水の守護神像の下で
主な登場人物
・反町友香(ソリマチ ユウカ
中華街に暮らす探偵少女。中学2年生。
ピンク味の帯びた白い髪に、赤い瞳を持つ。
茉莉花茶が好き。
・青山清花(アオヤマ サヤカ
神奈川県警の刑事。友香の姉的存在。
英国人と日本人のハーフ。
灰色の髪色に青い瞳という身体的特徴を持つ。
愛車はナナマル(JZA-70)。
20-1
峯楼館を出た友香は、地図を頼りに劉未来の居住区を歩いていた。
(この角を曲がってまっすぐね…あれ?ここってたしか……)
少女には、その景色に覚えがあった。
そして、聞き覚えのある声が彼女の耳に入ってきた。
「ラッシャーイ!ナマコナマコ!ナマコだよぉーう!!」
特徴的な呼びかけ、そして執拗なまでのナマコマーケティング。
先日起きた誘拐事件の一件で顔見知りになった魚屋の店主、漁だった。
彼が友香に気がつき、声を上げた。
「お!?まっちゃんじゃねーか!!」
「久しぶりね、漁さん」
「おう!久しぶりだな。それよりも……今朝方いいのが手に入ったんだ。買ってかないか?ナマコ」
なぜそこまでナマコを推してくるのだろうか。不思議な男である。
というか、そもそもナマコの旬は冬なのだが……わかっているのだろうか。
「相変わらずナマコ売ってるのね。そんな高級品より、安い物をたくさん売った方がここのニーズには合ってると思うけど?」
「かっー!こりゃ厳しいね!」
友香に痛いところを突かれ、豪快な苦笑をしながらガリガリ頭を掻く漁。
「ところで、まっちゃんは何しに来たんだ?普段ここ、あんま通らねぇだろ?」
しかし、すぐに彼は真面目な顔をして友香に尋ねた。
それに、少女がここに来た目的を話す。
「ええ、実は人を探していて…劉未来って人、知ってる?」
「ああ、劉さんか!知ってる知ってる。犬飼ってるおばあちゃんだろ?」
「ええ。これからその人に会いに、家に行くところなの」
「そうなのか…あ!今は劉さん家にいないぞ?」
「え?」
意外なところから出た、意外な情報に驚く友香。
「いや、さっきうちの前を通ったんだ。だからいないと思ってな。たぶん、山下の公園に行ったんじゃないかなぁ?」
「あら、そうだったの。ありがとう、無駄骨折るところだったわ」
「いやいや、礼には及ばねぇよ」
ニカっと笑う漁。
「それじゃあ、行ってくるわ」
「おう、気をつけるんだぞ!」
「ええ、ありがとう」
漁に別れを告げ、公園を目指した。
20-2
老婆は山下公園にいた。
水の守護神像前の前のベンチに腰掛け、杖を立てかける。
愛犬のプードルの頭を撫でていると、前から一人の少女が向かって歩いてきた。
老婆は、少女のその容姿に目を奪われた。
海風になびくピンクがかった白い髪。病的にまで白く細い肢体。そして、獲物を狩る猫のような鋭く澄んだ赤い瞳。
大人と少女が、美しさと不安定さが同居しているような、儚ささえ感じられる空気をまとっていた。
そんな少女が見つめてきたのだ。目を奪われない方がどうにかしている。
老婆は、吸い込まれるように彼女を見つめていた。
「こんにちは、隣いいかしら?」
そんな少女が話しかけてきた。
老婆はハッと我に帰ると、杖を自分側に寄せる。
「こんにちは、どうぞ」
「ふう……かわいいワンちゃんね、名前はなんていうのかしら?」
少女こと反町友香は、腰を落ち着けると尋ねた。
「フーちゃんっていうの。大人しい子だから撫でてみて?」
「え?……いいの?」
友香は、意外そうに驚きつつ、フーの頭を撫でた。
もしゃっとした毛の感触と、生き物の温もりが感じられた。
(犬もいいものね)
「本当に大人しいわね、この子。可愛いわ」
「私はね、この子がいるから生きていられるの。お嬢さん、あなたもかけがえのない何かをきちんと見つけるのよ。そしてそれを失わないように、失っても落ちぶれないように凛として生きるの」
「……ありがとう、心に留めておくわ」
少女の表情を見て、老婆はハッとなってからため息をついた。
「はぁ、年を取ると説教くさくなっていやねぇ。老婆のたわごとだと思って聞き流してちょうだい」
「いいえ、その言葉の意味をよくよく考えてみるわ」
友香がニコリと笑う。劉が少し困ったような、でも嬉しそうな表情を浮かべた。
「あ、ねぇーー」
「劉未来さんですね?」
友香が何かを言おうとしたとき、二つの影が二人の前に現れた。
二人が顔を上げると、そこには清花と物部の姿があった。
(物部署長…?)
この場にふさわしくない人物の登場に、友香が眉をひそめる。
「周博然の件でお話があります。署までご同行願いますか?」
「……嫌と言っても連れて行くんでしょう?さぁ、行きますよ」
老婆が立ち上がり、清花に連れられていった。
物部が残り、彼女の後ろ姿を見送る。
そんな彼を見て、友香が声をかけた。
「あなた、ホント自由ね。何しに来たの?」
腕を組み、ため息混じりの友香。
彼女に向き合った彼は、真顔で適当なことをぬかした。
「たまには街を散歩するのもいいかと思ってな」
「そんな理由で、あなたが現場に出てくるとは思えないけど?」
笑みを浮かべ、首をかしげる友香。
「……フッ、お見通しか。俺も自由が利くうちに媚を売っておこうと思ってな」
「媚?私に?意味ないと思うけど……」
「お前というより、お前たちに、だな。薄々感じてはいるんだろ?」
「さぁ?何を言っているのかさっぱり分からないわ」
友香が肩をすくめ、わからないというポーズをとる。
そんな彼女に目を細め、
「君ならこの惨劇をどうにかしてくれると、そう思っているんだがな」
「……残念だけど、私はあなたに都合のいい探偵じゃないの。勝手にあなたの理想を、私に当てはめるのはやめてもらえないかしら?」
友香がニコリと笑う。
「そもそも私、警察は嫌いなの」
と付け加え、少女は表情を殺し、物部を睨みつけた。
「そうか」
物部は、悲しそうに後悔するように目を細めた。
「でも……あなたのことは信頼してるわよ」
友香が真剣な顔をして、彼を見つめる。
物部も、黙って少女の瞳を見つめ返す。
しばらくして物部が目を逸らし、満足そうに笑みを浮かべた。
「……フッ、それを聞いて安心した。また会おう」
彼は目を伏せ、踵を返していった。
友香は、その後ろ姿を意味ありげな表情で見つめていた。