第五十二話 全員生還した
前の話を修正しました。全員で飛び出したのではなく、まずは二人で蔵から出ています。お手数おかけしてすいません。
光に目を焼かれたレッドベアたちが、後ろから僕たちを追いかけてきた。
準備していた僕らですら、涙が出そうなぐらい強い光だったと言うのに。奴らとくれば、多少調子が悪そうな様子が窺えるだけで、まるで獲物への執着が衰えない。水晶を持った僕らから離れた場所にいたレッドベアほど、とくにそうだ。
けど、それでいい。蔵の近くに魔物が残ってしまっては、みんなを逃がすことができない。むしろここまでは順調。折を見て、みんなはギャヴィン試験官やアリアさんのもと、予定の場所へ逃げてくれることだろう。
振り返った際に一瞬、脇目でちらと蔵が見え、あの堅牢さが見る影もなくボロボロにされたことに肝が冷える。もしあれ以上籠城を続けていたなら、さらに削られた壁に体当たりで穴を開けられていたことだろう。そんな連中に追いかけられていることも含め、ぞっとしない話だ。
「あっ」
出し抜けに隣から短い悲鳴が聞こえ、地面に足を引っ掛け転びそうになったオリヴィアさんの腕を引っ張る。
「す、すいませっーー」
「問題ない! 走るぞ!」
辛うじて転倒を避け、崩れた体勢を立て直した彼女の手を引き、頭の中で窪地までの距離を測り焦燥を覚える。ゴールはまだ遠いにも関わらず、レッドベアどもはすぐ後ろへと迫っていた。
別に、オリヴィアさんが転びかけたからとか、そもそも彼女を連れているから以前の問題で、単純に生物としてのスペックが違いすぎる。
さらに言えば、今の僕は万全とは程遠い状態にある。ギアを上げようにも、低速を維持することすら精一杯の有り様だ。
例え投石をしたところで、この数を前にしては差をむざむざ詰めさせてやるだけ。とは言え、このまま走り続けたところで、どうせ辿り着く前に追いつかれる。そのときオリヴィアさんを巻き添えにするぐらいならーーそう思った瞬間、すぐ後ろにいたはずの彼女が、急に予定とは違う方向へ走り出した。
「え、お、オリヴィアさん!?」
「こ、こっちにもあるんです! ついてきて!」
彼女を放ってもおけない現状、他に手もないので後を追うと、たしかにそこには身を隠すための穴があるにはある。とは言え、それは見た目からして本来入るはずだった溝よりも明らかに浅く、人間二人が隠れるにはいささか心許ないものだった。
「は、早くして下さい!」
穴へ入り、僕を挟んでレッドベアから遠いほうへ身を置いたオリヴィアさんが僕へ叫んだ。悲痛さを伴ったそれに覚悟を決め、穴へ入る前に水晶を取り出し、魔力を注ぎ込む。
直接見ないようにしても、なお目を焼き痛みを感じるほどの閃光。それに熱まで加わり、僕が穴へ入った頃には、水晶はまるで煮え滾った土鍋を素手で掴んでいるかのような温度となっていた。
「い、今です!」
視界が半ば塞がっていたのが、ある意味恐れや戸惑いに振り回されないという意味では効を奏したのかも知れない。さっきまで僕らの背にあった方向へ、言われるがまま即席の手榴弾を投げたーー次の瞬間、僕は穴へ身を隠すため動くよりも早く、細い腕で後ろへと引き倒されたていた。
何が起きたのかと疑問を感じるより前に、穴の底へ身を横たえる形となった僕の上に、オリヴィアさんが覆い被さってくる。そうして腕ごと抱きすくめられ、四肢の末端が彼女のローブから出ないよう押さえ込まれた。
その見た目より妙に軽い布の肌触りを不思議に思うより、何かに備えるよう身を強張らせたオリヴィアさんの意図をようやく理解した馬鹿な僕はやめさせようとしてーーけれど次の瞬間吹いてきた爆風や地面の揺れを前に、その場で耐えることが精一杯だった。
「ぐ、う……っ」
たしかに地面へ伏せているはずなのに、呆気なく奪われた平衡感覚。オリヴィアさんに庇われていても、なお届いてくる熱と痛み。彼女の苦悶の声、痛みに強張り、それでも僕から離れる素振りすら見せない体の、今吹き荒れる熱風とは違う血潮の熱さ。
「オリヴィアさん!」
「まだ、です……ま、だ……っ」
以前、チームメイトが頭部死球を受け倒れた際、大会側の対応が酷く緩慢だったことに憤ったことがあった。その怒りを今は自分に覚えてやまない。
抱え込まれるようにされている頭には、彼女の鼓動が直に響く。何もできず、ただ守られているだけの悔しさで血管が切れそうな脳の中身は、目の前にあった閃光よりさらに頭を真っ白にしていった。
何をやっているんだ俺は。どうして気づかなかったんだ。耐えるオリヴィアさんの腕や足が、きつく体に食い込み、罪悪感から込み上げる吐き気を倍加させる。涙が彼女の胸に染み込んで、けれど僕は爆発が収まるまで、ただこの子に身を呈して守られ続けるしかできなかった。
辺りは静寂を取り戻す。ということは、レッドベアどもは片付いたのだろう。しかしオリヴィアさんは、揺さぶっても僕のうえでぐったりと身を横たえるだけだ。何故か僕らを覆っていたローブは、破れるどころか生地が痛んだ形跡すらなかった。それでも彼女の鼓動は、弱い。
飛び起き、栓を抜いたエリクサーを彼女の口に押し込む。咳き込まれても続けていると、滲んだ視界の中で喉が動きはじめた。
「オリヴィアさん! しっかり! しっかりしろ!」
微かに開いた目の光は弱々しいものではあったが、それでも僕を見ると、ほっとしたように微笑んでくれた。
「……ジョージさん……よかった……」
そのまま、オリヴィアさんは瞼を閉じてしまった。慌てて脈拍を確認したものの、僕を庇いはじめだった頃に比べれば、まだまだ弱い。
「……ごめんよっ」
急いで彼女を背負い、本来目的だったはずの合流地点へと向かう。限界だったはずの足は、どこに力が残っていたのかと思うほど動く。次の瞬間には、背中に伝わる脈が止まってしまうのではという恐怖は、レッドベアに追われるより恐ろしいものがあった。
「ジョージ! こっちだ!」
幸い、みんなとはすぐに合流できた。声の方向を見ると、ギャヴィン試験官とアリアさんを先頭にこちらへ向かってくる。彼らに欠けたものは、誰一人いないようだった。
「無事だったか! オリヴィアはどうした!?」
「俺を庇って……エリクサーは飲ませたのに、意識が……ッ」
「落ち着いてジョージ。まずは助けるためにも、街へ戻らないと」
そうだ、今は落ち着かなければ。オリヴィアさんを、自分のせいで死なせるわけにはいかない。
「オリヴィアはボクが背負う。あと少し頑張って」
「予定と違う場所で爆発したから、こっちに来たんだ。とにかく今は逃げるぞ! 走れるか!」
「はい!」
ボーイッシュな子が、オリヴィアさんを背負い直す。僕に目で、大丈夫だと伝えてきた。本当にそうなのかはわからない。ただ、本当に大丈夫にするために、まずはここを出て、安全な場所へ向かわなければならない。頭を麻痺させ頷くと、誰かに涙を拭われた。拭いてもらったそばからまた出てくるのだが、とにかく集団から離れないよう必死で駆けた。
途中、レッドベアが出た。ギャヴィン試験官らと応戦し、無心で石を投げつけ、押し通る。しばらく経って街の近くまで行けば、人工的な光源と、複数体の動く人影が見えた。
「誰かいるのか!」
「ああ! ここにいるぞ!」
ギャヴィン試験官が答え、そちらへ向かう。救援が来たのだ。僕らの間にも、次第に安堵が広がっていく。
「ジョージ! おいジョージいるか!?」
誰かが、僕の名を呼んでいる。近づいて見れば、それはアンナさんだった。
「あ、アンナさん……」
「生きてたか! 悪い、すぐそっち行けなくってーー」
「ジョージさん!」
言葉を遮り、エマさんが抱きついてきた。
「よかった……無事だったのですね……」
抱擁する肩が震えている。こうしてもらうことで安心すると同時に、感じないようにしていた不安や堪えていたものが次々胸から嗚咽として溢れ、心の抑えが効かない。
「ひ、一人、危険な状態の人がいて……俺のせいでっ」
「怖かったですよね。もう、大丈夫ですからね」
崩れ落ちそうになってすがりつく僕を、エマさんはただ受け止めてくれた。
「あーあ、仮にも男が人前で、だらしねぇ」
そう言うアンナさんは仕方なさそうにしながらも、その瞳の奥にはあたたかなものが確かにあった。
「その子のことを見てみます。少し待っていられますか?」
頷くと、エマさんはもう一度僕を抱き締め直したあと、他の神官の人たちを引き連れて、オリヴィアさんを背負うボーイッシュな子のほうへ向かっていった。
「ったく、いつまで泣いてんだよ。まだ助かってねぇってのに」
僕の髪を掻き乱しながらも、アンナさんは僕の体を脇から支えてくれた。
「す、すいません。なんか、二人の顔見たら、緩んでーー」
「ったく……まあ、あとはアタシらに任せな。街のほうも一先ずは落ち着いたし、襲ってくるクマ公なんざ、このアンナ様が剣の錆にしてくれるからよ」
白い歯を見せ笑いかけるアンナさんの顔が、また滲む。そんなとき、不意にギャヴィン試験官の声が聞こえてきた。
「随分でかい口を叩くようになったな、Cランク間近」
「久しぶりだなギャヴィン。今回の試験官がアンタでこいつらも命拾いしたろうぜ」
ところが、アンナさんの言葉に試験官は首を振る。
「いや、命拾いしたのは俺のほうだ。そいつがいなかったら、俺たちは一人残らずレッドベアの腹に収まってただろう」
「この街唯一のBランク冒険者にして一番の剣の腕を持つアンタが? そのベソかいてるボロボロなガキ風情に?」
横から聞こえてきた男の声に、ギャヴィン試験官が返す。
「こいつの実力に今回の功績を考えれば、今すぐBランクになったっておかしくはないぐらいだ。もっとも、あまりに経験不足が過ぎるぶんFランクからのスタートが精々だがな」
「え、Fって、飛び級での合格かよ!」
「あの何年もまともに出てない!? 信じられねぇ。まさか、そんなチビのガキごときが……」
「へっ、まあ、アタシらが見込んで引き入れた奴だからな。それぐらいは当然ってもんよ」
どよめく救援に来てくれた冒険者たちへ、アンナさんは得意気に鼻の下を擦って見せる。そんなアンナさんへ、ギャヴィン試験官は冷や水をかけることを言った。
「自惚れるなよアンナ。俺からしたらお前なんか、ほんのちょっと腕が立つって程度だ」
「なんだとこの野郎。今ならどっちが上かはっきりさせてやってもいいんだぜ」
「もう、アンナったら……。今私たちは、受験者の皆様の救援に来ているのですよ?」
「ちっ……わかってんよまったく、ほら、ガキども着いてこい」
アンナさんが背を向け進んでいく中、エマさんが僕へ微笑みとともに伝えてくれた。
「さっき話してくれた子は、もう大丈夫ですよ」
「ほ、本当ですかっ」
「はい。魔法薬で傷自体は処置されていたのですよね? それでも深い部分にまで残ったダメージが抜けるまで、しばらく安静にしていただくことになると思います。ただ、命に別状はありません」
「いやあ、さっきの娘さんが着ていたローブ、とんでもない代物ですよぉ。ミスリルが織り込まれてるうえ、付与魔法がいくつもかけられていましたからね。なにがあったかは知りませんが、あれがなければ確実に命はなかったでしょうな」
見れば、担架で運ばれるオリヴィアさんの顔は先ほどより血色がよく、息も健やかそうなものとなっている。僕はエマさんや他の神官の方々に、何度も繰り返し頭を下げた。
「あ、ありがとうございます! ありがとうございます!」
「さあ、みんなで街へ帰りましょう。それとジョージさん、合格のお祝い、期待していて下さいね」
茶目っ気たっぷりにウインクまでして、エマさんも先導する列へ加わりに行く。僕も続こうとしたとき、急に肩へ手を回された。
「なあ、ジョージ。お前あのおねえさんたちと、いったいどういう関係なんだ……?」
「え、どういうって……普通にパーティーのメンバーだけど」
「め、メンバーって……なんで冒険者になる前にそんなのがいるんだよ。さっきの人たち、Cランク間近だってーー」
「その、運よく拾ってもらって……助けてもらってるって言うか……」
「う、運が良いにもほどがあるだろ!」
「とっても優しそうな人たちね」
「ボク知ってるよ。あの二人、この街じゃかなり名の知れた剣士と神官なんだよね」
「そのうえ、あれだけの美人を……ちくしょうっ、こいつばっかり運がいいから……!」
「……ジョージ、アンタあとでツラ貸しなさいよ」
どうしてだろう。何人か、男を中心に怖い目をしている人たちがいる。とくに女性陣で唯一その目をしているクレアさんに至っては、最も険しい形相で僕を睨み据え、城門を通り街へ戻れたあともやめてくれなかった……。
あとはエピローグをパパッと書いて第一章終わり!くぅ~疲れましたwここまで付き合ってくれた読者のみなさんマジ感謝!




