Part.3 不可邂逅
温かな日差し、そよぐ風、そして嗅いだことのないような不思議な匂い。その全てが今の俺を戸惑わせる。暴れる大男に殺されたと思ったら、俺は大自然の中にいた。
「アトラさーん!どーこー!?」
遠くでラプサが叫んでいる。彼女もここに来ていたのか。流石に放っておくわけにはいかないので、彼女の下に向かうことにした。
「ここだ!お前も来ていたんだな。」
「見つけた!アトラさんもいたんだね!でもここは…。」
「マグナ・バベルでこうなってるのは一か所しかないだろう。」
「そうだよね…。でも何でここに、ブロセリアンドなんかに…。」
俺たちはどういう訳か自然保護区ブロセリアンドに来ていた。特殊な転送機を使わなければ入ることすらできないこの区画に、どういう訳か俺たちは来ていた。
「ねえアトラさん。もしかしてデザイア使った?」
「まさか。俺はデザイアに覚醒してないんだぞ。ん?そういえば…。」
俺はあることに気付いた。そういえば俺がアガルタに来てしまった時も唐突だった。自分でも訳の分からないうちに知らない場所に飛ばされる。自在に転移を操るデザイアの話は聞いたことがあるが、少なくとも俺の知り合いにはそんなデザイアの覚醒者はいない。それにそんなデザイアの覚醒者の恨みを買った覚えもない。
「一体どういうことなんだろうな…。なあおま…。」
ふとラプサのいる方向を向いておくと、彼女は何やら少し離れた場所で耳の長い小動物と戯れていた。アレは確かウサギ、だろうか。図鑑でしか見たことが無かったので、どうなのかはわからない。だが俺の記憶にあるウサギと違って、額に小さな角のようなものが見える。
「何してんだお前。」
「アトラさん!なんだかよくわからないけどこの子すごいフワフワだよ!アトラさんも触ってみてよ!」
そう言いながらラプサがウサギ?を押し付けてきた。そのまま突き放すのもどうかと思ったので、一先ずウサギを受け取った。…重量のある毛玉を抱えているようだ。それになんだか温かい。心地よい温かみだ。なるほど、これは…。
「…。」
「アトラさん?おーい!聞いてる?」
「…ハッ!」
ラプサに頬をペシペシと叩かれて我に返った。まさか俺がこんな小動物に我を忘れることになるとは。いつの間にかウサギは俺の腕の中で居眠りしている。起こすのもしのびないのでしばらく抱きかかえておくことにした。
立ち止まっていても仕方ないので、その場から動いてみることにした。その道中で様々な動物を見かけた。それらは全て図鑑でしか見たことのない、しかし俺の記憶とは少し違う生物たちがいた。背中に小さな翼のような器官を持った馬、尖った尻尾の生えたライオン、頭が二つある鷹など、奇妙な動物が多くいた。そんな動物たちに紛れて、浮遊する眼球のようなものが見えた。その眼球の一部がこちらに近づいてきた。しかし何をするでもなく、付きまとっているだけだったので放っておくことにした。
「あのー。」
何か聞こえた気がしたが、俺もラプサも口を開いていない。気のせいだろう。
「あのー。聞こえてますかー?」
…いや、気のせいではないかもしれない。だが周囲を見渡しても、いるのは奇妙な動物だけだ。不思議に思っていると、後ろから肩を叩かれた。振り返ってみると、そこにはラフな格好をした10代中頃の少年が立っていた。
「うおっ!?君、いつからそこに!?」
「…君は誰だ?こんなところで何をしている?」
横でラプサが驚きで飛び跳ねていたが、俺は取り敢えずそれを無視して、少年に語りかけた。すると少年は一歩後ろに下がり、ペコリと頭を下げてから話し始めた。
「初めまして!ボクはシアー。自分自身を探すために色々なところを旅しているんです。アナタたちは見ない顔だけど、ひょっとして『外』から来たのですか?」
「おおう。これはまた丁寧にどうも。俺はアトラ=デモニア。秩序使だ。」
「こちらこそ初めまして。私はラプサ=ブラック。いい名前だね。」
「アリガトウございます!名前のこと褒められるの嬉しいです!この名前はボクらのお父様につけていただいたんです!」
俺はこの少年について少し考えてみた。仕事柄、こういった人間観察をしてしまう癖というのがある。だが考えていくうちに妙に感じた。この言葉遣いからして、この少年は相当育ちが良いのだろうと考えられる。育ちが良い者と言えばおそらくはザナドゥの市民だろう。しかしそれはありえない。俺はアンヘルズだった頃からよくザナドゥを巡回していた。その中でザナドゥに住んでいる市民については概ね把握している。しかし俺の記憶には、この少年はいない。こんなに喋り方に特徴のある少年のことなど、そう簡単に忘れられるわけない。考えれば考えるほど、わからなくなってくる。
「すいません、聞いてます?もしもーし。」
俺の思考はシアーによって遮られた。
「ああ、すまない。つい考え事をしていた。」
「それよりもアトラさんにラプサさん。ボクはアナタたちに言いたいことがあったんです!」
「ん?言いたいことって何?」
「その、アナタたちの周りで浮いてる目玉、あるじゃないですか。」
「ああ、この眼球のことか。それがどうしたんだ?」
「その、ですね。その目玉はここの管理者のデザイアなんですよ。その管理者、どうも許可のない訪問者が嫌いなんだそうで、こうして見覚えのないものを見つけると纏わりついてくるんです。」
「ふぅん。でも纏わりつくだけなら、別に何ともないんじゃない?」
「いや、大変なのはここからなんです。その目玉、ある一定以上の数を超えて密集すると、途端に大爆発を起こすんです。結構な威力なので凄く危険なんですよ!」
シアーの言葉に寒気が走った。ここの管理者である観測者ヴァース=ルーに目を付けられて爆発する?なんと理不尽な話だろうか。俺たちは理由もわからない転移によってここに迷い込んだというのに。そうこうしているうちに眼球は集まっていく。
「これ…、もしかしてマズい状況!?」
「どうやらそうらしいな…。おいシアー!シアー!?」
シアーがいつの間にかいなくなっている。辺りを見渡そうとするが、眼球に覆われてしまって何も見えない。その直後、眼球の集合が止まった。
「…ねえアトラさん。これさっきの廃都の時よりマズいかもしれない…。」
俺は最早何も言えなくなっていた。今度こそ終わった。俺は日常を投げ捨てられた果てに理不尽な理由で爆死するのだ。
「ああ…。終わったな…。」
直後、激しい轟音が鳴り響いた。
一日空いてしまいました。縁迎寺です。この度は第3話をご覧いただきありがとうございます。少し忙しかったため投稿ができないでいました。申し訳ありません。それでは今回は自然保護区ブロセリアンドについて話していこうと思います。この階層はマグナ・バベルの中にあるにもかかわらず、自然そのものといった様子です。今でも調査が進められており、管理者である観測者ヴァース=ルーの主導で調査が進められています。ここに住んでいる動物たちは不思議な特徴を持っており、その特徴は伝承で語られる幻獣と似通っています。調査は現在でも進行中です。それでは今回はこれで締めさせていただきます。また次回お会いいたしましょう。