけた。
「それについては色々あるんだけど…。まずはレベルの偽装だな。でもこれはリスクが高めでな、レベルBとかだったら大丈夫なんだけどAとかSともなればすぐにバレる。だから基本的には『鍵師』の力を使っている。まあ今はいないから代わりにハカセが一時的に認証システムをハックして通れるようにしてくれている。」
『鍵師?そいつは一体何だ。』
「うちの鍵師が持ってるデザイア『マスター・キー』っていうんだけどな、そいつが中々便利でな。そいつを使えばどんなセキュリティも楽々突破できるっていうスグレモノよ。まあ今は出払っていて、いつ帰ってくるかわからないんだけどな。」
『なるほどな…。よくわかった。色々とありがとう。』
ゴールドは少し満足そうな様子で私に感謝の言葉を述べてきた。
「別にいいって。大したこと教えてないし。」
『ところでステラ、一ついいか?』
「ん?どうかしたか?」
ゴールドが少し弱そうな声で何かを聞いてきた。
『そろそろタブレットのバッテリーが切れそうなんだが、充電できる設備は無いのか?バッテリーが切れると非常にまずいことになる。』
「えっ…。どういうことだ?」
『俺はタブレットに人格を表出させているわけなんだが、このタブレットの充電が無くなったら俺の人格が消えてしまう可能性がある。俺はそういうところがかなりデリケートなんだ。だから早く充電させてくれ。』
…思ったよりもかなり深刻だった。どこがどのようにデリケートなのかは知らないが、人格が消えてしまうのは非常にまずい。なので早く充電してやりたいところなのだが…。
「なあゴールド。本当に悪いんだけど、今は充電してやれないんだ。」
『…こんな時に悪い冗談はよせ。』
彼はそう言っているが、これは冗談などではない。現在技術班が行っている解除作業はかなり電力を使っている。拠点のブレーカーが落ちるかどうかのギリギリのところなのだ。これ以上電気を使うな、というお達しを技術班から受けている。現在10日分の電力を賄うための自家発電装置を手の空いた面々が準備しているが、その完了にも2時間はかかるそうだ。
「…因みにあとどれぐらい持ちそう?」
不安になった私はゴールドに聞いてみた。
『…1時間程度だな。』
彼は沈んだ声でそう答えた。ここに着いた時の態度が大きい彼はもうここにはいなかった。
拠点の外では、手の空いていた回収班と戦闘班の面々が自家発電装置の準備を進めていた。
「よし!組み立ては終わったな!次は実際に動かして電力が生み出せるか試すぞ!ヨシュア!アゼカ!疲れてるところ悪いけど実際に機械を動かしてくれるか?」
「了解しました班長!でも動かすって、どうやってですか?」
ヨシュアが投げかけた疑問に対して、ヴァーミリオンは機械の一部を覆っていた布を剥がした。布の下から、自転車のペダルのようなものが付いた装置が現れた。
「これを漕いでもらう。反対側にも同じのがあるから、そっちはアゼカにやってもらおう。」
「これはまた随分と原始的な…。それに作業明けにすることにしては中々ですね…。でもわかりました。さっさと終わらせて今日はもう寝ます。」
そう言ってアゼカは反対側の装置に向かった。しかし反対側に向かう途中で、アゼカは猛スピードで走るステラに轢かれて吹き飛んでいった。
「何かぶつかった!?ごめん!ちょっとゲヘナ行ってくる!!」
ステラはそう言って走り去っていった。その手には金ぴかのタブレットが握られていた。
「…何か急いでるみたいでしたね。それよりもアゼカは?」
「…ダメだな。完全に気絶してる。仕方ない。代わりに俺が漕ごう。」
この後二人は2時間ほどペダルを漕ぎ続けていた。それによってしばらく分の電力は溜まったのだが、力を使い果たしたヨシュアはその場で倒れ、ヴァーミリオンはフラフラした足取りで拠点に入っていった。
皆さんこんにちは。縁迎寺 結です。この度は第3話をご覧いただきありがとうございます。今回も世界観や設定について簡単に解説させていただきます。今回はタイトルにも付いている『デザイア』について解説させていただきます。とは言っても本編中でステラさんが簡単なことを話してくれたので、今回は少し踏み込んだ内容を解説させていただきます。まず最初にデザイアの力についてです。確かにデザイアは覚醒者に強大な力を齎しますが、覚醒者は何かしらのデメリットを背負うか、デザイア自体を制御することができません。例えばヴィシャルの場合、黒霧の放出能力を持っていますが、彼自身も黒霧の中では視覚を完全に遮断されてしまいます。これではせっかくのデザイアもただの一発芸能力です。そこで登場するのがデミア博士のゴーグルです。このように、外付けのデバイスなどで欠点を克服したり制御ができたりすることが意外と多いのがデザイアなのです。しかし中には、どうやっても欠点の克服や制御ができないデザイアもあります。そういったデザイアは例外なく強大な力を持っています。そしてそのデザイアを制御できる者こそが、強者と呼ばれる存在なのです。今回はこの辺りで締めさせていただきます。それではまた次回お会いいたしましょう。