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第十六話 女将さんからの評判が上がった

 お婆さんと別れ二人と合流した僕には、前を歩く彼女たちに言わなければならないことがあった。


「どうだジョージ、素寒貧になっちまったご感想はよ」


 アンナさんが振り返り、ニヤつきながらからかってきた。まあ、そりゃあ勘づかれてるよな……。


「い、いやあ。なんと言うか、言い出しづらいんですけど」


 残ったお金は、銀貨八枚に銅貨と鉄貨が数枚ずつ。僕は恐る恐る、気になっていたことを二人に尋ねた。


「あの、冒険者になるための試験って、結構するものなんですか?」


 今の手持ちで間に合うぐらいならーーそんな微かな希望は、呆気なく否定された。


「一度の受験につき、十万ギルが必要となります」


「昔は受験料だって今よりはるかに安かったらしいけどな」


 つまり僕が試験を受けるには、あと九万ギルと少しが必要ということになる。当然僕にはそのアテはない。ハワードさんにお願いすれば貸してくれるかもしれないけれど、それはあくまで最後の手段だ。


「で、どうするよ。アタシらに頼みごとでもありそうな口振りだけど」


 その通りなのだ。ここはもう、恥を忍んでストレートにお願いしよう。


「クエストのお手伝いに、連れて行っていただけないでしょうか」


 僕は二人に頭を下げる。僕が資金を得るために、現時点ではもうこの方法以外思いつかないのだ。


「その、なんでもしますので、魔物を狩ったりしてギルドでお二人に売っていただけると、助かるのですが……」


 僕一人では、魔物を買い取って貰うことができない。冒険者登録をしている二人の協力は、必要不可欠だった。


「受験代が貯まるまで、ご協力よろしくお願いします!」


 そうして腰を折り曲げたままでいると、不意に洩れ出た笑い声が聞こえてきた。


「ぷっ、あははっ! そんなの頼まれるまでもねぇことだろ!」


「先ほどのジョージさん、大変ご立派でした。是非私たちにもお手伝いさせて下さい」


 なんとも快い返事。しかし、いいのだろうか。その時間を僕に付き合わずとも、もしかしたら二人はもっと割のいい依頼を受けられるかもしれないのに。


「その、ご迷惑とは思うんですけど……」


「なに言ってんだよ。あんなの見せられたら、黙ってられねぇよ」


「遠慮せず、なんでも仰って下さいと申し上げたではありませんか。よく私たちにお話しして下さいましたね」


 アンナさんは僕を軽く小突き、エマさんは僕の手を取ってくれる。胸の奥からあたたかいものが込み上げてきて、少し目頭が熱くなってしまった。 


「アンナさん、エマさん……俺、本当に」


「はい。私たちは、いつでもジョージさんの味方です」


「なに湿っぽくなってんだか。ほら、そうと決まりゃあ早く行こうぜ」


「はいっ」


 この二人と出会えてよかった。改めてそう思いながら、僕たちは再び歩き出した。





「そういえば、あのお婆さんのお店ってどうなりますかね」


 少し気になったので聞いてみたものの、二人の反応からはそれほど深刻そうな気配を感じなかった。


「続けるだけなら、まあなんとかなんだろ。アホほど買ってやったんだし、あの因業ババアも今回に懲りて、次から用心棒を雇うときはギルドを通すだろうし」


「ポーションの質も、どれもよいものばかりでした。ただご高齢ということもありますので、これからは私たちで定期的に様子を見に行きましょう」


 頷きながら、アンナさんの口から出た用心棒繋がりで、もう一つ気になっていたことがあったことを思い出す。


「そういえばなんですけど、あの男が上手く嘘を突き通してしまったらどうなっちゃうんですか?」


「ご心配には及びませんよ。その人が嘘をついていないかを調べる魔道具があるのです」


 そんな便利なものがあるのか。まるで元の世界にあった嘘発見器のようだ。


「まあ、ありゃ処刑だろうし心配すんな」


「え、処刑ですか」


 あっさりアンナさんの口から出た言葉に、僕は多少動揺してしまった。


「盗みだけならともかく、街中でヤッパ抜いて暴れ回ったんだ。もし憲兵が現場を抑えてたら、その場で殺されても仕方なかったんだぜ? 生きてたまましょっ()かれて、向こうで言い分聞いてもらえるだけでも(めっ)けもんだろうよ」


「そ、そうですよね……」


 もちろんアンナさんの言う通りなのはわかるし、さっき僕を躊躇なく刺しにきた男が野放しになって、釈放されたその足でお礼参りにでも来たらと思うと恐ろしくて堪らない。それでも、人が死ぬというのは、あまり気分のいいものではなかった。


「……まあ、今は帰って腹ごしらえだ」


「あはは、俺、あの宿にまた上がれるものですかね?」


「あー、お前なんでか女将さんと馬が合わねぇからな」


「昨日会ったばかりで、あそこまで嫌われる理由もわからないんですけどね……」


「アンナ、あなたが裸で廊下になんて出るからですよ。そもそも私は普段からーーむぐぅ!?」


「わ、わかったっ。わかったから裸とか言うなよっ。な?」


 うん。まあ、僕とアンナさんでいろいろ起きた前から、女将さんは僕に嫌悪感を抱いていたみたいなんだけどね。まあ、世の中にはいろんな人がいて、中には自分にとって不都合な人もいるし、ある他人からすれば僕自身もそうなのだろうからね。仕方ないよね。


 どこか目ぼしい場所はないだろうか。そう思いながら代わりの宿泊先になり得る宿を眺めつつ、重い足取りで昨日泊まった宿へ向かうと、建物の中から僕を見つけた女将さんが走ってきた。


「坊や! 坊や!」


 ああ、やっぱり追い出されるのか。まあ、泊まったのだって昨日一日だけだし、未練もないのだから別にいいか。でも心なしか、少し様子がおかしいぞ……?


「お帰り坊や、聞いたよさっき。盗人を捕まえたんだって?」


 女将さんの顔は、まるで子供のようにキラキラとほころんでいた。上気した頬の赤さだって、別に大きな体でここまで走ってきたからというわけでもなさそうだ。


「おまけに、被害に会った店に金落としてやったんだってね。泊めてやってる人間として鼻が高いよ」


「は、はあ……」


「朝は済まなかったねぇ。気が立ってたというか、ほら、私こう見えて短気なところがあるから」


 なんだろうこの変わり身の早さ。今朝僕がアンナさんの一撃で昏倒していたときの口振りを思うと、なんとも複雑な気持ちになってしまう。


「今日も泊まるんだろ? 部屋もちょうど空いたから、そこ入りなよ。まとめて払ってくれるなら安くしてあげるからさ」


「よかったじゃねぇか」


「はい。ジョージさんだけ離れていては、急ぎのときに大変ですものね」


 たしかに、一緒のパーティーなのだから一緒の建物に住んでいたほうが、なにかと都合もいいだろう。今は手持ちが少ないことを話すと、女将さんは気前よく数日分のみの宿泊料で部屋を貸してくれた。


「へえ、二階か。三人お揃いだな」


「はい。これからよろしくお願いします」


「おお、じゃあ食堂で飯食って出発な。少し買ったもん整理したいから、先に行っててくれ」


 そう言いながら、アンナさんが自室へと消えていく。床を見ると、今朝の鼻血が拭いきれなかったのか、床に染み着いて跡になっていた。どうしよう。これを見るたび思い出しそうになったら、アンナさんに申し訳が立たない……。


「ジョージさん」


「は、はい!」


 邪な考えを見透かされたのかと思ったけれど、エマさんは僕の様子を不思議そうに見たあと、いつも通り微笑みを向けてくれた。


「私、ジョージさんがここを出ずに済んで本当によかったと思っているんです。見知らぬ土地に一人きりというのは心細いものがあるでしょうし、何より私自身、あなたのことが心配で……」


「エマさん……」


 心からの慈しみに感激させられたのも束の間のこと。続く言葉で、やはりエマさんはエマさんなのだと僕は認識を新たにせざるを得なかったのであった。


「なのでジョージさん。もし何かありましたら、いつでもお気軽に訪ねてきて下さいね。何もなくとも、寂しいときや眠れないときなど、この私が眠れるまでそばで絵本でもーー」


 ダメだこの人! アンナさんにあれだけ酸欠にさせられても何一つ懲りてない!


「あ、あはは、そのときには遠慮なく」


「よいことを思いつきましたっ。これからは毎晩、きちんとジョージさんが眠れたのを確認できるまで私がお側で」


「いやいやいやいや! ほんといいですから!」


 ダメ男製造器って、こういう人のことを言うんだろうな。そう思いながら、なんとかこの慈愛の悪魔の誘惑を断ち切り、新生活を送ることとなった自らの居室に入る。そうしてそこで一人、果たして今晩寝つけるだろうかと不安を覚えたのであった。

おかげさまで総合評価百ポイント届きました。これからも頑張ります。

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