家族の形
主な登場人物
・青山清花(アオヤマ サヤカ
神奈川県警の刑事。友香の姉的存在。
英国人と日本人のハーフ。
灰色の髪色に青い瞳という身体的特徴を持つ。
愛車はナナマル(JZA-70)。
・足利孝之(アシカガ タカユキ
ベテラン刑事。清花の教育係。
中年太りの男性警部。
高校生になる娘がいる。
その他の人物
・周博然(シュウ ハクゼン
中華街大通りに店を構える、周ペットクリニックの院長。歳は60代前半。
何者かに頭部を強打され、現在意識不明の重体。
・吴浩三(ウー コウゾウ
周博然と金銭トラブルがあった人物。歳は50代後半。
10
青山清花は足利とともに、事件現場である周ペットクリニックを訪れていた。
すでに鑑識作業を終えた店内は、日常へと戻り始めていた。
床に散乱していた書類やタオル類は棚に戻され、綺麗に掃除されている。
しかし、機材などすぐに修復できないものは、壊れたまま部屋の片隅に置かれていた。
ここが事件現場であることを、改めて思い知らされる。
奥の事務室に通された2人は、少し手狭な空間で座って彼女を待っていた。
彼女とは、この店の受付嬢である。胸の名札には、周玲奈(Shu Reina)と表記されていた。
「お待たせしました」
受付嬢こと周玲奈が、茶器が乗ったトレイを持って現れた。
彼女は、2人の前に茶器を置くと自らも席に着いた。ちょうど向かい合う形である。
「今日はどうされたんですか?」
「急なことですみません。いくつかお尋ねしたいことがありまして。ご協力願いますか?」
「え、ええ、もちろんです」
「ありがとうございます」
困惑気味に頷く玲奈。
清花は礼を述べ、お茶を口にした。
デジャブだろうか。そのお茶は、以前どこかで飲んだことがあるような気がした。
気のせいだと、話を進める。
「その前に一つ、お聞きしたいのですが……玲奈さんは、博然さんの娘さん……ということでよろしいのでしょうか?」
「あ……はい、血の繋がりはありませんが、私は博然の娘です」
その発言に足利が驚いたような表情をする。
一方で清花は、予感めいたものがあったため、表情に変わりはなかった。
顔が似ていなかったのである。事前に資料室で、写真で見た周博然の顔と彼女の顔が全く似ていなかった。清花はそこから、彼らが実の親子ではないことは薄々感じていた。
ただ、血の繋がった親子でも全く似てない場合もあるので一概には言えないのだが。
「えと、それは……」
足利が、躊躇いながらも彼女に尋ねた。
すると、彼女は少し困ったような笑みを浮かべ、
「あ、ああ……私、捨て子だったんです。中華街の路地裏に捨てられていたみたいで……それを見つけてくれた父が、引き取って育ててくれたんです」
記憶に無い、幼い頃を懐かしむように目を細める玲奈。
「そうでしたか……すみません、触れられたくない所だったでしょう」
「い、いえいえ!全然大丈夫ですよ!」
足利が頭を下げた。
そんな彼に、玲奈が勢いよく手をブンブンと振る。
気を遣わせてしまったと思ったのだろう。笑顔で否定する玲奈。だが、その笑顔は少し無理しているようにも感じられた。
「もう一つ確認なんですが……」
清花が話を元に戻し、再度彼女に問いかける。
「昨夜10時から11時の間、どこで何をされてらっしゃいましたか?」
玲奈は一瞬、絶望したような表情を見せた。
それはそうだろう。大好きな父親を暴行した疑いをかけられているのだから。
刑事2人にそのつもりがなくても、少なくとも彼女自身はそう捉えざるを得なかった。
それを察した足利が、
「これは形式的な質問です。関係者には全員に聞かなくてはいけないんです。教えていただけますか?」
真剣な眼差しで、説得する足利。
微かに表情に影を落とし、視線を外した玲奈が答える。
「その時間は、自宅にいました。その日は、特に急患の子がいたわけでは無かったので、すぐそこのアパートに……」
すかさず清花が問いかける。
「では、博然さんも一緒に?」
「いえ、父は残務処理があるとかで店に残っていました。私が一緒にいれば……っ」
感極まった玲奈が涙をこらえる。
「そう、自分を責めないでください」
「はい……」
足利が彼女に慰めの言葉をかける。
少し間をおいて、彼女が落ち着いてから清花が話を切り出した。
「すみません、あと少しなので……ここからが本題なんです」
清花は彼女の精神面が心配だった。
いくつか言葉を交わして分かったのは、彼女が遠慮ばかりしてしまう人だということだ。言い換えれば、我慢して心に溜め込んでしまう人なのだ。
ゆえに、清花は玲奈が心配なのであった。
彼女を気にかけながら、言葉を続ける。
「先程、カルテが十数枚無くなっているとおっしゃっていましたが、誰のものかわかりますか?そこまで分からなくとも、絞り込めませんか?」
「し、絞り込むってどういうことですか……?」
玲奈が控え目に疑問を口にする。
足利も腕を組み、首を傾げていた。
もちろん、そうなることは想定済みの清花が追って説明する。
「お見受けしたところ、このお店ではカルテを頭文字の五十音順で管理しているようですね。どこの部分から紛失したのか分かれば、絞り込むことなどは可能かと思いまして」
「な、なるほど……」
目から鱗とばかりに感嘆する玲奈。
「ちょ、ちょっと待て青山。紛失したカルテは十数枚に及ぶんだぞ?全部を思い出すのは難しくないか?」
隣で話を聞いていた足利が、異を唱える。
だが、清花の考えに揺るぎは無いようだ。玲奈を見つめたまま、彼女が言った。
「いえ、その全てを思い出していただく必要はありません」
「へ?」
玲奈が素っ頓狂な声を上げる。
足利も「どういうことだ?」と清花の方を伺う。
「周さんがトラブルを抱えていた、また直近で店を訪れている人物に条件を絞ります。該当する人物は印象に残るはずですから、自然と思い出せることでしょう」
清花が目を閉じ、頷いた。
「はー……なるほど」
感心する玲奈。
その彼女の様子を同意と捉え、
「では、お願いできますか?」
「は、はい……やってみます」
彼女が考えるポーズを取って、思考を巡らせる。
「無くなったカルテは「ラ」行から持っていかれていたから……それでトラブル、はよく分からないから最近来た人……」
ブツブツと呟きながら、必死になって思い出そうと努めていた。
すると、
「ら、り……あ!劉さん……!」
ハッとして玲奈が人の名前を叫んだ。
すかさず、清花がその詳細を尋ねる。
「その劉さんというのは?」
「劉未来さん。プードル犬を飼っているお婆ちゃんです。ついこの間、ワンちゃんの健康診断でお店にいらっしゃってました」
一度思い出すと次から次へと、芋づる式に記憶が呼び覚まされたようで、
「あと、それから呂さん、ルイスさん……」
スラスラと数名の名前を挙げる玲奈。
清花が、首輪に証言を録音し続ける。
「うーん、あと誰来てたかなぁ……あ!」
一瞬、悩む素振りを見せた玲奈だったが、すぐさま両手を合わせ表情を輝かせた。
何か嬉しいことを思い出したかのようだ。
その豹変ぶりに、足利も清花も困惑する。
「ど、どうされました?」
「そうだ、李さんもだ!李さんも来てました!あ〜!いつもすっごいお世話になってるのになんで忘れてたんだろ?」
一人で話を進める玲奈。
そんな彼女の様子に困惑して清花が尋ねる。
「あ、あの、その李さんって……」
(まさか……)
聞き覚えのある名前に、清花は嫌な予感がした。
ただ、李なんてよくある名前であるのでそんな身構える必要はなかったのだが。
「ああ、李徳深さん。中華街の路地裏で、峯楼館っていうお茶屋さんをやっている人です!」
必要あったようだ。その予感は見事的中してしまった。
まさか知り合いが容疑者になるとは。その予想だにしなかった展開に、清花は心の中でため息をついた。
そんな彼女の心情など知るはずもなく、玲奈は瞳を輝かせ、いかに彼が素晴らしい人物かを力説し始める。
「李さんってすごいんですよ!お店を営む傍ら、中華街の自警団を組織しているんです!それで、いつも本当にお世話になってるんですよ〜」
心底嬉しそうにハニカム玲奈。
清花は、彼女が感情を隠すのが上手だと思っていたがそれは違ったようだ。遠慮するときは無理に隠そうとするが、それ以外では表情豊かな人だった。
そしてなんとなく、彼女が彼をどう思っているのかを感じた。
「あ!あと、県の教育委員会の人たちとも仲良しなんです。というのも李さんは昔、学校教育についての研究をしていたとかで、そのご縁が今でも続いているみたいなんです。子供の未来を考えられる人って私、本当に素敵だと思います!そう思いませんか!?」
「そ、そうですね……」
その熱に押される清花。
身を乗り出し熱弁する玲奈に、思わず仰け反ってしまった。
このまま彼を布教され続けられるのだろうかと危惧していたが、彼女は座り直して控え目に柔和な笑みを浮かべた。
「さっき、私が捨て子だって話、しましたよね?李さんも捨て子だったみたいなんです。だから、私、勝手になんですけど、李さんのこと本当の兄のように思ってるんです。……本人には内緒ですよ?」
顔を赤らめて口元に指を持っていく玲奈。
その困ったように笑う彼女は、とても可愛げがあった。
そして無自覚なのかと。李は苦労するんだろうなと、清花は心の中で彼に同情した。
「正に、血の繋がりがなくとも家族なんだな」
足利が彼女に暖かい眼差しを向ける。
一児の父であるゆえに、彼なりに思うところがあったのだろう。
清花には、他者である彼の心境はよくわからなかった。
だが、「血の繋がりがなくとも家族」という言葉に対しては、心からその通りだと思った。
いや、そうであると信じたい。一人の少女の顔を思い浮かべ、清花はそう願った。
「お尋ねしたかったことは以上です。ありがとうございました」
清花が礼を述べ、話を切り上げる。
お茶を飲み干し、足利とともに席を立った時だった。
「刑事さん」
そんな彼女たちを呼び止める声があった。
その声がした方を見やると、立ち上がった玲奈が真剣な眼差しで清花を見据えていた。
彼女の口が、震えながら開かれる。
「私にとって父は、血の繋がりは無くてもたった一人の大好きな父なんです。一刻も早く、父をあんな目に合わせた犯人を捕まえてください。どうか、よろしくお願いします」
悲痛な訴えだった。
深々と頭を下げる玲奈に、清花は力強く頷いた。
「ええ、勿論。ご協力、ありがとうございました」
そして、彼女のためにも、必ず真実を明らかにすると固く心に誓った。
・周玲奈(シュウ レイナ
中華街大通りに店を構える、周ペットクリニックの受付嬢。
院長、周博然の娘であるが、血は繋がっていない。
髪型は、黒髪ミディアムヘアをうなじの辺りでお団子にしている。
右目の目尻にある泣きぼくろが特徴。28歳。