Part.5 爆怒離別
路地裏に駆け込んだ俺の後を、ウサギを抱えたラプサが追ってきた。
「どうしたのアトラさん!急に走り出してさ!」
そう聞いてくるのも当たり前だろう。突然吐いたりすれば誰だって驚く。だが俺はあの違和感に耐えられそうにも無かった。
「すまない…。急にこんなことして。もう大丈夫だ。とにかく、心配かけて悪かった。」
俺は咳払いをし、大丈夫であるかのように振舞った。しかしまだ、俺の精神状態は不安定なままだ。
「それにしてもどうして急に吐いたりしたの?具合悪いの?」
「俺にもわからないんだ。でも、あの女と目が合った時に何やら妙な物を感じてな。」
「妙な物?…確かに私も何か変な気がしたけど、そんなに気分が悪くなるものじゃなかったよ?」
実際にどうして急に気分が悪くなったのかは自分でもわからない。ただ、自分の思考よりも遥かに深いところにある何かが、あの視線を拒絶していた。とはいってもいつまでもここで突っ立っていても仕方がない。
「もう大丈夫だから…。行けるところに行くぞ。ひとまずアガルタに戻ろう。」
「あ、うん…。もう大丈夫って言うんなら、行こうか。」
ラプサのデザイアを取り戻すために、俺たちはアガルタに戻ることにした。アガルタに戻るための転送機の元へ向かおうとしていたのだが、何やら人相の悪い男たちが近づいてくるのに気付いた。男たちは手に武器を持っており、明らかに平和的ではない。
「あ、いたいた。なあお兄さん。ちょっと話聞いてくれるか?聞かねえっつっても聞いてもらうんだけどな。」
「…お前たちは何だ?」
「イラプセルの秩序使でっす。ちょっとアンタに話があって来たんだわ。」
「秩序使だと?階級は?イラプセル支部など聞いたことが無いのだが…。」
「オイオイお兄さん、冗談はやめろって。」
「ん?不満ならこんなものもあるぞ。」
俺は懐から、秩序使なら誰でも持っているはずの『秩序使章』と呼ばれるエンブレムの付いた手帳を提示した。
「ほら、これでいいか?いいのならお前たちも出すんだ。」
規則として、秩序使章の提示を求められたら必ず提示しなければいけないことになっている。しかし男たちはあたふたしているだけだ。
「ん?おい、どうした?」
「…チクショウ!本物かよ!!」
「アトラさん!こいつら偽物だよ!」
なるほど。それもそうだ。まずイラプセル支部など存在しない。イラプセルの管轄はマゴニア支部だ。おそらく彼らは秩序使を騙ったろくでもない集団なのだろう。そう考えていると、相手は勝手にヒートアップしだした。
「こうなったら本物奪ってやる!やれ!この男を殺せ!その女はとっ捕まえろ!」
どうやら相手はやる気らしい。持っていた武器を振りかぶって襲い掛かってきた。所詮素人。大した脅威でもない。向かってくる男を受け流し、無力化する。やはり素人。見た目を固めても中身が伴って無ければ怖くはない。
「コ、コイツ…。女の方を狙え!」
集団のリーダーと思しき男が指示を出すと、男たちはラプサに襲い掛かった。これはマズい。俺はまだいいのだが、戦う手段を持たないであろうラプサは危険だ。俺は咄嗟にラプサを庇おうとした。
「グアッ!」
「アトラさん!!」
頭に強烈な痛みが走る。どうやらクリーンヒットらしい。少し視線を上げると、男がもう一撃を喰らわせるべく、金属棒を振りかぶった。次喰らったら無事では済まないだろう。しかし次の一撃が俺に当たることは無かった。瞬間的に周りの光景が、路地裏から何もない空間に変わった。
「え…。また転移した?」
「…やっぱり、そういうことなのか。」
どうやら俺の推測は正しかったようだ。俺に命の危険が迫った時に発動するというのがこの転移の発生条件らしい。もしかすると最初にザナドゥからアガルタに転移した時も、何か命の危機があったのだろう。それよりもここは何処なのだろう。今までは転居場所が屋外なのですぐに何処か分かったのだが、今回は屋内だ。これだけだは何処かわからない。
四方を見渡しても、コンクリートの壁が広がっているだけだ。壁に近づいて叩いてみたところ、かなり分厚い壁のようだ。そしてすぐ近くに、異様なまでに厳重に施錠された扉があった。
「…デザイアが使えれば、こんな扉一発なんだけどなぁ。」
「…早くデザイアを取り戻そう。そのためにも早くここを出よう。」
「ねえアトラさん。向こうの壁がひび割れてるよ!ここから出られるんじゃない?」
例え結果的に何もなくても、何もしないよりはマシだ。ひとまず壁を壊してしまおう。しかし突然、ひび割れた壁から何かを砕くような音が聞こえてきた。
「何だ?あの向こうに誰かいるのか?」
「…ねえアトラさん。廃都で感じたのと同じような気配を感じる…。何かヤバいのが来るよ!」
音が近づいてくるとともに、壁のひびが大きくなっていく。そして、分厚いコンクリートの壁が壊れた。
「ウアアアアアアアア!!!」
壁の向こうには手を拘束され、顔を全て塞がれた仮面を縫い付けられた『何か』が叫んでいた。その『何か』の腕には鋭い刃のようなものが刺さっている。その手にはコンクリートを砕いた時に付いたであろう粉末が付いていた。どうやら素手であの分厚いコンクリートの壁を砕いたらしい。そして、俺はこの場所に検討が付いた。
「オイオイ…。よりにもよって何でディーテなんかに、それも一番奥なんかに!」
「そんなこと言ってる場合じゃないって!どうにかして_____!」
ラプサが言葉を言い終わる前に、『何か』が地面を踏み砕いて飛び掛かってきた。運よく避けられたが、あの『爆発的』な突撃を身に受けたら無事では済まないだろう。そして一瞬だけ、塞がれた目の部分から黄金の光が漏れ出ていた。とすると、彼の爆発的な身体能力は、デザイアによるものなのか。身体能力を強化するデザイアは知っているが、あれほど強力なものは今までに見たことが無い。
「とんでもないな…。だが動きは単調だ!よく見れば回避も可能だ!」
「…どうやらそれだけじゃないみたいだよ。」
ラプサの言葉は正しかったことはすぐにわかった。黄金の光が漏れ出ている状態で男が叫ぶと、突然爆発が起こった。その爆発は壁にひびが生じた。もしかすると、あの壁のひびは爆発によって生じたものだったのだろう。しかし奇妙だ。ディーテがこんな危険なデザイアの覚醒者に何の処置もせずに収監することはありえない。ふと、『何か』の腕に刺さっている刃に既視感を覚えた。
「もしかして、あの刃は!?」
「だからそんなことしてる場合じゃないって!殺されるよ!」
「いやそれでいい!俺の転移の原因は、俺の死だからな!」
「何言ってるのよ!?」
ラプサはまだわかっていないようだ。後で説明してやらねばならない。そして俺はこの場所から転移すべく、再び突撃体勢を取った『何か』の前に立つ。そして『何か』が触れた瞬間、俺はまたどこかに転移した。そして転移してすぐに辺りを見渡す。ラプサにいい加減説明をしてやらなければならないからだ。しかしいるのはウサギだけで、どこを見てもラプサはいなかった。まさか最悪の事態が起こってしまったというのか。これまでの転移は運よく巻き込んでいただけで、この転移は俺だけが対象だったのだろう。ウサギは俺に掴まっていたから巻き込まれたのだろう。
「クソッ!ここは一体どこなんだ!ラプサは無事なのか!?」
最早何をすることもできない俺は、ただ叫ぶしかなかった。
お久しぶりです。昨日の投稿を素で忘れていた縁迎寺です。この度は第5話をご覧いただきありがとうございます。今回は監獄区ディーテについてお話します。マグナ・バベルの犯罪者が収監されるこのディーテですが、当然デザイアに覚醒し、異能の力を振るう犯罪者も収監されます。何をするかわからない囚人に対しては、デザイアを封じる特殊な道具を使っていますが、その詳細は研究区シボラにいる開発者しか把握していません。そしてこの階層の奥深くには、強力無比な覚醒者を封印している部屋があるのです。因みにこの階層の管理者である監獄長アケロン=シャバラは、秩序使のトップです。それでは今回はこの辺りで締めさせていただきます。それではまた次回お会いいたしましょう。