2話:にゃんこ先生朝ごはん☆
ペシン。
ペ、ペシンッ。
何かが私のほっぺたを叩いている。
でも眠気200%の私はまだまだ夢の中。
ドシッ。
何かが私の胸の上に乗ってきた。
でも眠気180%の私はまだ夢の中。
ムギュウ。
何かが私の顔の方に迫ってきている。どんどん迫ってきている。
でも眠気150%の私はまだ夢の中・・・。
フンフンフン、ブックシュッ!
「つめたっ!!」
突然、顔に水しぶきのようなものがかかり、私は一気に夢から覚めた。
まだぼんやりしてはいたが反射的に目を開けると、目の前に灰色のかたまりと水色のビー玉が・・・。
「ヒイッ!」
とっさに悲鳴のような声が出た。これってホラー?
するとしゃがれた声で、
「なんだい、そのシツレイな反応は。」
と、一喝。
あ・・・。私は急激に思い出した。昨夜のブーとの衝撃的な再会を。
「ご、ごめん、ブー。ちょっと寝ぼけてて。」
私はその水色のビー玉をちらっと見ながら、半分おびえたように謝った。
「ふん、相変わらずスットボケてんのな。はるかは。シャッシャッシャッ!」
昨日の夜。
私は二年前にお亡くなりになった我が楠木家の愛猫ブーと、奇跡の再会を果たしたのだ。
にわかには信じがたい事態に、当然私はかなりパニクッた。
でも、ブーの説明を真に受けるならば、この奇跡の再会にはそれ相応の理由と約束事があるようだった。
理由や、『霊界⇔この世』の詳しいシステムについてはまだ聞かされていないのだけど、
絶対守らなくていけない約束事についてだけは厳しく指導を受けた。
約束その壱: その存在について口外するべからず!
約束その弐: アドバイスは四の五の言わずに受けるべし!
約束その参: 毎日欠かさずエサを与え面倒をみるべし!放置プレイ厳禁。
この三つについて、私は夜中の三時まで、繰り返し繰り返し復唱させられたのだ。
最後の方はもはや夢なのか現実なのかすら判別のつかない朦朧とした状態になり・・・
そして今の目覚めに至る。
「う〜ん。」
胸の上に乗ったブーを落とさないように、首を少しだけ回して枕もとの時計を見た。
「!!」
私は驚いた。まだ朝の五時ではないか。
どうりで部屋の中はまだほの暗い。太陽のお出ましはこれからのようだ。
何だってこんな時間から起こされなくてはならないのだろうか・・・。
私はブーを心の中で恨めしく思った。
しかし口に出しては言えない。
生前のブーは、それはそれは美猫だった。
つやつやとしたグレーの毛並み。
ブルーに透き通ったビー玉のような美しい瞳。
頭脳明晰で理知的であることを誇るようなシュッとしたひげ。
それでいて愛嬌のある表情やポージングで皆を引き付ける、その天性の愛くるしさ。
家族全員がブーのとりこだったと言っても過言ではない。
当然私だってブーが大好きだったし、死んだ時は悲しくて悲しくてせめてもう一度一緒に寄り添って眠りたい、と願った。
しかし。昨日私は知ってしまったのだ。
ブーのそのおばさんのようなしゃがれ声を。
ブーのその腹黒さを。
そして人間の歳でいうと私なんかよりも遥かに遥かに年上で、私なんかが太刀打ちできるような存在ではないということを。
というかその年齢、あり得ないですから、という感じだし。
人間だったらきっと仙人レベルだ。
というわけで、私はどんなに恨めしく思うことがあっても、今のブーには言わない方が身の為だということをすでにこの数時間で悟ったのだった。
それにしても、寝たのが夜中の三時。
今は五時。
いくらなんでももう少し寝かせてくれてもいいんじゃ・・・。
その時。
ぐううううう〜
と、胸のあたりに小さく震える音がした。
それはまだ静かな朝ぼらけの私の部屋に、小さく広がり消えていった。
まさかブー・・・。
私は思い出した。
生前のブーは、毎朝五時に起きる父にエサを与えて貰っていたことを。
嗚呼、無情。
これから私は毎朝五時に起きてブーにエサをあげなくてはいけないのだろうか。
いっそのこと父に話をしてエサをあげて貰えば!
と思いついた私のらんらんと輝いた目を見て、ブーがギロリと冷やかな一瞥をくれた。
「はるか。約束その壱は。」
「ええと、その存在を口外するべからずです。」
なぜか敬語でとっさに答える私。昨日の復唱の成果が出ているじゃない!
と、いうことは、家族にすらブーの存在は話をしてはいけないということなのだろうか。
それは悲しいことだった。
だって、ブーが帰ってきたことを話せば、みんな心から喜ぶことは明らかだった。
父が、母が、どんなにかブーの死を悲しんだことか。
どんなにか会いたいと願っていることか。
私はやるせない思いでブーをそっと見ると、ブーも心なしか悲しげな顔をして、伏し目がちに部屋の隅の方を見ていた。
私はブーをそっと抱えてベットの脇に降ろすと、のそのそと起き上がって机の引出しを開けた。
そこには私の大好物の「たけのこの里」が隠されている。
非常食だ。
ブーは決まったエサしか食べない子だったが、私が「たけのこの里」をザラザラと音をさせて振りながら、
「これしかないけど食べる?」
と聞くと、こくんとうなずいて足もとにすり寄って来た。
その姿はさっきまでの偉そうなおばさんではなく、やっぱりただの可愛いにゃんこだった。
かくして、毎朝五時に起きてブーにエサを与える生活が幕を開けたのだった。
あー、朝寝坊の喜びを私にもう一度!!