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華ノ探偵少女・反町友香  作者: 空波宥氷
3/27

峯楼館的猫模様

主な登場人物


・反町友香(ソリマチ ユウカ

中華街に暮らす探偵少女。中学2年生。

ピンク味の帯びた白い髪に、赤い瞳を持つ。

茉莉花茶が好き。



・青山清花(アオヤマ サヤカ

神奈川県警の刑事。友香の姉的存在。

英国人と日本人のハーフ。

灰色の髪色に青い瞳という身体的特徴を持つ。

愛車はナナマル(JZA-70)。



・李徳深(リー トクシン

シン。中華街で茶屋を営む情報通の男。

茶屋の名前は、峯楼館(ホウロウカン。

友香が幼い頃から親交があり、今では茉莉花茶を一緒に飲む仲。

何かと友香の面倒を見ている。

3


 日課を終えた友香は、自宅へと戻った。

 中華街大通りから路地に入り、さらに路地に入ったところにある商業ビルの2階。『神津探偵事務所』と書かれたドアを開け、中へと入る。その事務所こそ、彼女が暮らしている場所だった。

 赤レンガ倉庫からは、帰ってくるのに20分程かかった。その頃には、お日様がすっかり顔を出していた。

 ランニングから戻った友香は、シャワーで汗を流してから朝食を摂った。


 今日、家には彼女一人しかいない。保護者である叔母は、すでに仕事で出かけていたようだ。少女が帰ってきたときにはもういなかった。

 朝食後、歯を磨き終えると友香も外出の準備を始めた。

 財布と携帯、家の鍵をスカートのポケットに突っ込み、鞄を持つ。



「行ってきます」



 誰もいない部屋に一言残し、鍵をしっかりと閉め、目的地へと向かった。











 目的地といってもすぐ近くで、友香が暮らしている場所の真下にある茶屋であった。

 峯楼館ほうろうかん。少女が気に入っている店で、暇さえあれば訪れている場所である。

 closedの看板がかけられていたが、お構い無しに扉を開け、友香は店の中へと入った。扉に取り付けられた鈴が、チリンチリンと音を立てた。



「すまないが、まだ開店前だ」



 案の定、奥のカウンターから彼女を咎める苦言が聞こえてきた。

 しかし友香は、その声を物ともせずに返答した。



「私よ、シン」

「なんだ、アーユか」



 声の主は李徳深りー とくしん。この店の店主で、友香が信頼している人物の一人であった。

 店に侵入してきたのが知り合いだと分かると、シンは作業を止め、顔を上げた。



「いいお茶が入ったって聞いたんだけど、今貰ってもいいかしら?」

「ああ、勿論だ。ちょっと待ってろ」



 そう言って彼は急須を取り出し、お茶を淹れ始めた。

 友香は、手近にあった椅子に座り、その光景を眺めていた。

 彼女にとってお茶とは趣向品であり、趣味を同じくするシンとは仲良しだった。友香にとって彼の話は面白く、また気を張ることもない間柄であった。

 峯楼館は、彼女にとって落ち着く場所だった。



「待たせた」

「ありがとう。いただくわ」



 シンが茶器を友香の前に置く。

 湯気が白く立ち上がる茶器を手にし、友香が口をつけようとしただった。



「ミャーオ」



 小さな鳴き声が足元から聞こえてきた。驚き目を向けてみると、そこには真っ黒な猫の姿があった。



「あら、可愛い。どうしたのこの子?」

「店の前で怪我していてな。拾って看病しているところだ」



 シンが猫を拾い上げ、椅子に座りつつ膝に乗せた。

 猫の前脚には白い包帯が巻かれていた。



「ふーん」

(ペットは飼い主に似るって言うけど、正にその通りね)



 真っ黒な猫と、黒いスーツを纏ったシンを交互に見て心の中で苦笑した。



「名前は?もう付けたの?」

「ああ、病院に行ったときに訊かれてな。その時に考えた。黒い真珠をモチーフに、黒珠珠へェジュウジュウと名付けた」

「男の子?」

「女の子だ」

「綺麗な名前ね。ピッタリじゃない」



 黒珠珠は、シンの腕の中でキョロキョロと辺りを見回していた。まだ環境に慣れていないのか、それとも子猫特有の好奇心か。

 彼は子猫に目を落とし、微笑んだ。



「そうだな……初めは所詮は畜生とバカにしていたが、面倒見てると意外と愛着が湧くものなんだな。不思議なものだ」

「あら?確かにピッタリと言ったけど、それはその子の名前にだけじゃないわよ?」



 友香が示唆しているのは、シンが無類のワイン好きだということだ。

 黒猫は、中国や欧米では縁起のいい動物とされている。特にドイツでは、上質なワインを教えたという逸話があり、ワイン好きの彼にはピッタリだと言ったのだ。

 名前も『黒珠珠』と黒ぶどうを連想させる。意図的に名付けたのかはわからないが、黒珠珠と名付けられた黒猫は彼にピッタリだと思った。


 だが、彼は違う意味合いで捉えたようだ。



「……毎日のようにチリ紙を散らかしたり、柱に引っ掻き傷を残しているんだがな。俺よりも、お前の方がよっぽどピッタリだぞ?」

「あら?それはどう意味かしら?」



 確信犯的な笑みを浮かべながら、問いかける友香。

 彼女は、彼がわざと違う意味合いで捉えたのを分かっていた。長年の付き合いと信頼関係は伊達ではない。彼なりの意趣返しのつもりだったのだろうが、簡単に返されてしまった。

 そんな少女にシンは目を伏せ、ため息を吐くと彼女を見つめた。



「どうやら俺は、手のかかる奴の面倒を見るのが好きらしい」

「あら、知らないの?教え子って師匠に似るのよ?」

「初耳だな、それは」



 ニヤニヤといたずらっぽい笑みを浮かべる友香。

 彼女の発言に、シンは相変わらずつれない態度だったが、どこか嬉しそうだった。


 その後、しばらく友香は彼とともにお茶を楽しんでいた。しかし、楽しい時間はいつまでも続かない。彼女は腕時計を見ると、お茶を飲み干した。



「もうそろそろ行かなくちゃ」



 友香が鞄を肩にかける。



「学校か。気をつけろよ」

「ええ、行ってくるわ」



 彼女が立ち上がると、足元にいた黒珠珠が顔を向けミャーオと鳴いた。



「ええ、黒珠珠ヘェジュウジュウも。行ってきます」



 そんな彼女に、少女はしゃがむと頭を撫でた。

 黒珠珠が気持ちよさそうな表情をする。

 友香は立ち上がると、今度こそ学校へと向かい店を後にした。






 少女が出て行った店の中で、チリンチリンと音が響いた。

 黒珠珠は、その場に座り、友香が出て行った扉を見つめていた。



「黒珠珠」



 シンが立ち上がり、彼女に声をかけた。

 呼びかける声に、黒珠珠が振り向き顔を上げる。そんな彼女を抱き上げ、シンが呟いた。



「ミャ」

「ああ、店開きの時間だ」



 茶屋、峯楼館の一日が始まろうとしていた。


・黒珠珠(ヘェジュウジュウ

シンが拾ってきた黒猫。

人懐っこく、好奇心も旺盛。

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