第五十五話 お姉ちゃんが三人になったらしかった
あのとき価値を示せたなら、きっと置いていかれることはなかっただろう。
そこで無力ではなかったなら、あんな目に合うこともなかっただろう。
けど、今は違う。力を得た私は、それを用いてこの地
ノースマディソン
の元の支配者を倒し、新たな主となった。今ではあの人と同じ、レッドベアだって従えられる。
もう弱かった頃の自分は完全に捨てた。きっとあの人も喜んでくれる。私のことを見直し、誇りに思ってくれる。
そのためにも、もっと力を示さなくては。あの人が認めてくれるほどに。嗚呼、どうか待っていて下さいね。親愛なる……。
「いやあ、オリヴィアちゃんも来て、ウチの宿も賑やかになったもんだねえ」
そう言いながら、食堂で血色のよい恵比寿顔を見せるのは女将さんだ。
「そうだなあ」
「アンナさんやエマさんの二人が利用してくれてるってだけでも鼻が高かったのに、そこへ今回の騒動を乗りきったジョージさんやオリヴィアちゃんも加わったってんだから」
「ああ。ベーコンエッグおかわり」
もう何十分も、まともに女将さんの相手をしているのはアンナさんだけだ。僕ら三人はおかわりどころか目の前の皿すら持て余し気味で、死んだ目をしながら椅子に座っている。
「あんなに強いレッドベアを数えきれないほど倒した子供たちが冒険者になったんだから、今回の事件もすぐに解決だよ。みんなの親御さんも、鼻が高いだろうねぇ」
必死に乾いた笑いを浮かべると、オリヴィアさんも僕に続いてきた。この人のこんな顔は珍しい。不謹慎ながら、ちょっと面白いとすら感じてしまった。
「まあ、実績を焦る必要はねぇが、とっとと治すためにも今はとにかく腹に詰め込め。オリヴィア、お前も吟遊詩人なり冒険者なりやるなら、そんな線が細くちゃ話になんねぇぞ」
「は、はい……が、頑張って食べます……」
アンナさんの言葉に励まされたのか、オリヴィアさんは苦しそうにしながらも、また一口食事を進める。
それにしても、この量はなんなのだろう。以前に比較すれば多少ボリュームが大人しくなり、食材も日持ちがして値の張らないものが増えた。とはいえ、それでもこのボリュームは異常だ。
少しずつ流通も回復しつつあるとは言え、大丈夫なのだろうか。食料事情とか、まだまだよくないはずなのに。
元の世界にも、平気で焼き肉を十五人前や二十人前と食べる奴はいたし、昔一緒に働いたことのある荷揚げなどの外国人労働者も、旺盛な食欲を誇っていた。アンナさんや女将さんも、そのタイプなのだろう。
そのアンナさんとは違う、同族へ向ける気遣いをエマさんは青い顔で向けた。
「へ、平気ですか? オリヴィアさん……」
「は、はい……」
「話し損ねててごめんね……」
この流れで、僕も謝っておく。安い割に女の人でも住めるとか、変な虫に噛まれたりしないし料理も美味い。などと、手配師か何かのように聞こえのいいことを伝えてばかりで、この最優先で伝えるべきことを言い損ねていたのだ。これでも、慚愧に耐えぬ思いである。
「い、いえ……大丈うぷっ」
「む、無理はなさらないで下さい」
「大丈夫だから! 裏技ちゃんとあるから!」
戻しかけたオリヴィアさんを制止し、今日も食べきれなかったぶんを収納魔法へ入れて完食を装う。北
ノース
マディソンでの日常が、戻ってきた。
「じゃあ、アタシらは行ってくるからな」
「二人とも、疲れたらきちんと休憩を取って下さいね」
レッドベアの討伐隊に加わっている二人を、僕らは玄関で見送っていた。ちなみに、僕とオリヴィアさんが今日するのは針仕事の内職である。二人の大変さに比べたら、疲れも糞もないのではと思う。
「俺も早く加われるよう、養生します」
「お、お気をつけて」
「おう。……ところでオリヴィア、ちょっといいか」
そのまま宿へ戻ろうとしたとき、アンナさんが小声で何やら続けていた。
「え、わ、私ですか……?」
「他に誰が居るんだよ。いいからちょっと来い」
そのまま、オリヴィアさんを連れ立ってエマさんと建物の脇へ移り、潜めているらしい声でやり取りをはじめた。
「そ、その……な、なんのお話でしょうか……?」
「実は、ジョージさんのことなのですが……」
何か心臓に悪いものを感じながらも、その場を離れられず盗み聞きを続ける僕の耳に、アンナさんの声が聞こえてきた。
「トシの割には大人びてても、所詮はあいつは少し前まで寝小便してたガキだ。神経質なくせして変に気負う悪い癖がある」
「そ、そうなんですか……」
わ、悪口では、ないのか……? と言うかオリヴィアさん、わかってると思うけど寝小便は比喩だからね?
「まだ私たちにも気を使っているようでして……無理をしている様子がないかどうか、オリヴィアさんのほうからもそれとなく見てあげて下さいませんでしょうか?」
……なんだろう。この、ほっとしたような、情けないような気持ちは。僕の内心とは裏腹に、オリヴィアさんは一転、気持ちの込持った返事で二人に応えていた。
「わ、わかりました! お二人が留守の間、ジョージさんのお世話、つ、務めさせていただきます!」
「ありがとうございます。オリヴィアさんもジョージさんのお姉ちゃんになってくれて、大変心強いです」
「お前のほうがトシも近いし、話しやすいこともあるだろうからな。頼んだぜ」
「は、はいっ。ジョージさんのお姉ちゃんとして、が、頑張ります……っ」
なんか、人がいないところで盛り上がってんなあ……僕って、そんなに幼く見えるのだろうか。甘くされるのは満更ではないものの、こんなあからさまにお世話対象として認識されるのも、それはそれで複雑なものがあるのだなあ……。
第二章突入です。ほんのりエッチな話の構想とか練ってたのに、結局幕間とか書けなかったよ…。




