第五十六話 二人で内職をした
「で、では……わ、私がするところ……み、見ていて下さい……っ」
招いた僕の一室では、明らかに緊張した様子で、それでも踏ん切りをつけ覚悟を決めるよう、オリヴィアさんは強く言い切る。
「んっ……こ、ここを……こう、して……」
よく整えられた細い指は、拙い言葉とは裏腹に繊細さを感じる所作で這うような動きを見せた。
「わ……オリヴィアさんの、凄く綺麗だね。ほら、よく見ると、この開いたところとかも……」
その内側へ少し触れたとき、オリヴィアさんは大いに慌て出す。
「あ、ま、まだ触っちゃ駄目です……おかしくなっちゃう、から……」
「ご、ごめん……気をつけるよ」
失敗した……気まずい沈黙が流れる中、オリヴィアさんは少し顔を背けながら口を開く。
「そ、それに、綺麗、なんて……は、恥ずかしいので、言わないで下さい……」
「凄く綺麗だよ。恥ずかしいことなんてない」
「ジョージさん……」
朱に染まった顔の、その瞳が潤む。そんな彼女へ、僕は一つ提案してみた。
「そうだ。俺も一緒にするから、合わせて動いてくれるかな?」
「い、一緒にですか!?」
狼狽するオリヴィアさんへ、僕は言葉を続けた。
「そうしてくれると、たぶん、もっとよくなると思うんだけど……ダメかな」
「だ、ダメなんてことは……で、でも私、こういうの、今日が初めてで……」
「大丈夫。緊張しないで」
しばし逡巡したオリヴィアさんであったが、何度か深呼吸を繰り返したあと、彼女は縦へ深く頷いてくれた。
「わ、わかりました……ではっ」
「ああ」
そうして僕らは、この日の針仕事の内職を再開したのであった。
「やっぱり、楽器やってるだけあって凄く器用なんだね」
「そ、そんなことないです。じょ、ジョージさんに、やり方を教えていただいたおかげで……」
こんなものに、やり方も何もないと思うけど……単純作業に差が出てくるあたり、基礎的なスペックの違いを感じずには入られない。
オリヴィアさんの作業は、とくに急いで手を動かしているわけでもないにも関わらず、動作に淀みがない。気づけば縫い合わせたものの山ができていて、まるで魔法のようだ。
「こういう細かい作業、苦手なんだよな……」
「お、男の人なのに、綺麗にできていると思いますけど……」
そうオリヴィアさんは褒めてくれるけど、別に規格から外れないよう縫えているというだけでしかないだけに、素直に喜ぶことはできない。男なのにできているというのも、元の世界で作業着など衣類の補修を自らこなしていたからに過ぎなかった。
「この仕事選んだときも、仕立て屋さんから変な目で見られたよ。こっちだと、男はこういうことやらないの?」
「い、一般的ではないかと……その、以前は、どんなお仕事をされていたんですか?」
「土木関係。つっても、あんまり仕事ができるほうじゃなかったから、基本解体とかに回ることが多かったけど」
「で、でも、凄いですよね。お、重いものを、長い時間運び続けたりとか……」
「そうねぇ。昔に比べたら、だいぶ楽にはなってたらしいんだけどねぇ。オリヴィアさんは?」
若い人に気を使わせ続けるのもアレなので、逆に訊ねてみる。
「わ、私は、その……」
言い辛そうに言葉を途切れさせたあと、俯きながら恥じ入るように続けた。
「じ、実は……ちゃんとしたお仕事をするのは、こ、これが、その……初めてで……」
まあ、オリヴィアさん十六才だものなあ。こっちだと、タバコなどの行商や靴磨きなど、下手をすれば十歳足らずでも働いてる子供をよく見かける。
けどこの子は、希少なローブを持っていたり冒険者試験でもちょっと浮いてたように、たぶん普通の家の子供ではないんだろう。
「そうなんだ。まあ俺ら、事実上レッドベアの討伐してるけどもね」
流しで三ギルの件には触れず、褒賞金のことを持ち出すと、オリヴィアさんは慌てて頭を振った。
「あ、あれはジョージさんたち皆さんのお力で……わ、私なんて……か、借りたお金も、まだ……」
フォローのつもりで言ったんだけど、このままではまた謙遜アンド自己否定ラッシュが開催されてしまいそうである。供物も音頭を取るのもオリヴィアさんというのは、なんだか悲しい。
「いや、オリヴィアさんがいなかったら、俺ら間違いなく全滅してたから。これ、何度でも言うからね」
「な、何度もですか……?」
僕は訝しがる彼女へ頷き続ける。
「そう。オリヴィアさんが不安になって、けど俺らに気を使って励まして欲しいとか頼りたいときとかに、もう耳にタコができるぐらい」
「で、でもっ、私の攻撃魔法は全く効果がありませんでしたし、ジョージさんから戴いた魔法薬がなかったら、呪曲だってあんなには……」
こんなものは根比べだ。僕は負けじと、肯定の反撃を放ち続けた。
「爆風から俺のことを身を呈して庇ってくれたし、最初に蔵へ入るときもオリヴィアさんが扉を開けてくれたからクレアさんを背負ったまま滑り込めた。道も調べてくれたし、合流したみんなの負傷具合を見ながら的確に魔法薬の分配もーー」
「わ、わかりましたから! もういいですから!」
どうやら、押し切れたようだ。それにしても、耳まで真っ赤になっちゃってまあ……やっぱり褒められるの、満更でもないのだね。
「はあ……これじゃあ、お姉ちゃん失格です……」
「……別にお姉ちゃんとは思ってないけどな」
肩を落とす彼女へそれとなく言うと、目を見開いて驚かれた。
「ええ!? と、と言うか、聞こえてーー」
「そりゃもうばっちりと。あ、二人には言わないでね」
一応釘を刺させて貰うと、オリヴィアさんは素直に了承してくれたあと、逆に頭を垂れてきた。
「す、すいません……」
「いいよいいよ。なんかもう慣れてきたから。でも俺、そんなにガキっぽい……?」
僅かに『いえ、最初はそう思っていたんですけど、一緒にいるうちに、段々と滲むダンディズムを感じはじめ』などと言ってはくれないかと期待しながら問うと。
「こ、子供っぽいとかそんなことはないんですけど……ど、童顔と言いますか、背も、ほ、ほんの少しですけど、低めですし……と、年下か、同い年の男の子と接する感覚と言いますでしょうか……?」
「……そっか。正直に話してくれて、ありがとう」
せっかく本音で話してくれたのだし、僕自身がそれを求めたのだから怒らないけど、それって結局小便臭いって意味だと思う。
その後の僕の様子を見かねたのか、彼女からは多くのフォローが入った。けれど、傷心の僕の耳にはあまり入らないまま、馬耳東風に聞き流してしまった。そうしているうち、今日は手先が器用なオリヴィアさんが加わったこともあって、作業が早く終わる。
「じゃあ、届けに行こうか」
この頃には、僕の貧弱な精神も多少落ち着きを取り戻しつつあった。そのうえ声をかけられたオリヴィアさんは、未だ気遣うよう様子を窺ってくれる。
「は、はい……あの、本当に大丈夫ですか?」
さっきは遠慮なかったけど、それでもこうして気にしてくれるなんて、やっぱり優しい子だなあ。お姉ちゃんとは思わないが、そこには先の二人とは違う形で僕を受容してくれるママみがあった。
おじさんはねぇ、この話の頭みたいな、実際は別のことをしているのにエッチなことをしているふうにしか聞こえないシーンが大好きなんだよ!