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最終話「好きなもの」

 市民体育館。


 放たれたボールが綺麗な弧を描いてゴールに吸い込まれた。


「よっしゃ! ナイス! アキラ!!」


 車椅子を器用に扱ってコートを庭のように駆け巡る。


「車椅子バスケか……」


「ね、バスケしてたでしょう?」


 哲也は活き活きとしたアキラの様子を見るとため息を一つついて、その場を去ろうとする。


「どこに行こうとしてるんですか?」


「帰るんだよ……あいつが今は車椅子バスケしてようが俺には関係ない」


「……アキラさんもずっと悩んでたそうです……」


「お前……どこまで知ってる」


「私は天使ですよ?人を幸せにするために重要なのは情報収集です」


「だから……別に俺は幸せにしてほしいわけじゃねぇ!もう俺に関わるな」


「なぜそこまで頑なに自分を追い詰めるんですか?悪いのはアキラさんの方でしょう?」


「…………」




 中一になったばかりの頃だった……。




「ウゼェんだよ……アニオタなんて」


 髪を染め、学ランを着崩し鋭い眼光で見下ろす少年。その見下ろした先には少し太り気味な少年がうずくまっている。


「アキラ、やりすぎだ」


「んだよテツ。お前もアニオタになったってか?」


「そんなんじゃねーよ……お前最近おかしいぞ」


「チッ……説教かよ……」


 アキラは舌打ちをして、ついでとばかりにうずくまっている少年顔面を蹴り飛ばす。


「おい!……ったく」


「うぅ……」


「大丈夫か?」


 手を差し伸べる哲也の手を払いのける。


「っ……あぅ……」


 だが、声も出てこない。ただ哲也に怯えるだけだ。


(信用される訳もないか……)


 寂しさを感じながらも、哲也は改めてアキラを追いかける。




「おい! なに荒れてんだアキラ!」


 アキラは教室に戻るために階段を上っていた。哲也はその肩を掴み引き止める。


「るっせぇ!! テメェこそなんだ? 今更いじめはいけませんってか?」


「アキラ……」


 確かに今までムカつく人間を自分のストレス発散の材料にしてきた。


 だが、超えてはならない一線はあった。今回のようにアニオタだからと言っていじめるようなことはなかった。


「お前変わったな……親父の病気が原因か?」


「っ!」


 拳を振り上げるアキラ、だがそのパンチを哲也が受け止める。


「落ち着け! アキラ!!」


「るっせぇ!! テメェに何がわかる!! テメェなんかにっ!!!」


「くっ!!」


 アキラの拳を避けるが、足場が悪いためフラつく。


「テメェ!!」


 哲也はアキラの顎先に拳を叩きつける。


「っ! しまった!!」


 アキラはそのまま階段から落ちていく、それを受け止めようと手を伸ばすが届かない。


「うわぁーーーーーーーーー!!!」




 ––––––そして、赤い飛沫が弾け飛んだ。




「……お、俺は」


 自分がしたことの罪の重さで足がふるえた。


「ひ……ヒヒ」


 その様子を見ていた野次馬の中にさっきアキラが殴り倒したオタクがいた。


「自業自得だ。バーカ!」





「アキラさんは頭を大きく損傷して重症。一命をとりとめたものの下半身が麻痺し車椅子生活を余儀なくされた。……二度とバスケットができないと言われた」


 哲也はアキラを傷つけた罪の重さに耐えきれず、さらに自分の殻に閉じこもってしまった。喧嘩の本当の理由も隠して……。


 アキラ自身はその後廃人のように気力を失ってしまった。居場所もなくなり、転校したところまでは哲也の知るところである。


「髪も染め直して、コンタクトもメガネに戻して……そして、ある答えを導き出した」


「答え?」


「今まで自分が嫌っていたものを受け入れようとした。自分の知らない世界……自分の知らないもの……それを受け入れることで、自分の間違いを正しく見つめ直そうとした」


 それが、アキラが秋葉原にいた理由だ。アキラはただアニメオタクに変わっただけではなかった。


「そして、アキラさんは気付いたそうです。自分の感じていた気持ち悪さとはただ、知らない事に対する怯えだったのだと」


「怯え……」


「哲也さんも感じてるんでしょう?どうしてアニメにここまで人気が出るのか?実写の方が何倍もマシ。それ自体は個人の感性だから問題ないです。だけど、それに気持ち悪さを感じるのは相手の世界を認めることが怖いだけです」


「そんなことは……」


「じゃあ、アキラさんのあの活き活きとした表情はどう説明するんですか?」


「っ……」


「今までのアキラさんは……車椅子バスケに対してどう思ってましたか?」


 確かに今までのアキラなら、車椅子バスケに偏見を持っていただろう。プライド高く車椅子生活をしても絶対にやらなかっただろう。


「知らない世界……か」


「知らない世界を見ようともせず認めないのはただの臆病者です。それがアニメや漫画というものであっても同じ」


 哲也は、否定できなかった。ただ、かつての親友が相変わらずゴールを見つめている姿を目に焼き付けていた。


「好きになる必要性はない。ただ存在を、それを好きな気持ちを認めればそれでいい。それだけでも人間わかりあえるものですよ」




「臆病者……か」


 さっきアサリアに言われたことを、反復するように思い返す。


「そういえば、はじめてだな」


 自ら秋葉原に足を運んだことが珍しすぎて自嘲した。


 駅の前にあるこの巨大ビル。その陸橋の上から広場を見渡す。


 見えるのはロボットアニメのカフェに秋葉原主体で活動しているアイドルのカフェが並んでいて、そこに出入りする人々が餌に群がる金魚のように見えてきた。


 太り気味でチェックのダサい服をきたオタクがそのカフェから出てきた所だ。




 ––––––オタクがキモい。


「何考えてるかわからないから」


 ––––––うざい、気色悪い。


「なんで好きになれるのかわからないから」


 ––––––頭悪そう。


「漫画なんて子供が見るものなんだと決めつけていたから」




 一息ついて空を見上げる。


「なんだ……どんだけビビってんだ?俺」


 結局、相手の考えを知るのが怖いだけだ。


 あのイベント会場で、あれだけ大勢の人が好き好んで馬鹿みたいに高い本を買っていた。


 果ては天使様も人間界に買いに来てるくらいだ。それだけ面白いなにかがあるんだろう……。


「分かり合えない好きも……あったんだな」


 それはそうだ。女性の趣味でも幼い感じが好きな人からお姉さんな感じが好きだったり多種多様だ。


「分かり合えなくても……相手の好きを認める事は出来る……か」


 ––––––そう気づいた瞬間。




「え?」


 一陣の風が、一瞬のうちに駆け抜けた。


 目の前の人が、物が、植物が、地面が、空気が、全てがごっそりとすり替わったようだった。


「なんだ……これ?」


 なにもかもが、まるでさっきまで見ていた景気とは違う。


 さっきまで淀んだ、臭い、居心地の悪い。そんな一刻も早く立ち去りたい空間がまるで、違う街に瞬間移動したかのように鮮やかに煌めいた。


 さわやかな草原……は流石に言い過ぎだとしても、哲也にはそれほどの違いに見えた。


 好きを認めるだけで、ここまで景色が変わるものなのか……。


 圧倒的なその感覚で、哲也は満足したように笑みをこぼした。


「……ま、やっぱ俺はイラストより人間の方がいいや」




 駅の中に入っていく背中をさらに上、秋葉原UDXの上から眺める。


「お仕事完了っと」


 アサリアは立ち上がりお尻についたものをはたき落とす。


「天使は人を幸せにしてあげるのがお仕事。だけど、自分が変わらないと幸せにならないこともある」


 あのままでは、少なくとも哲也が変わる事はなかった。閉ざしていた感情のままに他人も、自分も傷つけながら生きていただろう。


「さて、今回のボーナスはいくらかなーっと」


 買うものを妄想しながらスマホを取り出しトゥイッターを開く。


「あ……」


 炎上していたアサリアの写真も、天使の姿を撮られた時の写真もすでに消えてしまっていた。


「……これでお別れと思うと、ちょっと残念ですが」


 スマホの電源を落として、ポケットに収める。


「さよならです……哲也さん」





 ––––––私が死んでなかったら、どうなってたのかな?なんて……。




未練を残して死んだ死者、あるいは罪を犯した死者がたどり着く仕事。


天使はその中でも人を幸せにするために活動している。


飛び立った天使が求めるのは確かに欲望かもしれない。




だが、その欲望の数だけ彼女はこれからも人を笑顔にしていくのだろう……。




「降格」


「は、はい!?」


 天界 天使商会本社 社長室。


 天界にふさわしい天井の高い彫刻のような建物に似つかない事務机に座る金髪の女性社長。


「なんでですかぁ!!ラファエル社長ぉ!!……はぅっ!」


 そのラファエルから見せられた写真にはUDXの屋上でバッチリ顔が映った一人の天使が描かれていた。


「すでに拡散してしまっているわ。もうすでに天使の存在を疑う声も少なくなり、各研究施設、宗教、マスコミも動いている……で、どう責任を取るおつもり……かしらっ!!」


「た……た……」




「助けてくださぁーーーーい!!!」


「俺が知るかぁーーーー!!!」


 まだまだ哲也の苦労は続きそうだ……。





「お、アキラ。リストバンド変えたんか?」


「……はい。昔のとても大切な友達から貰ったんです」


「ほぅ……じゃ、友情パワーで頑張ってくれたまえ」


「……頑張ってくるよ。テッちゃん」


 今日も扉が開く。いつものように、 僕らの好きなものに向かって……。

いかがでしたでしょうか?本来短編の予定でしたが、結局ここまで続いてしまいました。


今回は「人間の好きを馬鹿にしちゃいけないよ」ってお話でしたが、結構ツイッターとか見るといらっしゃるんですよね。簡単に人の趣味を否定しちゃう人って。


だけど、結局人の趣味なんてわからなくて当たり前なんですよ。若い女の子が好きな人が熟女趣味がわかりますか?その逆は?それと同じようにアニメ好き、韓流好き、なんでもそうですがそれを認めていくことは大切です。


そして、認めるという事は当然簡単にその好きな気持ちを偏見で「犯罪者予備軍」にしない事。これ、ものすごく大切なことだと思うんですよね。


同時にその好きな気持ちで誰かを傷つけてはいけません。要するにロリコンはいいけど、犯罪しちゃいけないよって事ですね。当たり前の話ですが。


もしよろしければご意見ご感想、評価のほどをよろしくお願いします。


では、次回作もよろしくお願いします。

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