蝉の真下
夏の光が届いた朝、
舗道の並木で蝉が鳴き出した。
梅雨が開けたかもしれない。
いよいよ夏が始まる。
冷蔵庫も、車も、庭のある家も、
何にもできてない。
家族も、勉強も、音楽も、
何にも進んでない。
蝉の鳴き声が並木に木霊する。
暑さでぼーっとした頭が、
よけいにふやける。
「わたしなんかでいいんなら、
聞きますよ」
ふやけて、溺れかけた脳が、
藁にもすがるように、
柔らかな声を掴もうとする。
「あのね……疲れたよ。
静かなところに行きたいよ」
苦しさに、昨日を吸い込んでは、
木霊の中に吐き出す。
蝉が命をかけて鳴く真下で、
命の無駄遣いをした。
静かなところなどない。
歩き出すしかない。