第十二話 買い物に出かけた
あのあと、アンナさんの説明でなんとか場は収まり、僕の即日退去は一応取り消しとはなった。なったのだがあの女将さん、どうにも納得したとは言いがたい様子だったのだよね。
なんとなくではあるけれど、僕らがいない間に、近隣のコミュニティで僕の悪評を吹聴したり、帰ったところで「やっぱり間違いが起きる可能性がある以上お前には出ていって貰う」なんて言われる可能性は相等高いと見た。
となると、他の宿を見つけなければならない。けれど、この世界に来たばかりの僕にはあても少ないし……最悪、ハワードさんにどこか紹介して貰えないか相談に伺うことになるかもしれない。野宿は辛いもんなあ。
「クソ天気が……まだ頭ガンガンしやがる……」
「まったく、昨日あんな気前よさそうに『ん、任された』なんて言っておいて」
「その、アンナさん。こっちどうぞ」
こめかみのあたりを押さえるアンナさんに、僕は日陰になった建物側を譲った。
「おお、さ、サンキューな」
「は、はい。その、具合大丈夫ですか?」
「ま、まあな……ジョージこそ、もういいのかよ」
「はい。気にしないで下さい」
今朝のこととあって、やはりアンナさんとはまだ気まずい。別に、反射的に手が出てしまっただけなのだから気にしないで欲しいのだが、レッドベア売却の件と言い律儀な彼女としては納得できないようだ。
「アンナ、私はあなたに何度も言ってきましたよね。きちんと服を着ないままドアを開けてはいけないと」
「ちっ、うるせぇな……」
「あなたの日頃の行いを反省しない姿勢が、今回の騒動を招いてしまったのです。挙げ句ジョージさんに新しい怪我までさせて」
エマさんも優しい人だけど、こういうところで若干空気を読めないところがあるんだよな……もちろん、それだけの関係が構築されているからなんだろうけども。
「あ、あの、俺は大丈夫ですから」
とりあえず言ってみたものの、案の定エマさんは強情だ。
「いけません。これはアンナのためでもあるのです。今回は見せたのがジョージさんだったからよかったもののーー」
「み、見せてねぇわバカっ! つうかお前こそ、ジョージと一緒の部屋で一晩明かしたとかおかしいだろ!」
「何がおかしいのですか? ジョージさんは立派な紳士ですが」
「い、いや、そういう話じゃなくてだな……」
しどろもどろになるアンナさんと、追求をやめないエマさんの二人を見ていたらしいおじさんが、からかうように声をかける。
「二人ともまた朝から、ほんと合わなそうなのに仲が良いよな」
「はあ!? 誰がこんな奴」
「私こそ願い下げです。皆さんだって、廊下に誰がいるかもわからないのにはだーームゴゴゴ!?」
「わ、わかったから。アタシが悪かったからその話は今やめてくれ。な?」
なんとなく、エマさんの口を塞ぐアンナさんの力が強すぎるようだけど、まあ、さすがにエマさんも悪いんじゃないかな。
「坊っちゃん、両手に花だねぇ」
「あ、あはは……」
違うおじさんが、今度は僕へ声をかけた。別に嫌味で言っているようには感じない。僕はこの世界じゃ、本当に青二才のガキにしか見えないようだ。
「こんにちは。今日もよいお天気ですね」
二人も一通り済んだらしく、エマさんがおじさんたちへと挨拶をした。若干顔色が悪いけど、大丈夫だろうか。
「アンナぁ、暇ならちょっと付き合ってくれよ。ツケ減らしてやるからよぉ」
「ケッ、馬鹿抜かしてねぇで仕事してろっ」
続いて、アンナさんも声をかけられる。やっぱり、二人とも慕われているのだな。僕なんかの面倒を見てくれてるし、昨日も街に戻ってからよく声をかけられていたし。僕とは違う大人の余裕というか、器の差を感じずにはいられないなあ。これから僕も頑張ろう。
まずは服屋からだった。アンナさんが「イカしたやつを揃えてやるよ」と、一人意気込んで奥へ行ってしまったので、僕はエマさんと肌着などを揃えるぶんだけでも見てみることにした。
「ところで、ジョージさんの着ている服について伺いたいのですが、ここはなんなのでしょう……?」
「ああ、これですか? ファスナーです」
僕は作業着についているそれを上げ下げしたあと、中からポケットやファスナーの裏側を出して見せる。エマさんは感心したように目を見開いた。
「なるほど、凹凸を噛み合わせて……。ボタンで留めるよりはるかに外れにくいわけですね」
「鍵とか大事なのを入れるときは、普通のポケットよりこっちですね。布を噛んでしまったりすると面倒ですけども」
「そうなのですね。お股のところにあるのは、おトイレのためですか?」
「そ……そうですね」
「なるほど……」
素直に感心している様子なので言わないけど、エマさんは少し天然が入っていると思う。男の股をじろじろ見るのはよくない。
「こ、こっちではファスナーとかないんですか?」
「私の知る限り、初めて拝見いたしました。ニホンのハチオウジという街は、服飾が発展しておられるのですね」
「つ、作ったのは昔の外国の人なんですけどね」
本格的に実用化されはじめたのは二十世紀になってからだと、以前蘊蓄好きな同僚が聞かせてくれたのを思い出す。もっと真剣に聞いていたなら、エマさんに喜んでもらえたかもしれないのになあ。惜しいことをしてしまった。そう軽く後悔していると、アンナさんが戻ってきた。
「お前らなんの話してんだよ」
「ジョージさんの服について話していたんです。こちらファスナーと言うそうで、ボタンや紐より外れにくいのだそうですよ」
話に合わせて先程のように実演すると、アンナさんは顎に寝かせた人差し指を添えながら感嘆した。
「ふーん、便利じゃん。そんなもんもあるんだな」
「ドワーフのバーンズさんのところに持っていったなら、作っていただけるかも知れませんね」
「まあ、その前にアタシのコーディネートを見て貰おうか。ほらジョージ、ちょっとこれ当てろ」
言われるがまま、服や革鎧を手で体に押さえつけていく。アンナさんは酷くご満悦な表情で、僕を鏡の前へ誘導した。
「どうだ! めちゃくちゃカッチョイーだろ!」
……その、人に選んでもらっておいて言いにくいのだけれど、めちゃくちゃヤンキーっぽいです。というのが僕の感想であった。
まず、革鎧にある龍の刺繍である。入れ墨というより、同僚の腕にあったタトゥーのようなドラゴンが、鏡の中で正面の僕を睨んでいた。
次いで金属製のネックレスや巻く銀のブレスレットなどは、同僚のド○キでの買い物に付き合った際に見たようなものである。着る人が着れば迫力も出るのかもしれないけれど、僕が着たって無理してるあんちゃんといった体でしかない。
別にEXILE系列のような格好をしたいとは思わないけど、こうまで似合わないものとは思わなかったなあ。同僚たちがしきりにモヒカンを勧めてくる理由が、違う世界に来てはじめてわかってしまった。
「ちょっとアンナ、これあなたの趣味じゃない」
「な、なんだよ。アタシのセンスに文句あんのか」
「ジョージさんの顔をご覧なさい。あんな嫌そうにしているじゃない」
アンナさんが選んでくれたのだから、別に嫌ということはない。ただ、己の似合わなさに落胆していた顔が、エマさんの言うような嫌そうな顔に見えてしまったのかもしれない。
「い、嫌なのか……」
「えっ!? い、嫌じゃないですよ。これ買いますよ」
「ジョージさん、買いたくないなら正直に言うべきです」
「いいよ買わなくても……無理すんなよ……」
「無理じゃないですって! とりあえず、これは買いますから、ねっ?」
せっかくアンナさんが服選びで楽しそうにしてくれ、朝の気まずい感じが霧散してくれていたのだ。どうせ一張羅にするつもりもないし、買ってしまおう!
「ほんと……ほんとにかうの……?」
「ほんとです! すいませーん! これ下さーい!」
幼児退行しかけたアンナさんも、僕が実際にキャッシュを払うのを見ると、先程より幾分色褪せたそれとは言え笑顔を見せてくれた。よかった。間に合ったようだ。
半端な場所ですが、今回はここまで。




