縄張り
主な登場人物
・反町友香(ソリマチ ユウカ
中華街に暮らす探偵少女。中学2年生。
ピンク味の帯びた白い髪に、赤い瞳を持つ。
茉莉花茶が好き。
・青山清花(アオヤマ サヤカ
神奈川県警の刑事。友香の姉的存在。
英国人と日本人のハーフ。
灰色の髪色に青い瞳という身体的特徴を持つ。
愛車はナナマル(JZA-70)。
・李徳深(リー トクシン
シン。中華街で茶屋を営む情報通の男。
茶屋の名前は、峯楼館(ホウロウカン。
友香が幼い頃から親交があり、今では茉莉花茶を一緒に飲む仲。
何かと友香の面倒を見ている。
・黒珠珠(ヘェジュウジュウ
シンが拾ってきた黒猫。
人懐っこく、好奇心も旺盛。
11
扉の鈴がチリンチリンと鳴った。
カウンターで本を読んでいたシンが顔を上げると、そこには見知った顔があった。
「いらっしゃ……青山か、どうした?」
「アンタが李徳深か」
清花の後ろから足利が顔を出す。
シンは、それで大体の事情を察した。
「今日は、仕事で来ました。お話を伺えますか?」
清花が同意を求める。
シンは本を閉じ、立ち上がった。
「ああ、構わない。今お茶を入れる」
「お、おい……」
彼が2人に背を向ける。
足利は、不審な行動だと捉え制止をかけようとしたが、「こういう人なんです」と逆に清花に止められてしまった。
しばらくして、トレイにグラスを載せたシンがカウンターから出たてきた。
2人を4人掛けテーブルへと促すシン。
清花と足利が席に着き、シンが2人の前にグラスを置く。
足利は、その出されたお茶に訝しげな視線を向けていた。
「では、早速ですが……周ペットクリニックの周博然さんをご存知ですよね?」
清花が、シンが席に着く頃合いを見計らって話を切り出した。
「ああ、勿論だ。周さんには、俺がこの店を構える前から世話になっているからな。恩人の1人だ」
彼の話を聴きつつ、お茶を飲む清花。
彼女を見て足利が少し狼狽えた。
彼は先程、出されたお茶を訝しんでいた。毒でも盛られていないか心配だったのだろう。
その気持ちはありがたいのだが、彼に失礼だ。
顔には出さなかったが、清花は少しムッとした。お茶は美味しかった。
「最も、彼に恩義を感じているのは俺だけじゃない。あの人は、獣医師だが人相手の診察もしているんだ。面倒見がいいからな。この街のほとんどの人間は、彼に恩義を感じているだろう」
シンが話していると、店の奥から黒猫がトコトコとこちらに向かって歩いてきた。
彼女は、彼の足元で彼の顔を見上げると、
「ミャーオ」
「そうだったな。お前もだ」
シンの膝に飛び乗る黒珠珠。
脚に巻かれた包帯を見て、清花が察する。
「その猫を診せに、周さんのところへ行ったのですね」
「ああ、店先で倒れていてな」
黒珠珠は、自分が話題の中心になっているとも知らず、シンの腕の中でペロペロと毛繕いをしていた。
「それにしてもよく懐いてますね」
清花が視線を黒珠珠に移した時だった。
「!!ヴー……ニ゛ャァァォ!!ヴヴゥゥ……」
視線を感じ取った彼女が、パッと振り向くと唸り声をあげた。威嚇のつもりだろう。
彼女の頭を撫で、咎めるシン。
「こらっ、やめなさい。すまない、いつもは人懐っこい奴なんだが」
「い、いえ、大丈夫です……」
突然のできごとに驚き、そのあまりの迫力に怯んでしまった。
一方、そっぽを向き、尻尾を不機嫌そうに振る黒珠珠。
野生の本能なのか何なのか、清花を主人に仇なす敵だと思ったのだろう。なんとも義理堅い猫である。また、主人に似て賢い。
「話を戻します。その周博然についてですが……」
「襲われたんだってな」
「……ご存知だったんですか?」
予想だにしなかった返答に、清花が驚く。
「ああ、この街のネットワークをナメてもらっては困る。こちらも独自の方法で犯人を探している」
探し出してどうするというのだろうか?まさか報復として半殺しにするのではなかろうか……。
彼の見た目がマフィアっぽいだけに、一瞬戦慄する清花。彼の交友関係や才能が未知数なだけに侮れない。
まぁ、どこの世界にエプロンをつけたマフィアがいるのかと言われればそうなのだが。
「無論、俺が疑われる立ち位置にいるのも分かっている。現に、こうしてお前たち警察が来ているしな」
シンがグラスに口をつけた。
彼は自分の置かれている立場を理解していた。それなら話は早い。
「そうですか。では、昨夜10時から11時の間、どこで何をされていましたか?
「昨日は一日中店にいた。その時間は、その日の売り上げを勘定していたはずだ」
「それを証明できる人は?」
「証明できる人はいない。人はな」
サングラス越しに、彼の双眸が清花の顔を捉える。
清花は、その含みのある言い方に眉をひそめた。
人はいない?まさか、猫がとは言わないだろう。彼女が尋ねる。
「それは、どういう意味でしょうか?」
「店の前に防犯カメラがあるだろ?ここから大通りへ続く路地にも。そこに俺の姿が映っていなければ、アリバイの間接的な証明になるはずだ」
案の定、人ではないそれは現代技術だった。
もし、猫だと彼が言ったら面白かったのに……。
清花は、安心したようなガッカリしたような気分に襲われた。
「俺は、その夜は、こいつの看病で一歩も外に出ていないからな」
「ミャ」
シンが黒珠珠を見つめ、その頭を撫でる。
挙動不審になることもなく、平然と言ってのけた彼を見て、足利はまた空振りかと首を振った。