峯楼館 de ディナー
主な登場人物
・反町友香(ソリマチ ユウカ
中華街に暮らす探偵少女。中学2年生。
ピンク味の帯びた白い髪に、赤い瞳を持つ。
茉莉花茶が好き。
・青山清花(アオヤマ サヤカ
神奈川県警の刑事。友香の姉的存在。
英国人と日本人のハーフ。
灰色の髪色に青い瞳という身体的特徴を持つ。
愛車はナナマル(JZA-70)。
・神津柳(カミツ ヤナギ
中華街で探偵事務所を営む女性。
カールしたショートボブと眼鏡が特徴。
友香の叔母にあたる、母親的存在。32歳。
・李徳深(リー トクシン
シン。中華街で茶屋を営む情報通の男。
茶屋の名前は、峯楼館(ホウロウカン。
友香が幼い頃から親交があり、今では茉莉花茶を一緒に飲む仲。
何かと友香の面倒を見ている。
・黒珠珠(ヘェジュウジュウ
シンが拾ってきた黒猫。
人懐っこく、好奇心も旺盛。
清花のことがあまり好きではない様子。
13
夜7時。
すっかり日も長くなった8月だったが、すでに日は落ち、街灯がアスファルトを照らしていた。
反町友香は一度自宅へ戻り、柳とともに再び峯楼館を訪ねていた。
恒例の食事会である。
ただいつもと違うのは、シンが黒珠珠の心配をしたため、夜市ではなく峯楼館での会食になったということだ。
友香が店奥のキッチンスペースで手伝いをしていると、清花が現れた。
「先程は、大変失礼いたしました」
彼女の第一声がそれだった。
仕事とはいえ、日頃世話になっている人に疑いをかけ聴取したのだ。加えて、人一倍義理堅い清花のことである。過去の自分の行いが許せなかったのであろう。
彼女が頭を深々と下げる。
「謝ることはない。それがお前の仕事だ。むしろ誇りを持て」
そんな彼女をシンが諭す。
「すみません……ありがとうございます」
清花が申し訳なさそうに礼を述べる。
彼女は、自分の仕事を理解されて嬉しかったようで、少し安堵の表情も現れていた。
「にしても意外ね。李さんが野良猫の心配をして、病院に連れて行くどころか看病のために外食を控えるなんて」
テーブルに料理が載った皿を並べながら、柳が感心する。
「俺も血の通っているひとりの人間だ。それに、中華街で困っている奴がいたんだ。助けるに決まっているだろう」
自らの信条を示しつつ、黒珠珠に餌が入った皿をやるシン。
彼女は、清花が来た途端、ケージの中に入りこちらに背中を向けてしまった。
尻尾が不機嫌そうに揺れていた。
「困ってる奴……人だけじゃなかったのね」
自分が世話になっていた頃をーー今もであるがーー思い出したのだろう。
友香が鍋の火を見つつ、目を細めた。
「あ、こっちもそろそろ盛り付けする?」
「そうだな」
振り返り、シンに尋ねる友香。
彼は鍋を覗き込みながら頷いた。
さながら親子のようなやり取りだった。
「よいしょっと」
赤いチェック柄のミトンを手に嵌め、ラタトゥイユが入った鍋をテーブル中央に運ぶ友香。
シンは玉杓子を使い、もうひとつの鍋で作ったリゾットを取り分けていた。
「阿友、手が空いたら冷蔵庫からサラダとスープ、あと飲み物を出してくれるか?」
「わかったわ」
「私も手伝います」
作業を続けながら指示を出すシン。
その横で、柳が取り分けられたリゾットを運んでいた。
友香が清花とともに、サラダとスープ、飲み物をテーブルに並べる。
「よしっと……これで完了かしら?」
「すごい豪華ですね……これ全部、李さんが?」
「ああ、まぁな」
テーブルの上は、サラダ、ビシソワーズ、ラタトゥイユ、リゾットと色とりどりの豪華な料理で飾り付けられていた。
高級な食材を使っているわけではなかったが、決してその費用は安くないだろう。
だが、そんな値段のことなど彼にとってはどうでもいいことだった。
シンは、グルメというわけでもなく、見栄を張りたいわけでもない。ただ、友香に良いものを食べさせてあげたいのである。
このテーブルは、その思いの表れだった。
「はぁ……すごいです」
「さて、先に始めているか。冷めないうちにな」
壁にかかった時計を見てから、3人を席に促すシン。
その言い草に、友香は少し引っかかりを覚えたが、みんなが座り出したのでそれに習い席に着く。
6人がけのテーブルに、年長組2人に向き合って友香たちが座った。
さぁ、メンツは揃ったと思ったときだった。
「遅れてすみません!」
店の扉が、カランカランと音を立てて開かれた。
何事かと、探偵刑事は揃って店舗の方を向く。
「ん、来たか」
シンが、声の主を出迎えに店舗へ向かった。
「思ったより早かったな。ちょうどこれから食べ始めるところだ」
「はぁ、よかったぁ……あ、お招きありがとうございます!」
安堵する女性の声が聞こえてきた。
他に招待客がいたのだと、友香は察した。
2つの声が近づいてくる。
シンに連れられ、声の主が部屋へ入ってきた。彼女は顔をこちらに向けて、初めて友香たちの存在に気がついたようだった。
そして、目を丸くして驚いてた。
「柳さんに……刑事さん!?」
「玲奈さん……先程はありがとうございました」
招待客は、周玲奈だった。
思いがけない再会に、目を丸くする玲奈。
それとは反対に、清花は少し目を見開いたが、落ち着いた様子で会釈していた。
玲奈は柳とも面識があるようで、そちらにも驚いていたが、何よりも清花の存在に驚いていた。
「青山はうちの常連でな。贔屓にしてもらっている」
その様子にシンが説明すると、意味ありげに彼女が頷く。
「そ、そうなんですか……」
清花をじっと見つめる玲奈。
彼女は、むぅ……という表情をしていた。
清花を不満に思うというわけではなく、ライバル視しているような、彼女の整った容姿が羨ましいというようなそんな様子だった。
少なくとも友香にはそう取れた。
(「こんな綺麗な人が李さんと知り合いだったなんて……」とか思ってそうだけど、大丈夫よ。お互い眼中ないから)
直接言うのも余計なお世話だろうと思い、心の中でため息を吐きながらひとりごちる友香。
「それじゃあ、座ろうか」
「あ、は、はい」
シンが、立ち尽くす玲奈を席に促す。
5人全員が席に着いた。
そうして、峯楼館での食事会が幕を開けるのだった。
「ミャーオ」