第三話「天使はもうかりまっか?」
朝の光には人を快適に起こす作用があるとかないとか。
だが、そんなことは哲也には関係ない。太陽光が入ろうが常に深い眠りにつく。
「おっきろーーーーっ!!!」
窓が勢いよく開く。朝の光とともに秋の風まで入ってきたようだ。
だが、眠りにはなんの支障もない。相変わらず深い眠りのままだ。
「起きてくださいーーーー!! ほぅらーーーーラジオ体操遅れますよーーーー!!! どこでやってるのか知らないですけど」
「うぜぇ」
「って起きてるじゃないですかーーーー!!! ほら天使で美少女でレイヤーな子が起こしに来るなんてエロゲのシチュでもなかなか見ないですよーーーー!!!」
しらねぇよっと、寝たふり続行。今日は朝練もないしいちいち起きる気もしない。
「むぅーーー!! こうなったら伝家の宝刀抜いちゃいますよーーーー!! お布団に潜り混んでくすぐり攻撃で起こしちゃう妹キャラをーーーーーーグルコサァ!?」
某大泥棒三世の如く飛び込む天使の腹に拳がめり込む。
「ぼぐぁ………妹キャラの無邪気なイタズラからーのちょっぴりエッチな展開と言う超王道技を撃退するとは………キサマは萌えのなんたるかを理解しているのかーーーーっ!!!」
軽く吐き気をもようしながら呻き声をあげるアサリア。
(なんでこんな事になったのだろうか?)
「そのご依頼!! 天使商会所属の一級天使アサリアが引き受けまっす!!!」
と言うなんともイタい発言を受けたのは昨日だ。
そして「楽しみにしててくださいねー!」という言葉で全力で去っていく天使が何をするのかと思えば、日曜日だというのにわざわざセーラー服を着たアサリアが早起きする必要もないのに起こしに来るというはた迷惑なものだった。
もうほっといてくれとばかりに更に毛布を深く被る。
完全防御形態の中で、それでもなおなんかしてきたらもう一度ボディブローを腹に打ち込むとばかりに構える。だが、いつまでたっても来ない。
それは好都合とばかりに更に眠りにつく。
「っあはっははははははっはあはははっは!!!」
強引な攻撃はきかないとわかったからか、今度は死角から足裏を責めてきた。ふざけんなとばかりに蹴りつけるが空振りに終わる。
その空振りのせいで布団が文字通り吹っ飛んでいく。
「……何考えてやがる」
「ふっふっふっ!この天使の羽根は鳥類より柔軟に動かす事が出来るのですよ!!人の足をくすぐるなんて朝飯まへっーーーー!!いひゃいいひゃい!!!」
大福を両手で割くように引っ張り、アサリアの白い頬が赤く染まり出す。
「てめぇ、人を幸せにするってんならせめて空気読め!俺は眠てぇんだよ!!!」
「ひゃって!見てくりゃひゃい!!もうひゅいにひでひゅひょーーーー!!」
「あ!?」
なんと言ってるのかわからないが、とりあえず時計をみる。
すでに12時も半分を過ぎ、もうすぐで13時を回るところだ。
「なんだ。まだ昼じゃねぇか」
「ひゃい?!」
哲也が手を離すとスライムのように柔らかい頬がその勢いでポヨンポヨンと弛む。
「いたた……もういい加減起きましょうよ! ニチアサタイムも終わってフリキュアもタンメンライダーも終わってもうお父さんの将棋囲碁タイムですよ!? お子さんのブルーレイアニメとのチャンネル戦争勃発中に寝てちゃもったいないんですよ?」
「だったら寝かせろよ。お父さんの将棋囲碁タイムを奪うなよ」
「んな?! もしやヒカリの碁か6月のらいあんがお好みですか? どらごんきんぐのおしごと! ってアニメもおススメですよ?」
「しらねぇよ! だいたい俺はアニメはとっくに卒業してる!!」
「んな! 勿体ないです人生の8割は損してます! バンピースも魂銀も! はたまたタイガーボールも見てないのは絶対損ですよ!! 人生の9割は損です!」
「なんで一割増えてんだよ」
「ジャンピングの漫画はいつの世代の少年の心も掴んで来たと言うのにそれすら見てないって今まで何を見てきたというのですか!? ま、まさか少女漫画趣味!? ちゃーお、マガーレット、なにがしとかを見ちゃってたとか!? あ !そうかーカードキャプチャーさ」
「だーーーーーー!! いい加減にしやがれ!!! チャンプルーだのマシンガンだのCファンタジーだのヤングベータだの! うだうだうだうだ!!!」
「おやぁ? 案外漫画にお詳しい?」
つい出てきた漫画雑誌の名前の羅列でいやらしくニヤニヤする。
「姉貴の影響だよ!! 毎回毎回あれ買ってこいこれ買ってこいって言われるせいで覚えちまったんだよ!!」
少女漫画、少年漫画ならともかくたまにBL漫画も求めてくるから困ったものだ。OFF BLUEとかエルドラドなどの雑誌までわかってしまう自分を呪いたくなった。
「ここで! そんなあなたにオススメな今期アニメのご紹介!! 一位アックスアートオンライン!! 言わずと知れ」
「だからウルセェ!! アニメなら勝手に一人で見やがれ!!」
「第二位もご存知ぃ!! とある魔学の禁忌書物!!! 出版社が融合した時物語が始まる」
「出版社の融合って物語終わってんじゃねーか!! いい加減にしやがれクソオタク!!」
「とぉ!! ここで誘惑に負けて目を覚ましたーーー!!! やはりアニメの力は偉大なのかーーー!?」
誘惑に負けるもなにも、ここまでうるさくされてはたまったものではない。
結局完全に目が覚めてしまった哲也は仕方なくベットから降りて着替えを取り出す。
「とりあえず出てけよ。着替えるから」
「お、コスプレですかぁ!?」
「ちげーよ!!」
「……で」
「はい、なんでしょうか?」
「なんで俺飛んでんだぁーーーー!!!」
厳密にいえば哲也が飛んでいるわけではない。
クレーンゲームの人形のように運ばれているだけだ。上の天使に。
「そりゃ私天使ですし、ちゃんと飛べるって証明したかったんですよぉ~」
「知るか!! 俺はただコンビニ行きたかったんだ!! ってかどこ行ってんだ?」
「? 出かけるって言ったら秋葉原以外どこがあるんですか? 今日はイベントじゃありませんよ?」
「秋葉原以外の選択肢はないのか!! 渋谷とか池袋とかいくらでもあるだろ!!」
「ああ~池袋もいいですねぇ。ゲーメイトの総本山……ビルのすべてがアニメグッツで埋め尽くされているのに乙女ロードのお店にはさらに多くの女性向けグッツが」
「だから知らねぇよ! おろせぇーーーーー!!!」
「結局連れてこられちまった」
秋葉原、おそらく哲也の一番嫌いな土地だろう。
右を見ても左を見てもオタク向けの美少女イラストばかり。しかも小学生に見えるキャラクタ—までいる。
「……やっぱりわかんね」
こんな絵のどこがいいのかがわからない。
『オタクとか犯罪者予備軍だろ?』
「ちっ!」
イライラしてきて、哲也は駅に向かう。
が、その腕をがしりとつかむ。
「はなせよ」
「いいえ、はなしません」
なぜか、真剣な表情のアサリア。
「……はなせ」
「はなしません」
どうして、こんなに真剣な表情をしているのか。
哲也は気になった。
だが後悔した。
「行きなさい!ファンネル!!!」
「~~~~~~~っ!!」
哲也はどうせこんな事だろうと思っていた。
ファンネル……哲也もよくは知らないのだが、某ロボットアニメのなんかちょろちょろ独立して動く武器なのはどっかのバラエティで見た。
オタク用語で言うところのファンネルとは要するに「ゲーメイトとアニマーズの二つの激レア限定セットが同時発売するからアニマーズのほうよろしく!ゲーメイトには私が行くから!!これお金ね!!」と言う事である。
アサリアは楽しそうにゲーメイトのほうへ足を運ぶ。
さすがに金を受け取ってから断るわけにもいかず列にならぶ。
「あーくそっ!!」
今回買うのは戦国刀絵巻 ~永久の章~アニマーズ店舗限定セット。
サンプルのブルーレイケースを手にレジに向かう。列を並んでいるのは女ばかりだ。
「ちっ!」
悪態をつく哲也に小さいながらも黄色い声が上がる。
「彼女さんの買い物かな?」
「ちっ!めんどくせぇ……しゃあねぇから買ってきてやるよ……って感じ?キャーーーー!!」
と言った様子で、哲也のイライラ顔が余計周りを盛り上がらせる。
「だーー!!もう!さっさと会計済ませろや!!」
何をしているのかとレジのほうへ目をやる。
「いらっしゃいませ!戦国刀絵巻特装限定セットですねこちらで間違いないでしょうか!特典をご用意させていただきますのでお待ちください!お待たせしました!!」
「なっ!?」
ちんたらやってるのかと思ったがバスケをやっている哲也にとってはそのスピードの速さにはとんでもないものだった。その辺のデパートやコンビニとは動きが違う。
大量且つ複雑な特典システム、そしてもちろん会計。
「DVDの6巻で間違いないでしょうか?スタンプカードは…あ、お持ちですね。こちら応募券となりますが、応募の仕方はわかりますか?」
「こちら特典のクリアポスターになります!ポスターは巻いておきますか?あ、巻かないですね!じゃあ大き目の袋をご用意しますので少々お待ちください」
「車椅子のお客様が通ります!申し訳ございませんがご協力をお願いします!」
そして、それだけではない。細やかなサービス、気配り、思いやり。
オタク向けの店なんて、萌える絵とかイケメンの絵を適当に売ればいいのだと思っていたがそうではない。
こうした客を思う気持ちってのは、どの店でも重要なんだ。
「……けっ」
「……重い」
無駄にでかい袋にでかい箱。この中にはゲーム一本と特典が入っているようだが、それにしてはでかい。
哲也はバッシュの箱のようだと思った。
「畜生……」
しかも戦国刀絵巻特別ショッパー。周りの視線も痛い。
さっさと、アサリアと合流してそれから帰る。
そう考えていた時だった。
「あれは……」
さっきアニマーズで買い物してた車いすの買い物客だった。
「っ!?」
「……テッちゃん」
その姿には見覚えがあった。
雰囲気こそ変わったが、メガネのその少年の正体は間違いなかった。
そして、思わず顔を背ける。
「……ごめん」
車いすの少年も顔を伏せ、すれ違いざまに謝ってくる。
「アキラ……」
哲也とアキラと呼ばれた少年は振り返りたい気持ちを抑えて、お互いに背中を向けたまま前に進む。
まるで、お互いに距離を置くように……。
「……これが目的か」
「はて?なんのことでしょう?それより、袋いただけます?」
投げ捨てるようにその袋をアサリアに渡した。
「っと!あぶないですよ!!」
「るせぇどうせテメェ予約してたんだろうが」
この店に来てから気付いたが、もともとこの商品は予約を取っていたようで、しかも予約の場合別の特典がついていたようだ。
「テメェが言ってたことだろうが。天使ってのは金をもうけて現世に来る。だったら予約できるものは何でもするよな?」
「ふふ……まぁそうですね。でも予約キャンセルはしませんよ?お店に迷惑がかかります」
「知るか……クソ天使」
「……過去を清算しないと、前には向けないんですよ?」
哲也は天使にも背を向けた。
結局自分はどこへ向かっているのか、よくわからなくなっていた。