第十五話 お婆さんから薬を買った
「じゃあな、婆さん。次からは気をつけな」
アンナさんの言葉に、しかしお婆さんは俯いたままだった。
「ありがとう。けど、次はないよ」
そうして、暗い顔のまま続ける。
「私がギルドを通さず冒険者を雇ったことを、あの男は話してしまうだろう。そのときに罰金を払ったら、もう店をやっていけそうにないんだ」
街の人たちは、さっきの男が闇市に商品を流していたと言っていた。そういう損失や、今回のトラブルが衆目に曝されたことも含めて、このお婆さんが失ったものは大きいのだろう。
「馬鹿なことをしたよ。まともに依頼をしていたら、こんなことにもならなかったって言うのに。あの人と結婚してからやってきた店を一人でも最期まで守るつもりだったんだけど、これじゃあねぇ」
お婆さんは笑う。力なく自らの末路を自嘲するそれは、痛ましく、そして寂しい表情だった。
「税金もまた上がった。体もガタがきてるし、頭もボケてきた。もうそろそろ、潮時ってことなんだろうね」
相手は今日会ったばかりの見ず知らずだ。冒険者になるための試験を受けることが決まっただけで、僕自身こっちでどう生活して行けるか、具体的にはまだ何もわかってはいない。そんな状況での出費は痛いし、このお婆さんを助ける義理もない。
けれど、僕には今アンナさんとエマさんがいてくれている。お婆さんは一人ぼっちで、そして僕は金を持っていた。
「……あの、お婆さんは何屋さんですか」
僕の問いかけに、お婆さんは短く答える。
「薬屋だよ。そいつがどうかしたかい」
「……アンナさん、エマさん、冒険者として仕事をするうえで、よく使う薬ってどんなものがあるでしょう」
僕がどうしたいのか、二人は察してくれたのだろう。それぞれ、必要なものを挙げ連ねてくれた。
「そうですね……体力回復ポーションや魔力回復ポーションは、いくらあっても困ることはないかと思われます」
「麻痺させられたり毒に冒されたときのための薬も必要だな。他にも道具の持ちをよくしたり、補助的なもんであったほうがいいのもある」
二人に頷き、僕はお婆さんに残った手持ちの金貨を全て差し出した。
「このお金で買えるだけ下さい」
お婆さんが目を見開く。子供に見える僕が、これだけの金貨を持っているとは思わなかったのだろう。しかしお婆さんは、動揺を隠すようにすぐ憎まれ口を叩く。
「……ものを知らない坊やだね。そんなにたくさん買っても腐らせるだけだよ」
「大丈夫です。収納魔法を使えるので」
そう言って、先ほど捕らえられた男がアンナさんへ向け倒した木箱を一度全て収納し、そして取り出しながら元通りに積み上げ直した。
「あ、あのガキ、あれだけの量の木箱を一瞬で!?」
「まるで人間倉庫だ。その気になりゃあ冒険者なんかやらなくたって、宮廷付きで高給貰いながら働けるぜ」
街の人々がどよめく中、アンナさんとエマさんがお婆さんへ続けた。
「ってわけだ。ジョージの収納魔法の容量は伊達じゃない」
「そのうえ、収納されている間の劣化もありません。これから購入のため向かわせていただけますか?」
「……好きにしな」
少し迷った様子こそ見せたものの、お婆さんはそう言いながら溜め息を吐く。その嘆息にはどこか、安堵も入り混じっているように思えた。
「なあ婆さん、これだけ買ってやるんだ。次来たときに少しはまけろよな」
買い物を終え、店を去る際にアンナさんがお婆さんへ別れの言葉がわりの軽口を叩いた。
「冗談じゃないよまったく。こっちだって商売なんだ」
「なんだとクソババア! 年寄りだからっていい気になんなよ!」
無下な反応に食って掛かるアンナさんを、エマさんが抑える。
「もう、アンナっ。申し訳ありません。では、私たちはこれで」
鼻を鳴らして応えるお婆さんに、なおアンナさんがケチババアと応酬する。苦笑いしながら二人に続こうとしたとき、不意に背中から呼び止められた。
「坊や」
振り返ると、お婆さんのしかめっ面があった。それでもその瞳に、どこか暖かい色を溶かしたお婆さんは、早口でこう言った。
「何かあったら、ウチおいで。話ぐらいなら聞いてやろうじゃないか」
僕はお婆さんに頭を下げる。アンナさんの「おいっ、そんなくたばり損ないのババア放っておいて早く行くぞっ」という声が聞こえる中、僕は顔を上げた。
「ありがとうございます。お元気で」
お婆さんが、鼻を鳴らしたあと店の奥へ戻っていく。僕も小走りで二人のもとへ戻った。
今回短いです。ごめんなさい…。