匂い
続きです
書きあがりました。
よろしくおねがいします。
「……うん」
ゆるゆると
夢の中から現実に引き戻される途中で
懐かしいような
安心するような
良い香りが鼻の奥をくすぐり
意識が一気に覚醒して
その匂いの正体を
明らかにする。
「男臭い」
そう、男性の体臭。
でも
淫魔の体になったためなのか
あまり不快に感じず
良い匂いに感じている自分がいた。
むくりと体を起こして
周囲を見渡すと
狭いながらも機能的に
机や椅子、本棚、
大きめのテーブルが配置された部屋の中にいることがわかる。
壁には大きな地図
いや水深まで記入してあり陸地部分が極端に少ないから海図?
が貼られ、その隣には船長さんのような服と帽子が掛けてあり
脇の窓からは光る水面と遠くには緑の陸地が見えた。
昨夜は夜通し飛び続け
力尽きて船上の荷物に隠れたはずであり
自力で動いた記憶がないので
どうやら誰かが船室まで運んで
ベッドに寝かせてくれたみたいだ。
船は水面を進んでいる様子はなく
ゆらゆらとわずかに揺れていて
その揺れが心地よく
意識は再び夢の中に旅立とうとする。
少し、ぼうっとしていたら
ドアがノックされ
よく通る低音で
「入るぞ」
の声が聞こえた。
慌てて
「あ、はい」
と返事をすると
入って来たのは
身長2メートル近くある大きな男の人。
髪は黒髪に白髪混じり、遠目にはグレーに見える。
目は黒く、肌は日焼けしていて海の男といった感じで
50歳から60歳くらいの、
顔は昔の海外映画に出ていたなんとか大佐の様な、かなり渋いイケメンだ。
黒いズボンに白いシャツの腕は捲られており
エプロンをつけている。
その手には大きなトレーを持っていて
美味しそうなご飯が二人分載っている。
挨拶を交わした後
勝手に船に乗ったことを謝罪しようとしたら止められ
朝ごはんを勧められた。
僕の前には
この世界に来て初めて見たまともなご飯が置いてある。
目も心もそれに奪われ、勧められるまま
夢中で口にする。
塩味の無い肉でも、苦い山菜でもなく
ちゃんと味のついた食べ物が
僕の舌を刺激した後
喉を通り、胃袋に入ると脳が歓喜し
涙が溢れ、嗚咽が漏れてくるが
食事をする手は止められない。
瞬く間に食べつくすを見て
男の人は替わりの
パンとスープを渡してくれた。
僕はそれを再び涙を流しながら夢中で食べる
という行為を繰り返した後
もらったお水を飲み
落ち着いて来たところで正気に戻る。
恐る恐る
男の人を見ると
彼は父親が小さな子供を見る様な
慈愛に満ちた目をしていた。
急に恥ずかしくなりどうしようか迷っていると
「初めまして、俺はこの船、カティーナ号の船長エイローだ」
優しい声で挨拶をしてくれた。
そうだお礼を言わなきゃ
その前に
自分の名前
名前?
前世の名前も忘れているのに?
この世界の事すらま、もまともに知らない。
自分が言えることは何もない。
そう思い、慌てふためいていると
名乗りはいいから
僕のことはすでに淫魔だと知っていて
悪いようにはしないから事情を教えて欲しいと言って来た。
信用していいのか迷う。
しかし
この世界に頼れる人もいない。
僕には失うものも無いが選択肢も無く
逃げ出してもどうしようもないのだ。
とりあえず、到底信じてもらえないだろう
転生や、死んだ後蘇生した(と思われる)事は伏せたまま
森にいる前の記憶はなく自分の名前はわからない事。
そのまま森で野犬に襲われたり、熊と遭遇しながらも
一週間くらい生活していた事。
警備隊を名乗る軍隊みたいな人たちが来て助けられた事。
基地に連れて行ってもらい寝ていたら
おそらく淫魔の能力が発現して
男の人を襲ってしまった事。
そのことにより『化け物』と銃撃された事。
慌てて逃げ出し夜通し飛び続け
力尽きてこの船に忍びこんで寝てしまった事を話した。
冷静に、淡々と話しているつもりだったけれど
この世界に知り合いも、頼れる人もなく
どこにも居場所がない事が不安で
話終わる頃には
再び涙が溢れていた。
結局、船長であるエイローさんの厚意により
この船で働ける事になった。
転生前、アルバイトで船に乗った事は無く
うまくやれるか不安もあるが
衣食住が保証させるので
森にいるよりずっといい
そう思いながら
エイローさんが準備してくれた服に着替え
船のブリッジへ向かった。
もう38部分になるのに
主人公の名前が出てこないって
ある意味
大変なことではなかろうかと
考えている今日この頃。
できれば次回くらいに
主人公に
新しい世界での名前を
つけてあげようかと思っています。




