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第七十五話 会敵した

 埃っぽい倉庫には、微かに漏れた明かりが隙間から差すだけだ。


 そこへ僕を連れ込んだおじさんは、喜色の滲む瞳を暗闇の中でもわかるほど爛々と光らせながら、荒い息の合間に感嘆の声を洩らした。


「おおっ、まだ入るのか」


「はい、全然余裕な感じですっ」


 踏ん張りを効かせるおじさんへの答えは、僕の正直な気持ちだった。


「こっちはデカイぞ」


「全然イケますって」


 こめかみに血管を浮かせたおじさんが、腰を使って持ってきたものを僕へ突き出す。


 それを僕の入り口は、抵抗なく飲み込んでいた。


 もう、さっきからどれだけ飲み込んだかわからない。このまま入れ続けてどうなるのか、不安がないと言えば嘘になる。


「うらっ、どうだ……っ」


「は、入ってきます……まだ……くぅっ」


 けど、やめて欲しいとは思わなかった。果たして自分がどこまで受け入れられるのか。そして、その果てに何が待っているのか。


 その不安が入り雑じった期待に魅せられた時点で、僕はもう、戻れなくなっていたのだろう。


「おぉ、凄いなお前の。こんなの初めてだぜ」


 おじさんが、無邪気な顔で白い歯を見せた。僕も嬉しくなって笑い返すと、おじさんはさらにその逞しいーー。


「とっ、とと、討伐依頼前に、なにをしているか貴様らはァ……!」


 突如、激しくドアが開き、ケイトさんが飛び込んでくる。


 どうしてだろう。なぜか顔が真っ赤だ。たしかにここは、少しひんやりしているけど……。


「なにって……見ての通りだけど」


「俺たちは、物資を坊主の収納魔法に詰め込んでるだけだぞ」


 あんぐりと口を開けたまま、ケイトさんは動かなくなってしまう。


 そんな彼女をよそに、おじさんは僕の肩をバシバシと叩きながら無邪気に破顔した。


「いやぁ、すげぇな。こんだけ詰め込めるなら普通の依頼だけじゃなく、戦争があったときなんか好条件の輸送で引っ張りダコだぞ」


 表情とは裏腹の剣呑な言葉に、気づけば僕は聞き返していた。


「やっぱ、戦争とかある感じですか……?」


「ここらじゃ、まずないだろうがな。それでも十年ぐらい前じゃ、中央のほうで傭兵としていい金稼ぎのーー」


「む、無駄話はいい! 支度をさっさと済ませろ!」


 (やかま)しく指示を出し、ケイトさんはツカツカと足音を立てながら出ていく。


 不機嫌さを隠す様子もない。今の有り様では、戻ったところで孤立したままだろう。


 あの子、これから大丈夫だろうか……?





 荷物を十分に積んだ僕らは、レッドベアの討伐に向かった。


 護衛をつけたうえでのこととは言え、既に物資などの往き来は行われている。


 それでも、高い城壁で囲まれた街の外へ出ることに、抵抗がないと言えば嘘になった。また、あの獰猛な魔物と戦わなくてはならないのだから……。


「あんちゃん名前は? 見ない顔だけど」


 不意に誰かから声がかかった。その主を探すと、背はそれほど高くないものの、屈強で髭を生やした男が僕のほうを向いている。


「譲次です。今回から参加させてもらってます」


「ジョージか。これからよろしくな」


 男は感じのいい笑みを僕に向けてくれる。それを皮切りに、それなりの人数から次々声がかかってきた。


故郷(くに)はどこだい」


「日本の八王子なんですけど……ご存じないですよね」


「うーん、聞いたこともないなぁ」


「そうですか……」


「そこ、美人は多いか?」


「あはは、多いっす」


「マジか! これ終わったら連れてけよな!」


「へえ、君、意外とそういうの好きなんだね」


「男の話に入ってくるなよ……ジョージだってガキでも男だもんなあ?」


 土木作業員をしていた頃にも、こんな会話はよくした。僕が若そうな新入りということで、気を使ってくれてるんだろう。


 話すのが得意なわけではない僕にとっては、気さくな人たちが多くて正直助かる。


 それにしても、みんな強そうな人たちばかりだ。細身の人や女の人もいるけれど、対面しただけでも常人との違いを感じざるを得ない。


 以前、元五輪メダリストの格闘家と街で偶然すれ違ったことがある。


 視界の端にも入っていなかったにも関わらず、違和感を感じ目を向けた僕は、その存在感に圧倒された。


 その日は気が昂り、動悸で眠れなくなったほどだった。敵意を向けられたわけでもないのに、だ。


 この人たちからは、それに近い迫力というか、凄みがある。高位の冒険者というのは、ただ者ではないハンターの集まりだった。


「馴染めたか?」


 一通り、コミュニケーションを取ってくれた人たちと話し終えて少し経った頃、アンナさんから声がかかる。


「はい。皆さん、いい人たちで」


 実際にそうかはわからない。元の世界では少ないながら、感じのよい人が酒の席で自慢気に、引くような過去の犯罪を語ってきたこともあった。


 さも面倒見のよい人間を装い、恨みもない相手を陥れ、その様子を楽しげに眺める人間もいた。


 でも、今は仕事の場だ。仕事で付き合う以上、色々な人間がいるのは仕方のないことである。


 もっとも、こんな余裕も、二人が同行してくれているから持てるのだろうけど。


「さっき、悪かったな」


「いえ、助かりました」


 短いながらも、バツの悪さを隠しきれない横顔に返す。


「そうか」


 あまり抑揚のない言葉ではあっても、そこには安堵と労りが感じられた。


「だとしても、強く叩き過ぎですっ」


 唐突に割り込んできたエマさんに、校則違反がバレた学生よろしく僕らはたじろいでいた。


「あの場の流れという意味では、やむを得なかったのかも知れません。ですが! なんですかあの打擲(ちょうちゃく)は!」


「ば、ばか野郎。ちゃんと加減したんだよ。な、ジョージ」


「は、はい。あまり痛くなかったですからーー」


「ではなんですか! この瘤は!」


 そう言いながら、エマさんは僕の頭頂部をアンナさんへぐいっと突き出す。いや、それ自体はいいんだけど、ヘッドロックのような形なので必然的にその、む、胸が……。


「こんなにはっきりと盛り上がっているんですよ! 痛くないはずがないじゃないですか! それをあなたは……!」


 不意に離れた安らぐ感触に、逆の意味でほっとしたのも束の間のこと。


 顔を上げればそこには、エマさんに掴みかかられた結果、露出の多い鎧が脱げかけているアンナさんがいた。


「や、やめろエマ! 見える! 見えるから!」


「人の話を聞きなさい! そもそもあなたは前も周りを気にせず暴力でーー」


 既に南半球は完全に露出しており、なんかもう、ギリギリ引っ掛かってるだけという有り様だ。


 周囲の冒険者たちは、こんな場所でも高位だけあって余裕があるのだろうか。重体者が出て早期に引き返した日もあったと聞いていたが……。


 ともかく彼らは、このキャットファイト紛いの乱闘を前に口笛を吹いたり、歓声や発破を浴びせたりと、この状況を大いに楽しんでいた。


 たしかに、赤の他人ならそれなりに野次馬根性も沸いてくるだろう。


 しかし今目の前で性暴力を受けているのは、見紛うことなき僕の身内なのである。目を逸らしていると、悲惨な目に会っているアンナさんが悲鳴混じりに助けを求めてきた。


「お、おいジョージ! なるべくこっち見ないようにしながらこいつ止めろ! 殴っていいアタシが許可するから!」


 誰も止める気配がない以上、仕方がない。さすがに殴る蹴るはしないけど、多少強引でも引き離さなくては。


「き、貴様ら! この乱痴気騒ぎを今すぐやめろ! やめないか!」


 こいつ、初めてまともなこと言ってるぞっ。でも事態が事態だ。助けてもらおう!


「ケイトさん、手伝って!」


「な、なぜ貴様に協力など……しかも私の頭を叩いた奴のためにーー」


「あれ見てなんとも思わないのか! それでも騎士か!」


 有無を言わさぬ調子で、だいたい二人が揉めているあたりを指差す。


「ッ! し、仕方ない。貴様は右から抑えろ!」


 どれだけ強情だろうと、騎士としての在り方を問われれば動かないわけにはいかないのだろう。


 左右からタイミングを合わせて押さえようとしたとき、不意に歓声が止み、張られた大声が緊張感を一気に引き上げた。


「レッドベアが出たぞ! 戦闘準備!」

今日中になんとかもう一話投稿します

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