Part.1 出合い、出会われ
想定していたよりもかなりあっさり潜入できた。自分で策を立てておいてなんだが、随分と当てにならないなと少し笑えてしまう。今頃仲間たちも準備ができた頃だろうか。そろそろ自分もやることやらないとな。潜入した部屋を見渡して少し考える。
(あいつらが動いて警報が鳴るまで10分程度か。それまでに適当なもの見つけて撤収しないと。)
私達は『回収』を生業としている。私達が普段は入れないような研究所などの施設や『貴族』共が住んでいる居住区などに特別な方法を使って潜入して、そこから適当なものを回収して私たちの拠点に帰る。そういったことを普段からやっており、成功も失敗も積み重ねてきた。だからこそ、こんなこともある。
「何も無いな…。参ったな、これじゃここまで来た意味が無いじゃないか…。」
このように、回収すべきものが見つからないということがたまにあるのだ。当然ながら何でも回収すればいいというわけではなく、回収対象は『組織の戦力となるか』という基準の元で決められている。私の所属する組織は別の組織との抗争中である。敵よりも優位に立つためには、より強力な物品の調達が必要なのだ。なので、部屋の棚に挿し込んであるファイルなど回収しても仕方がないのだ。もちろんファイルの中に入っている資料には、何か重要なことが書いてあるのかもしれない。だがどれだけ重要であろうと、組織のためにならなかったら何の意味もないのだ。こうして考えを巡らせているうちに警報の鳴る時間、撤収時間が迫っていた。
「このまま何の成果も無いとハカセと銃野郎に怒られてしまう…。仕方ないな、もうこの辺のよくわからん資料でも適当に…。」
『だったら俺を持ち出せばいいだろう。ホラ何をしているのだ。そろそろ時間だろう?』
突然男の声が聞こえた。私は周囲を警戒したが人影は見当たらない。そう、人影は。部屋の奥に設置されたモニターに人間のシルエットのようなものが映っている。声はモニターに取り付けられたスピーカーから聞こえた。
「…お前、誰だ?」
『悪いが俺にもわからない。メモリーが殆どロックされてしまっているからな。だがこれだけは言える。俺は人間ではない。AIというやつだ。だがずっとこの部屋に放置されてしまってな。そろそろ待っているのにも飽きてきたころに君たちがやってきたというわけだ。というわけだ。回収するものに困っているのなら俺を持っていけ。君のサポートぐらいはやってやる。』
スピーカーから飛んでくる言葉の波を飲み干すまで少々時間を要した。ある程度理解した後、少し言葉を詰まらせながら返した。
「あー、いやちょっと待て。私のサポート?悪いけどそういうのは間に合ってるから…。それにお前を回収する?いや無理だろ。私にそのモニターとスピーカーを持ち出せってか?」
『安心しろ。モニターの下に端子が伸びているだろ?その端子にその辺に置いてある適当なタブレットを繋げろ。俺がそこに移る。なに、移行はすぐに終わる。』
このAI完全に自分を回収させる方向で話を進めているな。でもこのまま収穫無しで帰るよりはこのAIを持って行ったほうがマシというもの。私はいくつか置いてあるタブレットの中から妙に目立つ金ぴかのタブレットを手に取り、モニターの下から伸びている端子に繋げる。すぐにモニターから人影が消え、電源が落ちる。代わりにタブレットが勝手に起動し、画面に人影が映る。私がタブレットを手に取った瞬間、警報が鳴り響いた。
『これでいいだろう。さあ早く撤収しろ。しかし何故わざわざ警報を鳴らしてから撤収するんだ?理解不能だな。これでは撤収のリスクを高めるだけだぞ。』
「いいんだよ。これが私達の流儀だ。」
AIからの質問を軽く流し、私は予め決めておいた合流ポイントに向かった。
「賊を見つけたぞ!囲め!!」
「侵入者を発見した!至急6階のエリアAに応援を頼む!」
ポイントに向かっている途中、この研究所の警備兵に囲まれた。誰かが応援を呼んだのか、更に警備兵が増えた。
「無駄な抵抗をするな!お前は既に包囲されている!」
『さあどうする?警備兵の数は17人。全員が武装している。それに対して君は素手だ。この状況からの逃走は難しいのではないか?』
確かに敵の数は多く、全員が武装している。しかし何の問題もない。
「お前ら、それぐらいで私に勝てると思っているのか?」
「ハハハ!何を強がっている!たった一人で何ができるっていうんだ?」
馬鹿にしたように笑う警備兵に向かって、私ははっきりと宣言する。
「たった一人で何ができるかって?お前らを捻り潰すことぐらいなら簡単に、な。」
「おのれ…。調子づくのもいい加減にしろよ!!」
警備兵の一人が手にした警棒を振りかぶってきた。まっすぐ私の頭部を狙った一撃だ。このまま当たれば間違いなく致命傷となるだろう。だが、それは当たらない。がら空きになった兵の腹部に軽く拳を入れる。それは痛みすら与えられないような軽い拳。しかしその拳は、屈強な警備兵を数メートルふっ飛ばした。ふっ飛ばされた警備兵はピクピクと痙攣している。
「…こ、この女を拘束しろ!!絶対に逃がすな!」
警備兵たちが一斉に私に向かってきた。余程驚いたのだろう。先ほどまでの馬鹿にするような態度はすっかり消え、代わりに彼らの目には強い敵意が宿っていた。向かってくる警備兵たちに向けて私は続けざまに蹴りを放つ。横に薙ぐように放たれるその蹴りは、当たると同時にプロテクターを裂き、吹き飛ばした。その様子を見て怯んだ警備兵の頭にすかさず拳を叩きこむ。拳が叩きこまれたヘルメットは空き缶を潰したようにひしゃげた。
「クソが!調子乗ってんじゃねぇ!!」
警備兵の何人かが銃を構え、私の足に向かって一斉に発砲する。弾丸を後ろに飛びのいて回避し、すぐ近くにいた警備兵を、銃弾の飛んできた方向に蹴り飛ばす。続けて真っすぐ飛んできた銃弾は蹴り飛ばされた警備兵に当たった。味方を撃ってしまい怯んでいる隙に警備兵たちに蹴りや拳を叩きこんでいき、遂に残っている警備兵は一人となった。
「何なんだ…。一体何なんだお前は…。」
怯えたように問う警備兵に私は答える。
「通り屋回収班長ステラ=レアス。この名前を来世まで持っていきな。」
私は警備兵の胸部に渾身の蹴りを入れた。心臓を正確に捉えた蹴りを受け、警備兵は断末魔もなく力尽きた。
皆さま初めまして。縁迎寺 結と申します。まずは私の作品を読んでいただいたことに感謝申し上げます。初めての執筆なので至らない点など多々あると思います。そこも含めて、温かい目で読んでいただければ幸いでございます。まずこの作品ですが、『何人かのキャラクターをそれぞれ主人公とした短編』を展開していくといった形です。そして今回の『enigmatic DESIRE』はその短編の1つ目である、ということです。特定の主人公は存在せず、その短編ごとに主人公となっているキャラクター全てが主人公であると言えます。取り敢えず今回はこれで締めさせていただきます。それでは、次回もお会いいたしましょう。