祭りの余韻
主な登場人物
・反町友香(ソリマチ ユウカ
中華街に暮らす探偵少女。中学2年生。
ピンク味の帯びた白い髪に、赤い瞳を持つ。
茉莉花茶が好き。
・青山清花(アオヤマ サヤカ
神奈川県警の刑事。友香の姉的存在。
英国人と日本人のハーフ。
灰色の髪色に青い瞳という身体的特徴を持つ。
愛車はナナマル(JZA-70)。
・李徳深(リー トクシン
シン。中華街で茶屋を営む情報通の男。
茶屋の名前は、峯楼館(ホウロウカン。
友香が幼い頃から親交があり、今では茉莉花茶を一緒に飲む仲。
何かと友香の面倒を見ている。
・周玲奈(シュウ レイナ
中華街大通りに店を構える、周ペットクリニックの受付嬢。
院長、周博然の娘であるが、血は繋がっていない。
髪型は、黒髪ミディアムヘアをうなじの辺りでお団子にしている。
右目の目尻にある泣きぼくろが特徴。28歳。
16-1
峯楼館での食事会も解散となった後、友香は清花を見送るために、看板がネオンの輝きを見せる夜の街へと出ていた。
夜10時。この時間帯になると大通りは、顔を赤くしたサラリーマンや帰路へと着く観光客で、ある種の賑わいを見せていた。
友香と清花は、豪華絢爛な装飾が施された青龍門をくぐり、道路を渡った左手側にあるコインパーキングにいた。
ロック板が下がり、清花がナナマルのエンジンをかける。
リトラクタブルのヘッドライトが開き、目の前のアスファルトを照らし出した。
彼女は車を駐車枠から発進させると、友香の横で止め、窓を開けた。
「それでは、失礼します」
「ええ、気をつけて帰るのよ」
「はい、友香も気をつけて。おやすみなさい」
「おやすみなさい」
挨拶を終えた清花は窓を閉めると、再びクラッチを繋ぎ、全く人気のない道路へと車を進めた。
それを追って、歩道へと向かう友香。
パン!と音を立て、ナナマルは走り去っていった。
(また変な改造したわね)
友香は、彼女のこだわりに心の中で苦笑しつつ、見えなくなるまでその後ろ姿を見送った。
「さて、私も戻ろうかしら」
少女が中華街に顔を向けたとき、一陣の風が吹いた。思わず右手で顔を覆う。
その優しい夜風は、慈しむように友香の髪を撫でた。
16-2
一方その頃、シンは、玲奈のアパートを訪れていた。
夜中に女性一人を出歩かせるのが憚れ、また彼女が慣れない酒で酔っ払ってしまったため、シンが見送りを申し出たのだ。
柳は何かを察したのか、店先で別れていた。
「今日はすまなかったな。博然さんのことで大変だろうに誘ってしまって」
「そ、そんな謝らないでください……いい気分転換になりましたから。それに家まで送ってくださって……」
ほんのりと紅潮した顔、とろんとした瞳で微笑む玲奈。
「気にするな。それならまた、近いうちに招待させてもらおう。それじゃーー」
シンが別れを告げたときだった。
彼は、自分の背中に何かがしなだれかかってきたのを感じた。
玲奈だった。
「行かないでください……」
玲奈がシンの背中に顔を埋め、声を絞り出す。
「ひとりは、嫌です」
涙をこらえているのか、その声は震えていた。
今にでも消えてしまいそうな、そんな儚さを感じた。
「夢を見るんです。夢の中での私は子供の体で、どこかの路地裏でひとりぼっち、空を見上げるんです。空は雲ひとつなく青が広がっていて、暖かい太陽が私を照らしているんですけど、なぜかすごく寒いんです……寒くて死んじゃうんじゃないかってくらい。それが怖いんです。明るくて真っ暗……私もこのまま目を覚まさないまま、凍え死んじゃうじゃないかって……」
シンが振り返る。
自らの震える身体を抱き、うつむく彼女の目尻には涙が溢れていた。
彼女は彼を見上げ、思いの丈を吐き出す。
「こんなのずるいってわかっています。でも、ひとりぼっちになるのはもう嫌なんです。私、お父さんがいなくなったら、本当にひとりぼっちになっちゃう……」
彼女は、ついに感極まったのか、顔を手で覆ってしまった。
シンが彼女の肩に触れる。
人は生きている限りひとりではない。とは、ついさっきシンが言ったことだ。これは、シンが信奉しているところである。
しかし、彼女の心が勝手に感じる孤独感だけは、彼女ではない彼にはどうしようもないのである。
彼女の瞳がシンの双眸を捉える。
「今夜だけでいいんです。一緒にいてください……お願い……します」
最後は消え入りそうな声で、うつむき、黙り込んでしまった。
シンはわかっていた。彼女が酔っていないことを。酔っ払ったフリをしていたことも。彼はわかっていた。
彼は全てを知った上で、彼女を受け入れた。
「今夜だけだ」
彼の答えに、目を開き、パッと顔を上げる玲奈。
「ありがとう……ございます……」
震える声で彼女は礼を述べ、頭を下げた。
シンは彼女を促し、部屋の扉を開けさせる。
そして2人は、古アパートの一室へと姿を消していった。