第八十六話 楽器を見せてもらった
だいぶ間を空けてしまいすいませんでした。
あと、誤字報告ありがとうございました。
その日の帰り、何やらカミラさんに呼ばれたアンナさんとエマさんを待っていたときのこと。
「どうした少年、元気出せぇ!」
ギルドの隅のほうにある、黒く汚れた硬い木製のベンチに腰掛けていた僕へ、ヴィネッサさんがいきなり伸し掛かってきた。
「な、なにしてるんですか!?」
「へへっ、こんなところに一人でいるぐらいなら、向こうで飲もうよ。お姉さんが奢ったげるからさ」
別に、僕が狼狽しているのは、いきなり背後から飛び掛かられたからというだけの理由ではない。
「それとも、もう少しこうしててあげようか……?」
「け、結構ですから隣どうぞ」
ほくそ笑みながらの吐息が、背筋にまずいものを走らせた。ただでさえ、こんなに密着しているというのにこの人は……っ。
「そう? じゃあお隣失礼」
へらへら笑いながら、ヴィネッサさんが僕の隣に腰かける。今度は、まるでキャバクラ嬢のように膝を当てながら。
「近いですよ」
「えー、寂しいよージョージくん」
「いいから離れて、ほら……」
昔職場の人間と飲みに行った際、一時間だけとキャバクラに誘われ、これに同行したことがある。
これも経験かと思ったのだが、根が内向的にできている僕では会話もまるで弾まない。
キャバクラ嬢も中には携帯を弄り出したり愚痴を聞かせてくる者もいたが、そっちのほうが気を使われるより精神的にマシなぐらいだった。
それでも、もうすぐ終わる。帰れる。そう思っていたとき、盛り上がっていた先方が勝手に延長を決めてしまった絶望感。あのときの散々だった記憶を、必死に思い出す。
あの金があれば、しばらくは食べ歩きに困らなかったし映画館にも行けたのに……そんな後悔を必死に反芻する僕の様子に、さすがのヴィネッサさんも諦めたようだ。ダウナー化大成功である。
「え、なにその顔……そんなに嫌なの?」
「と言うか、ヴィネッサさんは嫌じゃないんですか?」
「なにが?」
「俺みたいなの、からかったって仕方ないでしょ」
あとで友人たちと『ギャハハ! アイツあのときスゲェ気持ち悪かった!』『マジきめぇ。今度そいつ見に行くか!』と言った具合にネタにするならともかく……。
そう思っているうちにも、肩に手を置かれ振り向いた頬に指先が刺さる。
「ジョージくん、いちいち反応面白いからさ。ついついからかいたくなっちゃうんだよね」
そう呟きながら、頬をぐにぐにと弄るのをやめない。
「俺が女だったら、男に胸押し付けるとか嫌ですけど」
「お、やっぱりさっきの気にしてたか」
ケラケラと笑うヴィネッサさんに、羞恥を感じながらも戸惑う。なんでこの人、ちょっと嬉しそうなんだ?
困惑する僕に、ヴィネッサさんは問いかけてきた。
「じゃあ聞くけど、ジョージくんは今の例えで、自分がどんな男の人にくっつくのを想像したの?」
「そりゃあ、キャバレーで働く女の人のケツ触ったりするオッサンやジジイとかですよ」
職場のおじさんからキスをせがまれたり抱きつかれたりした女の子が、その場では笑って受け流しながらも、のちに溜まった鬱憤をぶちまけている姿を目にしたことがある。
「そんなの私だってやだよ。絶対蹴っ飛ばして、二度と悪さできないようにしてやるね」
「じゃあ、なんで俺は別なんですか?」
「だから、反応が面白いからだって」
そんなこと言われても、反応に困るのだけど。という僕の気持ちなど露知らず、と言うよりも、知っているからなのだろう。
「ほら、そうやっていちいち真剣に考える。かわいいなあ」
目の前のご満悦な笑みに、ため息が出た。悪い人でないのはわかるけど、このイジられ方はどうにも振り回される感じが強い。話題を変えよう。
「そういえば、ヴィネッサさんは楽器使わないんですか?」
「楽器?」
「その、身内の吟遊詩人は呪曲? をやるとき、ハープを使っているので」
あれが、厳密にどんな種類のハープなのかはよくわからないけど……幸いなことに、こんな説明でも一応の意図は伝わったようだ。
「一応、普段用に持ってはいるけど……ほら、このリュート」
ヴィネッサさんが取り出したのは、ギターに似た形の弦楽器だった。
平家物語の挿し絵に出てきたのと、似ていなくもないだろうか?
「綺麗ですね。なんだか、琵琶みたい」
「あはは、たしかに果物を切った形に似てるかも。こっちだと、梨を切った感じって言われてるけどね」
「歌じゃなく、それでやることもできるんですか?」
この問いに、ヴィネッサさんは小さく唸る。
「うーん……まあ、これで演れないこともないけどさ。基本的に、吟遊詩人と言えば歌だよ。そうじゃないと、手が塞がっちゃうでしょ? 楽器武器とか使う人もいるけど」
「が、楽器武器……?」
繊細な道具をそんなことに使うなんて、正気の沙汰なのだろうか。
昔のパンクロックやノイズミュージックなんかで、ギターに殴打された客が白目を剥きながら流血しているのを、写真などで見たことはある。
けど、あれは原木的な衝動を大切にするものだからであって、純粋に音を楽しむものとは違うでしょう? 少なくとも、吟遊詩人のそれとは全く異なるように思えてならない。
「もっとも、普通の楽器とは全然別物だよ。あんなの持って広場で歌うのは、ちょっとね」
「ああ、で、ですよね……」
お互い、顔を合わせ苦笑を漏らす。常識を共有できる安心感にほっとしながら、僕は質問を続けた。
「なんか、その子は精霊? とやらにお願いして、周囲の状況を調べてくれたりしたんですけど」
「精霊?」
「はい。あと魔力の流れを感じ取れるとか、ヴィネッサさんみたいに魔力の消費量を減らしてくれたりも」
片眉を上げたのち、少し考えてからヴィネッサさんは見解を口にした。
「それは……聞いただけだと、ドルイドの特性も合わせ持ってるように思う」
ウィッカーマンって映画、後味悪いですよね…術ニキのウィッカーマンはかっこいいのに。




