3話:にゃんこ先生初登校☆
「・・・か、・・るかっ。」
「ん〜・・・。むにゃ。」
「・・るかっ、はるかっ!!」
「わあっ!!」
ガッターン、という大きな音が教室に響き渡った。
突然立ち上がった私に、クラス中のみんなが驚いてこっちを見ている。
先生もポカンと口を開けて私のことを見ている。
・・・やっちゃった。
私はここが二年七組の教室で、現在国語の授業の真っ最中であることを思い出した。
「くすのき〜、どうした〜?質問か?」
「いや、はい、あの、すみません・・・。」
しどろもどろになりながら頭を下げ、着席する私。
あー、穴があったら入りたい。いやホントに。
「シャッシャッシャッ、はるかのまぬけ〜!」
耳元でしゃがれ声が聞こえた。
・・・。
一体誰のせいだと思っているのか。
昨夜ほとんど眠ることができなかった私は、ついつい授業中に眠っていたらしい。
声の主は、二年前にお亡くなりになった愛猫ブー。
昨夜突然私の部屋に現われたのだ。
ブーは朝ごはんに私の非常食である「たけのこの里」をガツガツと食べた後、こんなことを言い出した。
「さてと。あたしが入るのにちょうどいいものはないかしらねえ。」
「は?」
そのセリフの意味が理解できなかった私は、口を半開きにしてブーを見た。
「あらやだ、すごい間抜けな顔。はるか、女子たるもの口はきちんと閉めているべし。でないととっても間抜けな子に見えるわよ。シャッシャッ!」
余計なお世話だ。
ムッとしている私をよそに、ブーはひょいっとジャンプすると私の机の上に飛び乗った。
ふんふんと鼻を鳴らしながら何やら捜索している。
すると、
「はるか、これがいいと思われるぞ。」
とブーが何かをくわえた。
それはネコモチーフの飾りがついた髪ゴムだった。
そう言えば最近その髪ゴムはあまり使っていなかった。
可愛くてとっても気に入っていたのだけど、少し子供っぽいかな、と思い始めて自然と使わなくなっていたのだ。
ブーは満足げにそれをくわえて持ってくると、ポトッと私の膝に落とした。
「さあ、はるか。今日から毎日その髪ゴムをつけて登校するべし!」
「え〜、なんで??」
「愚問じゃっ。あたしがその中に入ってはるかと一緒に学校に行くからに決まってるでしょ!」
「ええっ?!」
この飾りの中にブーが入るわけ?
それでそれを私がつけて学校に行くってことは、日中もずっと一緒ってこと・・・。
何だか嬉しいような気持ちがほんのちょびっと。
四六時中あのしゃがれ声で小言やら何やら言われるのはちょっと勘弁、という気持ちが大半。
しかし私に決定権がないことは、ブーのギロリとした猫目を見れば一目瞭然である。
私はしぶしぶその髪ゴムを手に取ると、肩より少し長くて真っ直ぐな髪の毛を、左耳の下あたりで一本にまとめた。
鏡でチェックすると、確かに少し子供っぽい印象ではあったが意外とまだ似合っていた。
ブーは一人で鏡を見ながらにやにやしている私を下からチラリと見上げると、
突然「ブニャッ!!」と叫んで飛び上った!!
「ヒイッ!」
と驚く私の耳元で突然声がした。
「はい、完了〜。これであたしははるかと今日一日一緒だよ。」
「え?え?」
鏡を見てもどこにもブーの姿は見当たらない。
本当にこの猫の飾りに入っちゃったの?!
「シャッシャッシャッ!」
耳元からブーのしゃがれた笑い声だけが聞こえる・・・。
まあ、一人でこの部屋に置いておくのも色々と心配ではあるし。
私は覚悟を決めたのだった。
「でもさ〜、さっきはびっくりしたよ。はるか突然立ち上がるんだもん!」
と美香。最近パーマをかけたふわふわの髪が、風に揺れている。
「ほんとほんと、まじびっくり。ハゲ先もびっくりしてたし。」
と愛子。体育会系でサバサバした彼女は、スカートの下にジャージを履いてあぐらをかいている。
ちなみにハゲ先とは、さっき私が寝ていた国語の授業の先生のこと。
そのまま、禿げているから「ハゲ先」のあだ名で呼ばれている。
ここは学校の中庭。
10月の空は青くて高い。時々吹き抜ける風が涼しくてとても心地よい。
今日は天気がいいからと、美香と愛子と中庭でお昼ご飯を食べることにしたのだ。
「ん〜、ちょっと昨日寝不足で・・・。はは。」
とお茶を濁す私に、愛子が目をキラキラと輝かせて聞いてきた。
「もしかして、高田っちとうまくいったとかー??!」
「ええっ?!愛子、なんで高田君のこと知ってるの?!」
と目を白黒させて、おかずを喉に詰まらせそうになっている私に、美香と愛子は顔を見合せてにやにやしている。
「ねえ、はるか。うちらが気づいてないと思ってた?」
「馬鹿ね〜。はるかが高田っちのこと気になってることなんて、ずーっと前から知ってました!!ね、愛子?」
そう、だったんだ・・・トホホ。
「ほんと鈍いな〜、シャシャ。」
何故かもう一人勝手に会話に参加している猫がいるが、私は聞こえないふりをした。
「で、どうだったの?ちゃんと話できたの?」
身を乗り出して聞いてくる美香。
「ううん、やっぱりダメだった。緊張しちゃって・・・。」
私の返答に、二人とも「あ〜」とじれったそうに身をよじっている。
「本当ははるかが相談してくれるまで待とう、って言ってたんだけど、もう黙っていられないよ!だってはるか、全然動かないんだもんっ。そんなんじゃいつまで経っても高田君ははるかの気持ちに気付いてくれないよ?だいたいクラスだって違うんだからさ〜。」
「そうそう、昨日はせっかく気を利かして先に帰ったのに進展ないんだもん。」
そうなのだ。
私の想い人は高田君といって、二年一組で私とはクラスが違う。
だから私の方から積極的に動かないことには、話すきっかけすら何ひとつないのだ。
でも、もし高田君が同じクラスだったら今日の私の醜態を見られちゃうところだったから、違うクラスで良かったのかも・・・。
「というわけで、もう知ってることをバラしたからには、私と愛子は全面的にはるかの恋をサポートいたします!さてと、ではでは、作戦を練るといきましょうか。」
美香の目がキラキラと輝いている。
愛子は美香より冷静だけど、にやにやしながら「そうだなあ」なんて言っている。
え、ちょっと待って、だって心の準備何も出来てないし。
そんな、作戦なんていいよ〜自分で何とかするし・・・。
てゆうか、こうなるのが嫌で誰にも相談しないでいたのに〜。
でも動けない私のためにやる気になってくれている二人に、余計なことしないで、とも言えない小心者の私。
私が一人でもじもじしている間に、美香と愛子はどんどん話を進めている。
題して、「校庭でドッキリ☆胸キュン放課後作戦」らしい・・・。
ああ〜、私ホントそういうの無理だから、と断りたいのに言えない。
何だか私よりも二人の方が盛り上がっている。
そんなこんなで、決行は明日の放課後に決まってしまった。
結局私は何も言えないまま、二人に押される形で頷いてしまったわけだ。
作戦会議の間中、ブーのしゃがれ声は一度も聞こえてこなかった。