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白竜の狩人

作者: からす

持たざる者。成り損ない。生まれるべきではなかった。片割、片角…………白竜


「アレ」には色々な呼び名がある。そのいずれも「アレ」を侮辱する名であり、その名を口にする際には誰もが深く暗く醜い侮蔑の情念を込める。


彩どりに輝く鱗を持たず。岩を噛み砕く牙も持たず。鉄を切り裂く爪もなく、砦を一息で焼き尽くす火も吐けない。

故に持たざる者。

竜に生まれながら、竜にとっては当然のこともできぬ。

故に成り損ない。

骨のように白く、不気味で、おぞましい。

故に生まれるべきではなかった。

アレ以外の竜による迫害により、ただ一つの竜の証であった角を折られ、翼を片方もぎ取られ、輝く瞳の一つを抉り出された。

故に片割、片角。


同族に殺されかけ、棲み家を追放された、白く、弱く、醜く幼い、しかし純粋な竜。




 襤褸に穴を空けた服とはとても言えぬ布を一枚、頭から被り。白い脚を半分以上露出させ、巨大な鉄板に剣の持ち手を付けただけの、武器らしい何かを引きずって森の中を裸足で歩く隻腕の少女。

浮浪者。逃げ出した奴隷……にしては綺麗すぎる肌と、髪がどちらでもないと否定し。髪の間にわずかに見える、短く折られた角と縦長の金の瞳が、彼女が尋常のモノでないことを語る。


 その目の前に、少女の倍はあろう背丈の二足の獣が現れる。大きいのは背丈だけではない。厚い肉の鎧を着込み、丸太のように太い腕で細い木を引っこ抜いただけの武器を持ち。腹を空かせているのか、臭い涎を止めどなく垂らして、不揃いな牙を剥き出しにしている。

 貪欲に獲物を求めるその目には、少女は柔らかな肉にしか見えておらず。大顎を開き、ご馳走にありつける歓喜の叫びを天高く響かせ。手持ちの棍棒を振り上げ、微塵の情も見せずに振り下ろした。


 おお、哀れなことだ。この醜い獣の腕よりも細い可憐な少女は、棒の一振りで命を落とすか、力を失い生きたまま肉を貪られることになる。



 常であれば。


 ゴゥ、と空気を割きながら振り下ろされた必殺の棒は、少女を砕くことはなく、当たった先から砕け散った。まるで岩にでも叩きつけたように。

 叩きつけられた側は木屑を鬱陶しげに払う。そして、その痩躯の隻腕では動かすことすらできないはずの分厚く、重い鉄板を、小枝でも振るかのように軽々と振るった。

 刃も付いていない鉄板は、武器として使うなら鈍器であろう。しかし残像が残るほどの早さで振るわれたソレは獣の首を断ち切り、頭は宙に舞う。断面は鈍く、無理矢理に潰し切られたことから血はあまり出ない。

 もう一度、体に鉄板が振るわれる。今度は面で殴られ、その体は見えない大顎で食いちぎられたように血霧となって消滅した。


 少女は無感情な瞳のまま地面に落ちた獣の頭を拾い、来た道を戻っていく。

同族からは、持たざる者。成り損ない。生まれるべきではなかった。片割、片角…………人からの呼び名は、畏怖を込めて、白竜と。

 竜としては生きられぬ故に、己よりも遥かに脆く儚いヒトに混じり暮らすためにこうしてヒトらしい姿を取って、依頼を受けている。姿形はこうにしか変えられなかった。ままならぬものだ。


 鱗も牙も爪もない、竜とは呼べぬ何か。

 しかし髄力だけは竜のソレであるため、ヒトとしても生きられない。しかし竜種の誇りが獣に堕ちることをよしとしない、ひどく中途半端な存在になっている。



「お嬢ちゃん、一回いくらだ?」

「……」


 しかし、ヒトの形というのは生きづらいものだ。と彼女は思う。

 竜であるから衣を纏うという発想はなく、今被っている襤褸も邪魔なものでしかない。周りがうるさいので一応隠している、というくらい。それでもこういった羽虫が寄ってくる。


「いくらだって聞いてんだよ!」

「……」


 肩に手をかけられるも、そのまま引きずっていく。予想外の力に男が怯む。幼いメスに相手にされない。どころか、無様に引きずられて、見た目に相応しいちっぽけで安っぽい自尊心を傷つけられた男は、街中だというのに腰にぶらさげていた粗い作りの短剣を抜いた。


「無視してんじゃねえぞ!」

「……」


 しかし、少女は眉一つ動かさない。羽虫が騒がしい。しばらく静かだったのに。うるさい羽虫は潰せば黙ると知っている。だが、いちいち潰していては街に居られなくなるとも知っているだけに、そっとしている。


 これまた無視されて、怒りが限界に達した男が少女の前に立ち塞がる。避けて行こうとすれば、避けた方にまた立ち塞がる。邪魔だな、という言葉が彼女の心に浮かぶ。

 ここで初めて、彼女は男の顔を『視た』


「……」

「ごぶっ……!」


 害意、とまではいかなくとも、不快な感情を込めた竜の瞳に直視されて、理性が無事で居られる人間は少ない。目の前に山崩れが迫るような圧を瞳から注がれ、耐えきれず、発狂し、全身の穴という穴から血を噴き出して倒れる。

 死んだように見えるが、辛うじて生きている。蛇に睨まれた蛙を殺すかどうかは蛇次第。殺す気分でないのなら生かしておく。男は幸運だ。下賤な身であり、分相応の能力しか持たない分際で竜の気分を損ねて生き延びたのだから。


 プレッシャー、というステータスの低い相手を威嚇して遠ざける低級の技術。使用者のステータスが高すぎると今のように殺傷力すら持つ。軽く『鬱陶しい』と思っただけでコレだ。本気で『邪魔だ』と思っていれば、男は脳が弾け飛んで死んでいた。


 倒れた男を放置して、ギルドに入る。建物の中は酒場も兼ねており騒がしいが、彼女が入った途端にシン、と時が止まったように静まる。

 先の愚か者は知らなかったようだが、この街で彼女は大変に恐れられている。先の愚か者のように、『睨まれると死ぬ』と知っているから。だから誰もが目をつけられまいと動きを止め、息を殺し、嵐が過ぎ去ることを一心に願う船乗りのように、自分の命を握りしめて神に祈る。


 彼女は誰にも目を向けず、まっすぐ窓口に向かい、獣の首を机の上に放り投げる。


「こ、こちら報酬となります……おお、おたた、お確かめくだ、さい」


 死への恐怖に涙し顎をガチガチ鳴らし、机の向こうでは失禁しながら、それでも健気に引きつった笑顔を顔面に貼り付けて勤めを果たす受付嬢。なんと哀れ。感動するほどの職業意識の高さ。後で同情から金一封をもらえることだろう。


「……」


金額を確かめることなく報酬を受け取り、少女は無言で出て行く。

その直後、緊張が切れた受付嬢は気を失い、水たまりの中に倒れたらしい。

それを放置して、酒場は息を吹き返したように酒を飲み飯を食らう喧騒を取り戻す。


だが、少女は気にしない。象が蟻にどう思われているか気にしないのと同じように、彼女は竜。竜が人間にどう思われようが気にすることはない。笑い声を無視して寝ぐらへ戻って行く。



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