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第十四話 盗人を捕らえた

 飛び出したアンナさんに釣られたように、自然と足は往来へ向かっていた。表に出たところで、駆けてきた男がアンナさんに気づき、動転した様子で慌てふためいた。


「げぇっ、アンナ!?」


「お(めぇ)か盗人は。分かりやすくて結構だな」


 アンナさんが剣を抜き構える。鋭い眼光にたじろいだ男は、一瞬ちらりと僕へ目を向けた。爬虫類のようにギョロついた、荒んだ目であった。


「クソがッ」


 そう短く吐き捨てると、男は隣の店の積み上がった木箱を、アンナさんのほうへと倒した。上手く避けこそしたものの、その間に男は、僕のアンナさんから遠いほうへ動きながら突っ込んでくる。


「らあああァッ!」


 刃物を向けられるのは、中学生の頃以来だ。もっとも、あのときの相手はふざけていた部活の先輩であって、こんな殺気立った凶暴な男ではない。


「ジョージさん危ない!」


 エマさんの声が聞こえてきた。普通刃物を向けられたなら、一目散に逃げるべきだ。けど、もう距離的にもそれは不可能だろう。突っ込んでくる男の腹に、僕は前蹴りを繰り出した。


 けれど、僕の体は緊張と恐怖に縮こまってしまっていた。当然余計な力が入っているので、蹴りは伸びないし、無駄な動きも生じてしまうので隙は大きい。男はニヤリと口元を歪めながら、押し出すようにした硬い安全靴の爪先を身を捻って交わす。そして、歪に光るナイフの切っ先を僕へ向け突き出した。


「死ねやァアアアッ!」


 とは言え、体勢が不十分なのは相手も同じだ。避けられないので、先程エマさんが選んだ防具の、硬い手甲の小指側でナイフを跳ね上げにかかる。油断し無防備に腕を伸ばした相手には、一度ナイフを戻して改めて僕を刺すことはできない。僕は息を飲む相手の腕の関節を掴み、それを踏み込みながら思いきり捻り上げた。


「い、痛たたたた!」


 男の息は酒臭い。コンディションの差で取り押さえられたか。そう溜め息を吐きかけた僕は、次の瞬間息を呑んだ。


「ガキのくせに……ッ! お前だけは許さねぇ!」


 男は空いたもう片方の手で隠していたナイフを握り、僕へ憎悪に燃えた眼差しを向けている。そして小さく振りかざした。前傾姿勢の不十分な体勢からでも、組み付いた相手にリーチはさほど要らない。ましてや僕の腕の捻り上げ方は、自分の体の位置から体勢まで、慣れた人間と比べれば間違いなく隙のあるものだった。


 やられた。刺される。そう身を固めた瞬間、こちらへ向かいかけたナイフは、耳障りな音ともに弾かれ通りに転がった。そして、誰かのブーツの爪先が男の腹にめり込む。男は小さく呻いたあと、そのまま崩れるように地面へ突っ伏した。


「許されねぇのはお前だよ……。ジョージ、大丈夫か」


「アンナさん……」


 安堵しへたり込んだ僕の様子を見て、アンナさんは微かに微笑んだ。それでも、剣は盗人の首にピタリと当てられたままだ。


「ジョージさん、お怪我は!?」


「さっそく、選んでもらったのが役に立ちました」


 エマさんに向け、ナイフを受け止めてくれた手甲を掲げる。そこには縦に削れた白い跡が残っていた。


「ああ、神よ。ありがとうございます……」


 僕の無事を確認したエマさんが、ほっと胸を撫で下ろしてくれる。そんな中、アンナさんに縛り上げられた男が、憎らしそうに一人ごちた。


「ぐっ、クソッタレッ……なんでお前らが、こんな場所をうろついてんだよ」


「新入りの装備やら備品を買いに、ちょいとね。そういうお前は、随分なバカをしでかしたみてぇだな」


 そんなとき、野次馬の人垣から腰の曲がった小さなお婆さんが姿を見せた。無力化された男を見て安堵する彼女に、エマさんはアンナさんから受け取った袋を差し出す。


「お婆さん、盗まれたものはこちらで間違いないでしょうか」


「あ、ああ。たしかにこれだよ」


 その様子を見たアンナさんは鼻を鳴らし、男に唾を吐きかけた。


「強盗か。同じ冒険者の面汚しが」


「人聞きの悪いこと言うな。これは用心棒を引き受けたお礼に貰ったんだ。けど行き違いがあって、あの婆さんが誤解しちまったんだよ。なあ婆さん、そうだよな」


 そう弁明する男ではあったが、ここで彼の言うことを信じる者など皆無だろう。


「こいつはこう言っちゃあいるが……ホントのとこ、どうなんだよ」


 先ほどお金を受け取ってから黙ったままのお婆さんに、アンナさんが問いかける。お婆さんは、観念したように事のあらましを語りはじめた。


「その男を用心棒として雇ったんだよ。ギルドを通さず、直接ね」


「それで、トラブルになってしまったのですね……」


「お、俺はただ、備品の金を出してくれないかって頼んだだけだ! 元々安く雇われてやったんだから普通出すものだろ!」


「その必要経費とやらで普通にギルドを通す倍近くの金をふんだくられると知っていれば、アンタを雇いはしなかったよ……仕事中に酒を飲んだり、ちょくちょく店の品に手を出すのだって多少なら見逃してやってたのに」


「お、俺がやったんじゃねぇ! 今日金を持ち出したのだって、仕入れを代わりにやってやろうとしただけで盗むつもりなんかーー」


 苦しい言い逃れを続ける男に、街の人々が追い撃ちをかける。


「その男、さっき『黙って金を寄越せ! 殺されたいか』って言ってたぞ」


「そうよ。お店の商品だって、勝手に闇市で売っているのを見たわ」


 糾弾が続く中、衛兵が現場に駆けつけてきた。昨日門番をしていた、ランドンさんとブライソンさんだ。


「おいアンナ、金を盗った盗人っていうのはこいつか?」


「お前ら門をほったらかしにしていいのかよ」


「今日は俺らが警邏(けいら)の日なんだよバカ冒険者!」


 やってきた二人に、男は泣き落としまではじめた。その支離滅裂さと、実際に涙まで流して声を震わせる演技力の異様な高さに、僕は恐怖を感じずにはいられなかった。


「衛兵さん助けて下さい! 街を歩いていたらいきなり押さえつけられて、俺は他の誰かと勘違いされているんです!」


「ああ、わかったわかった。詳しい話は場所を変えてゆっくり聞くから」


 とりあえず、ランドンさんたちも今はまともに相手をしてはいないが、初めてあの様子を見た人ならうっかり騙されかねないんじゃないだろうか。そう不安になっていると、ランドンさんがアンナさんへ軽口を叩いた。


「にしてもアンナ、休みの日に治安維持までしてくれるなんて頭が下がるぜ」


「取り押さえたのはジョージだよ。アタシは最後に仕上げをしただけだ」


「ジョージが? そうなのか?」


「い、いやいや。アンナさんがいなかったら、俺刺されてましたよ」


 正直、思い出すだけで背筋が凍る。もし前蹴りを出すタイミングが遅かったら、力んで蹴ったあとの体勢があれ以上崩れたままナイフで刺されていたら、例え魔力とやらがあろうと、僕はこの世にいられただろうか?


「最後の最後で詰めが甘かったとは言え、思ったより腹が据わってたぜ。でもこれからは、無理に前に出るな」


「心配したのですよ? ナイフを向けられたときは、本当にどうなることかと……二度とあんな危険に身を晒してはいけませんからね」


「木箱の側にいるなんて、アタシも迂闊だったよ。けど、ジョージが体を張ったからこそ、これ以上被害が拡がらずに済んだんだ。よくやったな」


 アンナさんに肩を叩かれる僕を見て、ランドンさんとブライソンさんもニヤリと笑いかけてくれた。


「ふーん、坊主、お手柄だな」


「その装備似合ってるぜ。ちょっとデカいけど」


「バッカお前、これぐらいのガキはすぐでかくなるんだよ」


 いや、アンナさん。俺の身長はたぶんもうこれ以上は……。


「まあ、それもそうだな。俺も成長期の頃は膝や腰が痛くなるぐらい背が伸びていったし。十五の頃にはベッドに足が収まらなくなったぜ」


「俺なんて、二十になってからはドアを潜るときに腰をかがめなきゃいけなくなってよぉ。頭の傷はそのときの痕さ。ジョージも気をつけろよ」


「は、はは……」


 日本人の中でも平均身長未満だった身としては、妬ましさのあまり三国志の登場人物のように憤死してしまいそうだ。僕もそんな高身長自慢エピソードが欲しかったなあ……。

タイトル付け加えました。よろしくお願いします。

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